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NTR人間、自身の末路を知る  作者: オーメル


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第九歩 暴虐の本質

 顔を畳んだ両膝で挟み込み、首の骨を折る勢いで投げに移行。


 全体重を傾けて自身の身体を下に倒すも、相手は首の力のみで顔を一切動かさない。


 咲自身の体重が軽いとはいえ、それでも人体の重量をそのまま乗せればどんな人間も僅かなりとはいえ反応を見せる。


 例えば両膝を開こうとするだろうし、己の足で下にある咲の顔を蹴り飛ばすはずだ。


 首に力を入れておくだけで支えられるなど、一般の範疇では中々に意味不明だろう。思わず咲は歯噛みして、その場で掴みを解除しながら山田の胴体を蹴って距離を取る。


 受けた当人はミリも後ろに動かない。バランスが崩れる仕草も見せず、その様は正に巨壁。


 生半可な攻撃では軋みの一つも立てることはないだろう強靭な肉体は、咲でなくても絶望的な格差を実感させられた。


「終わりですか?」


「――いいえ!」


 真顔のまま放たれる確認の声を、咲は反射的に否定した。


 駆け出す。前への攻撃を行いつつ、地に足を付けた瞬間にステップで側面に移動。側面攻撃も山田は難なく防御するも、気付けば今度は背面から攻撃が飛ぶ。


 そのまま回転するように攻撃の連打は継続され、成程と山田は内心で頷く。


 正面突破は愚行。防御の硬い人間を相手にするため、弱点を見つけようとしているのだ。


 どんなに身体を鍛えても人は完璧に己を守れる訳ではない。屈強で強靭であっても防御を貫通される技術は歴史の中で生まれ、今も使える人間は確かに存在する。


 咲に同じ真似が出来るとは思わない。受け続けてみて分かったが、彼女の技量は年齢相応に極まってはいなかった。


 あくまでも、彼女の技量は急造だ。恐らくは一年も研鑽を積んでいない。


 今後もっと鍛えていけば化ける可能性は感じられる。合格か不合格かの天秤はこの段階で合格に傾いてはいるものの、終わらせるには彼女の表情を見る限りまだ早い。


 何か、まだあるような予感を覚えた。それが山田の持つ直感ゆえか、期待が見せる幻か。どちらにせよ、今は静かに連撃の数々を捌く。


 冒険者のステータス任せの防御は今も健在だ。肉体に傷が出来る様子も無く、痛覚は今も悲鳴を上げる様子を見せない。


 肌と肌がぶつかっても、被害を受けるのは咲の方だ。勢いを付けた攻撃にとって彼女自身の肌は赤く腫れていき、何れは痣となってしまうかもしれない。


 流石に骨折になる前に止まりはするだろう。その心積もりで待って――――山田はそれがあまりに甘い見積もりであったと後悔した。


「シィッ!!」


 肌が弾ける。壁に自分を叩き付けるように、一撃一撃に自傷を伴う攻撃に咲は躊躇しない。


 これは実技試験。怪我をすることだって当然織り込み済みのはず。別室に医療室があるのも確認しているし、人によっては既にお世話になっているだろう。


 ならば死にはしない。迷う道理は一切無く、走り切ることこそが最善の道。


 負けると分かってこのままでは大した結果になってはくれない。頭は冷静であろうとも心は熱を増していき、溢れ出してしまいそうな感情が過去を去来させる。


 翔との出会い。翔への告白。翔とのデート。家族と一緒に夕飯を食べ、咲も翔の家族と一緒に夕飯を食べた。


 全ての過去で翔が笑っていた。全ての過去が黄金の如く輝いている。


 取り戻したい全て。己の愚かさを痛烈に伝えてくれる記憶が、今この瞬間に爆発を生む。


『咲』


 それは幻だ。もう見ることはないだろう、咲の頭が描く大人となった翔の笑顔。


 かつての如く満面の表情で己を呼ぶその姿に――――咲の才覚が更なる領域に飛んで行く。


 拳を振るう速度が増す。蹴りの重さが増していく。攻撃される箇所が同時に二ヶ所に増えたような錯覚を抱き、突然の変貌に山田の防御は一発が限界だった。


 脇腹への直撃。骨に響く蹴りは山田に致命傷を与えはしなかったが、しかし明確な痛みを彼に齎した。


 思わず目を見開く。なんだこれはと、口が言葉を吐いてしまいそうだった。


 咲は彼の表情を見て、なおもギアを上げていく。冴え渡る青空の如き頭は、自然と最適解を引き出して行動へと移行させる。


 それは超速の成長。赤子が子供になり、大人になっていく過程を何倍速にもなって行う進化。


 今この瞬間、咲の才能は磨き上げられた宝石が如くに輝き出す。


 いいえ、これが本来の咲だ。彼女は皆に羨まれる才能を有していたのに、それを完全に発揮する場に恵まれなかった。


 必死になる必要がなかったのだ。ちょっとの努力で成果が出るなら、咲としてはそれで十分。


 翔と隣同士で笑い合うならこのくらいの自分で良いと無意識に制限して、これまではその意味を正確に理解せずにいた。


 だが、頭が冴え渡っている瞬間だからこそ分かる。


 品野・咲は立花・翔を下に見ていた。自分が合わせなければ、彼はきっとついてこれないと勝手に決め付けていた。


「……ッ、!」


 心の底から憎悪が顔を出す。


 その矛先は咲自身。怒りを超越した漆黒の感情が肉体の損傷を無視して、更なる力を咲に与える。


 馬鹿が。塵が。痴女が。性悪が――――愛しの彼に何様のつもりだ?


 そんなに立派なのか、自分が。そんなに真っ当なのか、自分が。


 人の信を裏切る売女風情が、何をそんなに優しいフリをし続けている。そんな侮辱を彼にして、自分は隣に立つ資格があるだと?


 死ねよ。死んでくれよ。沢山の男に玩具にでもされて、彼に渡せるだけの金を全部渡して、コンクリート詰めにされて東京湾で沈んで死ねよ。


 お前に価値などあるはずがないだろうが。もしもあるとすれば、彼の下で犬の如く媚びを売るのが精々だろうに。


「――――そこまで!」


 室内に大声が轟く。


 耳に届いた声に咲の憎悪は瞬時に消え去り、ずっと見合っていたはずの山田の顔に意識を向ける。


 彼の顔には赤い腫れがあった。どこをどんな風に攻撃していたのかが咲の記憶からは抜け落ち、冷静であれと言い聞かせていたはずなのに感情に飲み込まれた。


 元に戻ると、全身が悲鳴を上げているのが分かる。特に壁のような男を殴っていた拳と足は酷く、服で見えないとはいえ痣が無数に出来上がっているだろう。


「貴方の実力は十分に分かりました。 次の面接が始まるまで医療室で手当てを受けてください」


「……はい。 ありがとうございました」


 頭を下げ、出入口に引き摺るように足を動かす。


 待機していた者たちから無数の視線を感じた。そっとそちらに顔を動かすと、酷く引いている者たちが見える。


 相手は彼女に見られていると分かって勢いよく顔を逸らすも、冷や汗だけは隠しようがない。


 もしも声を掛けられたらどうしよう。そんな不安がありありと見えてしまい、咲は彼らを無視して医療室へと歩を進めた。


 医師からの結果は、酷い打撲と筋繊維の損傷だった。打撲だけなら冷やして身体を休ませれば自然に治るが、筋繊維にまでダメージが及んでいるのであれば入院は避けられない。


 だが、彼女にはまだ面接が残っている。ここでリタイアして入院するなど論外だ。


 そのため、彼女の身体の回復にはギルドからの提供によって回復薬が使用された。一本で肉体のほぼ全てを修復する過程は咲には初めてで、一気に痛みが引いていく変化には困惑すら覚える。


 無事に治りはしたものの、身体の疲労そのものは残ったままだ。


 面接の時間になるまではベッドで寝ることを推奨され、咲は敢えて何も考えずに意識を落していった。


 彼女が目覚めたのは、そこから約五時間後。空が暗くなってきた時間にアナウンスが鳴り、その声で意識を取り戻す。


 起き抜けの身体はまだ睡眠を望んでいた。思っていた以上に一瞬で莫大な疲労が蓄積されたのだろうと咲は予想するが、かといって寝続ける気はない。


「行かなきゃ」


 無意識に咲は呟いた。その声に覇気が無いことにも気付かず。

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