第八歩 今は届かずとも
「〇〇番の方、試験会場に移動をお願いします」
ギルドの職員の一人が番号を読み上げる。
その番号で咲は座っていた椅子から立ち上がり、迷うことなく職員と一緒にエレベーターの前まで移動した。
無人の廊下は酷く静かで、聞こえる音は職員と咲の呼吸音のみ。試験は静寂を常とするものだが、何ぜか今回に限っては違うと思わされた。
エレベーターが近付くと共に職員が簡単な説明を咲に始める。
この後、上の階に移動したら入口の受付で自身の受験番号票を提出してもらうことになる。担当職員が確認を済ませれば入室の許可が降り、内部の試験会場に足を踏み入れれば試験官の指示に従う手はずだ。
中では既に試験を受けている人間と、順番を待つ人間が居る。咲も待機列に加わり、呼ばれるまでは他と会話もせずに待機することになるだろう。
説明を終え、咲は降りてきたエレベーターに乗り込む。
大荷物を運び込むのを前提にしたためにエレベーター内部は広く、三階のボタンを押すと低い音を立てながらゆっくりと上に向かった。
開かれた先では一人用の机と椅子に座っている職員と、その背後にある扉。
職員はにこやかな表情で確認作業を進め、終わると同時に扉を開けてくれた。
中には広い空間がある。模擬戦用のエリアとして元から物が置かれてはおらず、固めのマットが引かれているだけの場所だ。
今は試験官が受験者の剣を回避し続けていて、振り回している側は息が上がっているのが見える。
進むと、壁に沿う形で三人の人間が居た。皆入ってきた彼女を一瞥するのみで、彼らが重視するのは試験官の動きだけだ。
咲もじろじろと観察されるつもりはない。彼らの横に並び、同様に試験官の動きを見る。
既にほぼ勝負は付いているが、今回は勝敗を基準にしていない。勝っても負けても公平に点数を付けられ、将来性のある人間が選ばれる形だ。
なお、魔法や純粋な生産職を目指す場合は実技の内容が異なっている。
先ず魔法は筆記試験の続きと言うべきか、標準となる問題よりも難しいテストを受けて合格点を叩き出さなければならない。
魔法職の取得条件は高い知能だ。それがなければ他の職が優先的に出現する。
生産職は成果物の提出だ。こちらは面接時に実際の物品を見せてもらいつつ、本人がこれまでに作った物や賞を取ったのであればその経緯を説明してもらう。
賞の中でも特に有名なものを取っていれば、勿論だが採用される確率は高くなる。しかし、持ち込んだ物品でそれが危険物の場合に不採用になるだろう。
難易度で言えば魔法職の方が幾分か低い。それはギルド側がどこまでの難易度にすべきかを明確にすることが出来ていなかったからだ。
最終的に採用したとして、実際に経験値を取得してもしも魔法職が出現しなかったら。
その可能性が脳裏を過り、どうしても生温い難易度には出来なかった。かといって過度に上げては今度は志望者そのものが居なくなってしまう。
よって、今回は既に魔法職を取得した冒険者の経歴や成績を基準にテストを作ってある。強制的にテストを受けさせられた魔法職の冒険者は頭から煙が出る被害を受けたが、こればかりは必要な犠牲だとそっと今月の給料を上げていた。
「そこまで。 もう大丈夫です」
「はッ、はッ、はッ、……ありがとう、ございました」
試験官の大男、山田は息一つ切らずに終了を宣言し、受験者は肩で息をしながら頭を下げる。
受験者の顔色は悪い。自分の出し切れる全てを出し切ってみたものの、それで良い感触を掴んだとは思えなかったのだ。
誰も見ずに当人は静かに去っていき、試験官は次と短く告げる。
待っていた一人が試験官と向き合い、その手に自分で選んだ槍を構えた。開始の声で受験者は突撃していき、そんな風に残りの面々も山田と戦いを繰り広げる。
結果は碌な傷すら付けられず、回避と防御のみに専念されたことで体力切れでKOだ。
制圧されなかったのはそれが条件の一つであっただけで、試験官が本気でやれば皆開幕で敗北していた。
山田当人の最初との違いは服の皺が幾つか増えたくらい。黒いシャツには汗の滲み一つも存在せず、涼しい顔で無慈悲に格差を示す。
あれを倒す未来が咲には見えない。己の脳内で山田の動きにどう対応するかを考えてみたものの、収集した部分だけでもあっさり制圧されてしまいそうだ。
「次」
呼ばれ、咲は試験官の前まで移動する。
待機中に武器を選ぶ時間があったが、今回彼女は何も選択していない。
「武器は拳で大丈夫ですか?」
「はい。 どうぞよろしくお願い致します」
軽く頭を下げ――――次の瞬間に構えを見せる。
脇を締め、片足は後ろに引き、目は真っ直ぐに山田だけを見て、瞳には確かな戦意が感じられた。
試験官は構えない。絶対強者の冒険者としてただ前に立ち、相手の全てを見定める。
一先ず、咲が何の経験も無しにこの場に居る訳ではないと試験官は理解した。齧った程度か、昔からその手のトレーニングを積んでいたか。
どちらでも構わないが、基本的に実技で模擬戦をする人間は皆大なり小なり鍛えている。
この辺に他と異なる部分は無い。ならば後は、彼女がどれだけ現段階で冒険者に食らいつけるかのみ。
「開始」
「ッシ!!」
開始の声で、即座に咲は接近した。
コンパクトに畳んでいた腕が伸びる。二つの拳の軌跡は共に山田の胴体を狙い、その射線を遮るために太い腕が割り込んだ。
叩き込まれた腕への衝撃は軽い。一般人なら怯んだに違いないが、冒険者どころか軍人を相手にするのであれば攻撃力不足だ。咲もその点は理解しているし、そもそも勝利を第一とはしていない。
これも面接と一緒だ。如何に試験官に期待を持たせられるかで結果が変わる。
ならばするのは攻勢のみ。今はまだ届かずとも、冒険者になれば必ず届かせてみせると思わせられたら試験終了だ。
「――――ッ」
どんなに速度を上げても、相手は必ずこちらを捕捉する。
無駄に勢いを上げても意味はない。体力を温存しつつ、その上で冷静に攻撃回数を稼ぐ。
心臓、首、金的を中心に相手の防御パターンを探るよう足も使って。目は常に相手に合わせ、見られていると意識しながら頭は冷静であり続けた。
山田はその全てを腕の二本で抑える。しかし頭の中では既に感心していた。
女性の参加者は男性より少ないとはいえ、それでも百や二百では足りないほどに居る。
格闘技を学んでいる女性も当然ながら参加しており、純粋な技のキレならそちらの方に軍配が上がる。
とはいえ、相手は山田を倒すつもりで挑んでいた。その時点で勝ちの目は無くなり、結局は体力切れを招いて去っている。
候補としては記憶に留めているものの、実際にその人物を選ぶかはまだ保留だ。
咲の攻撃に痛みは少ない。パターンも多くはないし、十数分も戦っていれば流れも完璧に掴めるだろう。
だが、本当の殺し合いが起きた時。
彼女の焦る様子一つもない攻勢は時間差で脅威になる。体力配分に気を遣い、こちらに見せ付けるような連撃の数々は格ゲーのコンボを見ているようだ。
彼女は試験の趣旨を理解している。それを当人が戦いながら伝えてくるのを山田は無表情の裏で拍手し、突如掴んできた腕に眉を一瞬跳ねさせた。
体重が掛かる。腕に咲の全体重が乗り、彼女はそのまま台を乗り越えるように膝を顔面に放ってきた。
反射的に首を傾け、膝の一撃を回避。しかし咲の目的は顔面にダメージを与えることではなく、持ち上げた膝二つで山田の顔を掴むところにあった。
「こういうのはどうですか!?」




