第七歩 彼女の結論
筆記試験が終わり、休憩が挟まって午後の実技が始まる。
筆記試験会場を待合室として活用し、約十人を二つのトレーニングルームに呼び出しては現時点の実力を試験官たちが測っていく。
使用武器は全てギルド側で用意されている。木で出来た模造品は実際に相手を殺すことは出来ないが、動きを確認するには十分だ。
試験であれば実際の武器と同等の重さであった方が良いのではないかと思えるが、冒険者になった際に色々な感覚が強くなる。
膂力も当然増すので、今本物と同じ重量の得物を用意しても意味がない。
咲は自身の受験番号を見る。
今この場に居る人間の数は分からないが、二桁である時点で早く順番はやって来るだろう。それが終われば他の受験者たちが終わるまで休むことが出来る。
最後の人間のためにも事前に長めの休憩時間が設けられているので、この分では暇な時間の方が多くなる。
向こうとしてはその時間で面接対策をより補強してほしいと考えているかもしれないが、そんなものはとうの昔に咲は完了している。
相手が欲する言葉なんて、翔との仲を改善するのに比べれば簡単だ。
特に男性ともなれば、彼女の美貌によるバフも乗るので良い印象を与えやすいだろう。
つまり、咲にとって重要なのは実技そのもの。
彼女がなりたいのは冒険者であり、更に言えば翔と対等な位置に立つことだ。
失ったものを取り戻すには、相応の試練がいる。これもまた一つの試練だと彼女は認識し、ゆえになろうと決めた日から本格的な肉体改造に努めた。
体力を付ける。精神を磨く。技術を知り、実戦の中で己の感性を育て上げる。
幸いなことに、冒険者を志す人間が多く現れたお陰でその手の動画や本はよく集まった。
公園に赴けば咲と同様の理由で体を鍛えている人間が多く現れ、簡単な模擬戦も組んでくれる。
人の良い顔をして近付けば、大体の男は簡単に釣れてくれるので練習にはもってこいだ。
敗北を繰り返し、反省と自己鍛錬を続けては次で前に進む。
その成長速度は周りからすれば目を見張るほどだったが、彼女は寧ろ遅いと感じている。
もっと出来る。間違った部分の修正に留まらず、そこから応用に一度で発展させるのも可能なはずだ。
一度の失敗で十を得ろ。十の結果で百を知れ。一分一秒を全力で駆け抜け、翔に降りかかるどんな難事も跳ね除ける強さを手に入れるんだ。
強さ、ただ強さ。他よりも深く己を追い詰め、極大なストレスが爆発力を生む。
そも、彼女は学業で苦労した経験は殆どなかった。本人的にも大した努力をせずに成績優良者になった自覚があり、強いて苦戦したといえば運動系のみ。
それでも他より優秀だったのは間違いなく――――ならば彼女が本気で努力すれば大抵の壁は壁ではなくなる。
一日一日で変わっていく己。大学進学の話なんて最早彼女にとってはどうでもよく、既に人生の舵の全てを振り切ってしまった。
遅れに遅れた大学の入学予定の通知書が家に届く。彼女はそれを見ても興味なんて微塵も湧かず、そも受けた学校は親の決めた場所ゆえに捨てるのにも躊躇はない。
しかし、これが罰であるのもまた事実。行かなければ反省にはならず、今後成績も維持していかねばならない。
もしも親から見放された場合、現状の経済力では絶望的な未来が見えてくる。
家賃の援助が無くなるので更に働く必要が出てしまい、己を鍛える時間が無くなってしまう。仮に無理に時間を確保したとして、親から翔関連の情報が流れて来なければ探すのにも苦労する。
彼が伯父の家に居るのは分かってはいるものの、その住所自体は不明だ。両親は取り乱した翔の両親から聞いているかもしれないが、今の咲に教えてはくれないだろう。
大学への進学は今の咲にとって最適解とは思えない。ゆえに話し合いの場が欲しくなり、彼女は両親に相談したいと電話した。
相談内容を聞いた両親の反応は複雑だ。
咲は翔周りの事情を全て伏せ、敢えて将来性を表に出した。
SNSの言葉をそのまま引用する訳ではないが、冒険者が世のトレンドになっているのは親たちも理解している。
今後の覇権を取るのも冒険者になるとネットでは騒がれ、その時点ではまだ一般人からも募集が来るかもしれない程度の情報しか回ってきていない。
しかし、現実問題として自衛隊に全てを任せる行為は不可能だと政治家たちは判断していた。
となると別組織で荒事に対応可能なのは警察だが、それは即ち治安の低下を招く。日本は治安が良いと評価されている国ではあるも、この件で警察に押し付けられれば一気に悪人が跋扈するようになるだろう。
民間企業でも荒事専門の組織はある。一般人が必ずしも武器を持てない訳ではない以上、やはり冒険者を全国的に募集するのは既定路線だ。
漫画や小説のイメージ通りであれば、冒険者はかなりの実力主義になる。その中に咲が入って無事で済む保証は皆無だった。
「咲。 俺達と前に決めた内容を無視するのか」
「無視をするつもりはないよ。 ……でも、世の中がこんな感じになっているのに悠長に学校に通っていて良いの?」
「咲」
「高校もバイト先も、皆ダンジョンに不安を覚えてる。 今回は何とかなったけど、次も無事かは誰にも分からない。 ――お父さん達も買い物でトレーニングをしている人を見たでしょ」
入学は遅れてしまった。入学そのものはまだ出来るが、かといってダンジョンが発生した今の時勢で親たちが望んだ職場に就職することが可能とは断言出来ない。
両親もトレーニングをしている人間が増えていると実際に見て知っている。ネットで軽く探ってみた限りでも、日本中が不安を抱えているのは事実だ。
今は良い。でも将来は分からない。政府が冒険者を正式に仕事として認めれば、これが本当に必要だと世の中も認識しなければならない。
それでも、と咲の母は口を開く。
「貴方がそれをする理由はあるの?」
「……私は皆の信頼を裏切ったの。 ならそれを償うには、きっと世の中のためになる仕事に就いた方が良いの。 違う?」
「いいえ、違わないわ。 でもね、きっとその仕事は危険よ。 その償い方を私は望んではいないわ」
「分かってる。 でも、馬鹿な私を変えるならこれくらいはしないといけない。 裏切った人が心を入れ替えたって思ってもらうなら、一番危険な場所に入った方が良い」
「咲……」
親として、最初は咲に冷たくしていた。
けれど時間が燃える炎を鎮火させ、今では心配するまで戻っている。
やはり子供は可愛いのだ。自分で産んで、あんな出来事が起こるまでは本当に大切な娘だと思っていた。
今ではそれも少し薄れてしまったとはいえ、まったく無くなった訳ではない。
そんな娘が、真剣な眼差しで己の将来を語った。両親の提示した未来よりも厳しい場所に己の身を置き、誠心誠意の心で謝意を示したいと宣言している。
これを良しとしたら、自分は酷い親になってしまうかもしれない。娘を危険な道に進ませる、最低な親として世間にも見られるかもしれない。
どうしてこうなってしまったのだろう。どうして、娘はこうなってしまったのだろう。
自分たちは何か間違っていたのか?
娘のために必要な教育は確り施していたはずなのに、何故レールから外れてしまったのか。
責める相手が咲なのは間違いない。我妻であるのも当然だ。
それでも、と思ってしまう。咲が幸せになる道だってちゃんとあったんじゃないかと。
「お願いします。 私は、私をちゃんと変えたいんです」
頭を下げる咲に、両親はこれ以上の否を口にすることは出来なかった。
こうして、彼女は正式に発表されたギルドへの道に進む。大学への進学を辞め、己の身を鍛えることに専念した。
必死になって身体を酷使する様子は鬼気迫る勢いで、誰も声を掛けることはなくなった。
試験対策も入念に行い、パーカーズボンとシャツという動き易い格好で現地に赴く。見上げた建物は立派で、もし試験を通れば今後の職場は此処になる。
気合を入れて一歩を踏んだ。最初の筆記試験の内容を予想し、中へと入って行こうとする。
そんな彼女の肩を誰かが後ろで叩いた。咄嗟に裏拳を放ちながら振り返ると、鼻を押えている見知った男が視界に入る。
「や、やぁ。 久し振り」
これが咲と我妻の再会だった。




