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最終話 そしてまた日常が始まる




 休日、俺は友達と遊ぶことにした。当日の誘いは重度オタク二人組しか空いてなかった。



「最近付き合い悪いからカノジョかと思ったわ」

「できてたらお前らに自慢しまくりますが?」

「じゃ何なん」

「特に何も」

「オレはアイドルに告られた!」

「おれ五つ子美少女ハーレム築いてたよ」

 二次元の虚しい自慢やめてもろて。


 ぶらぶらしてゲーセンにカラオケかね。

 本屋に寄ったら、幼馴染にやった女キャラのグッズがまたワゴンに盛ってあった。


「このキャラ炎上したんだっけ」

 ヒロイン複数いると人気にムラが出んの切ないねえ。

「よく知ってんね。センサー働いたし初見回避余裕よ。おれでなけりゃ見逃しちゃうね」

「俺の幼馴染いるだろ、あいつが発狂してたから」

「男同士の幼馴染って単語は無意味なんで禁止。つうかそんなキャラいた?」

「キャラじゃねーわ三次元や」

「なあ、高杉の腐れ縁の奴っていた?」

 あくまで幼馴染って言いたくないのか。

「いたような? いないような? 三次元の、ましてや男に割くリソース無いから」

「同意」


 クラス違うしこいつら男に興味なさすぎだからな。同じオタクでもイケメンは脳内消去されんのか。

 そういえば最近押し掛けて来ない。何かにどハマりしたかまた失恋(二次元)したか。

 

 

 どうも落ち着かない。大事なことを忘れてるような。

 思い出さないと後悔しそうな何か。


 理由の不明な焦りに追い詰められていたら、ふいに通りすがりの言葉が耳に飛び込んできた。




「さようなら」




 さようならは哀しい諦めの言の葉だと。

 それを苦手と言ったのは誰だ。



 震える手でググる。

 「然様ならば、左様ならば」───、そうであるならば。そうあらねばならぬなら。お別れせねばならぬなら。

 頭の中で、ぱりん、とガラスの割れたような音がする。



 美しい言葉だ。

 諦めの言葉だ。

 運命を受け入れる、ことば。

 別れは辛くともそうしなきゃならないから、ここで。

 再会の約束も神の加護を祈ることもない。



「───まだなんも言ってねえし」

 だから俺はまだ諦めちゃいない。あいつに、できることがある。多分。



「どうした高杉氏」

「悪りい、大事な用を思い出した」

「世界でも救うん?」


「いや、世界を救った勇者を救う!」

 明日きっと厨二呼ばわりされるだろう。構ってられるか。



 魔王様、こうなるのご存じでしたか。勇者が立ち聞きしたのも。キーワードで魔法が解除される、あらかじめの魔王様の仕込みだと疑わなかった。時間軸は変だけど彼女なら未来もお見通しだったろう。真実を知った勇者が俺のために何をするかも。

 俺がおまえでも同じことをしたはずだから。辛い記憶になるくらいなら。

 さようならを言わないさよならを。

 



 走って走って帰り着くと、ちゃぶ台にある見慣れない果物が目に入った。あいつに頼まれて魔女さんが置いたのかな。何故か朝には気づかなかったのに。



 ごんぎつねかよ。

 美味そうじゃねえか。

 俺に食わせたくて苦労して採ったんだよな。

 ……魔王城に行く前に、俺に会いたかったろう。


 手に取って皮も剥かずに齧り付く。瑞々しい甘さで梨みたいな感じだった。

「………っ、」



 おまえは弟だ、断じて息子じゃねえ。

 それを教えてやらなきゃいけない。


 裏口から飛び出せば、目前にはいかにもな城がそびえ立っていた。近くて良かったが、人んちの裏に何してくれてんの。

 深呼吸をひとつ。大丈夫、ザコは奴らが倒してるだろう。

「あ」

 あれ持ってかないと。そう強く思った。

 

 


 地獄かここは! 魔王城だった! 大丈夫大丈夫しんでるから大丈夫!!

 魔物や魔族やらの死骸や血飛沫にビビりつつ、音を頼りに走り続けると大きな広間があった。

「もう少しだ、みんな気を抜くな!」

「とどめは勇者でないとダメなのよね!?」

「聖剣の光が、弱くなっています……」

 闘いは佳境のようだ。俺は声の限りに叫ぶ。


「勇者ーーー!!」

 揃って驚いた顔を向けられた。怪我はあるがみんな生きてる。

「え!? あたしの魔法───、」

「……どうして……」

 魔女さんが驚き、返り血に汚れた勇者の顔がくしゃりと歪む。


「なんで来たの。最後は見せたくなかったのに。なんで忘却魔法解けたの」

 泣きそうにすんな。

「それは後だ後。これ使えよ」

 

 昨日とは打って変わって異様なオーラを放つ傷だらけの魔王様は空気読んで待機されている。さすがです。



「これは、前に見せてくれた…カタナ?」

「魔王様の故郷の武器だからな。あの人の最期にはこれがふさわしいと思う」

「待ってくれ、聖剣でないと魔王は倒せない」

 だから様をつけろや。

「いえ殿下、この剣ならばいける気がします」

 聖女様には何か分かるのか。俺もこれなら大丈夫という確信がある。

 刀を渡し後方に退がると、魔王様が魔法の準備をしていた。全力を尽くすと言ってた通り、極大魔法の予感に息苦しささえ感じる。



 教えた訳じゃないのに勇者はちゃんと青眼の構えをしていた。相対して視線を交わしたふたりは、しばしの間を置き示し合わせたように動きだす。

 瞬時に魔王様の前に到達していた勇者が、放たれた魔法ごと彼女を切り裂いた。




「───魔王、いえ先代勇者様。お役目ご苦労様でした」

 どうか安らかに。

 呟くような勇者の声が俺にははっきりと聞こえた。涙は出ない。魔王という器に長く長く囚われた彼女の、これは解放なのだから。

 魔王様のかたちがゆっくり崩れていく。



 ──さいごまでありがとうねえ。会ってしまったからもう一度言うね。

 See You.(いつか、またね)──



 さらさらと光の粒子となり消えていく魔王様。

 はい、絶対に会ってください。和菓子とケーキでお待ちしてます。合コンします?年下お好きですか。



「っ、因子が……!」

 魔王様のいた辺りから、ふよふよ漂う黒い塊が勇者へと向かい、やがて胸の辺りに吸い込まれ消えた。


 眼を閉じて深く息を吐き佇む勇者を、戸惑いながら取り囲む仲間たち。

 勇者がこちらを向いて微笑ってみせた。何も言うな、あの言葉ならNGだぜっ。



「俺の手を取れ勇者!! こっちの、俺の世界へ来るんだ!」

 手を差し伸べて叫ぶと、勇者がぱちぱち目を(またた)きびっくり顔をしている。

「え……」

「魔王因子は俺の世界に封印する! 魔素も魔法もなく魔族はいない。なら魔王は永遠に目覚めない!! そうだろ王子様」


 ぶんぶんと頷く王子。



「戻ったら魔王様を含めた元勇者たちの弔いをしような」

「───僕は、魔王に、なら…ない?」

「だからおまえは大丈夫なんだって。約束したよな。一緒に来い、世界を救った勇者様」



 眉根をさげて困り顔の勇者がゆっくりと手を伸ばしてくる。いろんなことを願うのすら知らなかったこいつに、二度と諦めさせはしない。欲しいもん全部掴めばいい。届くまで手を伸ばし続けろ。自分のために生きろ。

 強く手を握れば勇者は俯いて肩を震わせた。こぼれた涙には気づかないでおく。



 このまま俺と来たら記憶喪失とかナントカ誤魔化して引き取ろう。いざって時は家を売れば大丈夫。魔石の金だってある。

 おかしな時間の現象は気になるが生きてりゃ儲けもんよ。会えなくてもいつかの時代に生きてりゃいいさ。



 王子たちに手を振り別れを告げる。はは、あっちも泣いてやがる。別れは笑顔だよ。魔王様見習えや。

「元気でね、ありがとう! 勇者を頼むね」

「彼の功績を称え語り継ぐと誓う、第二王子   の名にかけて!」

「彼は手先が器用です! 手先がっ。手仕事できると思います!」



 固有名詞は引っかかるようで、ノイズで聞こえない。

 これも小説か漫画かゲームになってるのかなあ。きっとそう。

 異世界電波受信にかけては日本人がトップオブトップ、異議がある国はまずコミケ級のイベント開いてイベントの数も上回って漫画の総数とアニメの制作本数超えてどうぞって幼馴染が早口で荒ぶってたし。奴は何と戦ってるんだか。



 手を振りながら、帰ったら探してみようかと考える。それは売られてる書籍やゲームではなく広大なネットの片隅にあるのかも知れない。

 孤独で優しく勇敢な、ありふれた勇者と魔王様の物語。



 家を目指してひた走る。消えてたらどうしようと思ったが、ちゃんとある。

 良かった、あんな啖呵切って戻れませんでしたとかシャレにならん。

「そうそう、生まれ変わるなら名前つけないとな」


「本当にきみは、僕の母さんみたいだ」

 涙を拭い勇者が微笑む。

「だからせめて父親にしろよな!」

「きみなら、僕に一番合った名前にしてくれるね」


 おまえみたいな出来のいい息子、持てる気はせんわ。っと、確実に転移できるように保険かけとこ。



「神様! 勇者の闘い見てたよな、頼みたいことが」


 ───散々貶しておいてか? 図々しいことだ。


 神様おこ。ちゃんと答えがあって安心した。

「俺はともかくこいつはこの世界を救った。だから褒美に俺の世界に連れていく。OK?」


 家の裏口が見える。けど今日は玄関に回る。なんとなくそうすべきと感じるからな。


 まあ良かろう。だがお前の世界の神には何を捧げる?


 対価か。対価ね、ふむ。居住権のため。

 受け入れは氏神様にお願いしよう。本来はあっちだが七五三は近いし有名なあそこでやったんだよな。ショタ勇者もお詣りしたし。

 どっちだか分からんし両方にする。


 ◯◯神社の神様に◯◯神社の神様!

 ───を捧げますからお願いします!

 こいつが、勇者が日本でサイコーに幸せになるようにして下さい!! 勇者の願うまま! これまでの苦労が反転したくらい幸福に満ちた人生を!!


 それから勇者の名前は───。



 言い切って玄関に飛び込んだ後の記憶はない。ただ、掴んだ手を俺は最後まで離さなかったと思う。








 苦しさに目覚めたら腹の上で猫が寝ていた。長谷川さんちのキジ猫ファーちゃんだ。勝手に窓を開けやがる不法侵入者かつ不法滞在者。どかすと毎度文句を言う。昼寝邪魔罪によりネズミのおもちゃ強制労働刑に処す。



 カレンダーは空き巣が入る前の日付だった。定番なら俺の記憶なくなってると思うだろ?だがばっちり覚えてる。



 ひとつ俺的に残念なお知らせ。知ってたけど心情は理解していただきたい。

 日付が戻った、ってことは当然のごとく魔石に関する事象もなかった事になった。理央さんにそれとなく尋ねれば、使ってんのは水晶だった。相変わらず派手な女装でゲンさんとやり合ってた。



 におくえん……もう一回触っときゃよかったぁ。キミと二度とは会えないだろうグッバイラブ。これはむしろ忘れたかった。悲しい。

 仕方ないんだ。命は差し出すのイヤだし、勇者の移住に二億円を捧げることにしたからね。

 でも二億……フフフ、手に入れてなけりゃここまで心は痛まなかった。

 心で号泣し神社二つにお礼参りをする。稲荷様もあるからお供えもした。

 賽銭は小銭でいいですよね?



 あと刀が無くなっていた。魔王様を倒したイカした野郎だ。名も無き刀匠さん、あなたの鍛えた子は異世界でも超一流でした。ありがとうございます。

 どうでもいいが勇者が持ってったシャツも消えてた。ホントどーでもいい。



 勇者なー、あいつ何処行ったんだろう。異世界神は約束してくれたしどっかで生きてるはずだけど。それかまさか俺の息子で転生してくるのか。

 魔王様、なんとなく大学生やってそうだしあの大学行けば会えるかな。入学は無理だし学食に行ってみるか。

 文化祭でミスコンに出てねーかな?よし突撃決定。



 こっちの神様へのお願いはあれで大丈夫だろうか。曖昧じゃなかったよな?

 欲を言えば無事な姿が見たかった。いまいち顔が思い出せないのはあるあるパターンだ。転移か転生かも不明だし。


 思いつきで叔父さんにライヌする。

『ジャングルで転ばない靴にしろ毒ガエル触らないように手袋必須やんないと入院するよshinでも知らんぞ』

 数時間後、返信がきた。


『慎吾は超能力者? ノストラダムス慎吾? 怖いんだけど。ねえなんか見えてるの? 怖いんだけど! なんで僕の居場所知ってんの!? 怖いんだけど!!!』

 はい放置決定。すぐ返せるじゃんかスットコドッコイ。


 叔父のライヌで、全部俺が見た長い夢の可能性は低くなった。

 日本の何処かに勇者と魔王がいるかこれから生まれてくるかして、叔父さんはカエルに触らない。それでいいじゃないか。

 ああそうだ、今度歴代勇者たちのためにお詣り行こう。神社でいいのか?



 ガラッ。

 うちの玄関防御力ない。鍵閉めろって? 在宅時はめんどいんです。でも危ないよな、気をつけよう。

「やっほー高杉慎吾ヒマしてる? 暇だな!? よし手伝え、まず買い物。大聖堂作るから。どこのがいいかなー日本の寺のがいいかな?」

 どいつもこいつもピンポン鳴らさねえなあ! 割と久々の幼馴染がいきなり来る、うん、どうしようもなく日常だ。

 ちょい待てや支度すっから。ん? モビルスーツでも海賊船でもなく大聖堂に寺だと? 信仰にでも目覚めたか。

 なんか今日は暑いし半袖で大丈夫だな。


「……え?」

 鍵を閉め視線を向けた、数メートル先の後ろ姿。



 忘れもしない。お前が俺の誕プレにくれて。


 ───おまえがうちから持ってった、あの。



 そっか。そうだよな。おまえの名前は。



「───(いさみ)

 呼びかけにゆっくりと振り返るあいつ。

 眼鏡の奥、光の加減で赤くも見える眼。嬉しそうに笑みを作る今は、細くなって見えないけれど。

「寺か聖堂、弔いにどっちがいいかな? ───慎吾(お母さん)



 風に煽られ桜の花びらが舞いあがる。

 この古い町の、この風景におまえはいる。生まれた時からご近所さんで、オタクで器用で万能で、けど絵心のない隠れイケメンの幼馴染が。


 言葉にはしない。俺らはこれからもなんてことない日を過ごすんだ。どうしようもなく変わらない平凡な毎日を、この平和な国で。

 それはなんて贅沢な。



 滲んだものをごまかして目を擦る。商店街の方から福引きの当たり鐘が聞こえてきた。

「抽選券あったかな」

「うちにあるよ、手伝い料として進呈しよう!」

「プラモはもう増やすなっておばさんに言われてなかったか? どれがカッコいいか調べようぜ」

「来月の縁日で金魚すくいしようよ」

「気が早い! まあそろそろ池に水張ってもいいかな」

 鯉がいた幼いあの頃のように、池の金魚をふたりで眺めようか。



 じきに花が散れば葉桜の季節。その緑はやがて枯れ落ち、はだかの枝を飾るのが雪になりそしてまた(つぼみ)の春が。

 繰り返し、繰り返す。


 

 そうして重ねる日常を、俺たちは確かに生きている。




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― 新着の感想 ―
結末にうるっときました 素晴らしいお話をありがとうございます!!
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