こんな糞ゲーやってられるか!俺はもう帰る!ー魔王襲来ー
なんで俺は名前を聞こうとしなかった?挨拶したら次はこうだ。
ワッチャネーム。
「名前は?」って。
王子の名前みたいに聞き取れないかもだが、尋ねもしなかった。
「成人前にこの世を去る者に、名付けはできない」
「は?」
何だって?
「彼らは髪や目の色、生業、身体的特徴で呼ばれる。誰も、当人すらそれを疑問に思わない。名も無き者が早逝するのを人々が気づく事もない。王家に伝わるところでは、彼らは産まれながらにして人の範疇にない、神のものである、と」
あいつは、勇者は言ってた。
赤目、のち勇者或いは偽物。
「若死にする奴はみんな、勇者みたいな扱いなのか。いないものとされんのか」
「……いや。彼の場合は数百年に一度だよ。他の大多数は、長生きはできずとも普通に生きられる。
──彼みたいに不自然な存在は、周囲に忌避感を齎す。やがて虐められることさえなくなり、ただ孤立していくんだ」
「奴のどこが不自然なんだ!? 数百年に一度ってまるで──、いや、死ぬ訳ないだろ! 強いし! 魔王に勝てるはずだろ」
答えるなよ王子様。言うな、言うんじゃねえ。
だって俺は知ってる。オタクの幼馴染に鍛えられてるから。あの話も、あの漫画もそうだった。
「ヒトとしては一度死ぬよ。
……魔王に生まれ変わるため」
魔王の真実ってやつだ。
よくあるシチュエーション。魔王を倒した勇者が次代となり、力を蓄える眠りにつく。
あいつが、勇者が、じゃない。
王子たちが偽物だった。
違うな、正しくは早めに現れた“次の勇者”だ。
王子は、悪循環を断ち切る使命を負っていた。魔王討伐後の勇者を殺し魔王因子ってのを封じ、次に繋げない。親しくなればなるだけ辛いから、距離を置いた。
だが結局は段々と近づき手助けを始める。ひとりぼっちの彼を放置できる奴らではなかった。
『勇者パーティーに入れてもらえた!』
『みんながいるといつも以上の力が出るんだ』
「おそらくだが、勇者が虐げられるのも、予定調和というか……。世界を憎み魔王へと近づけるための、、だから本当は我々も、関わるべきではなくて」
「……今やらないと、結局」
何か話してないと、叫び出しそうだ。
「長い間、あいつはまたひとりぼっちになるんだな。孤独が嫌いで人が好きで、あれだけ散々な目に遭っても、恨み言も言わないあいつが」
八つ当たりなのは分かってる。そうだとも。
「なあ、王子サマ」
「……なんだ」
「あいつな、俺のこと母ちゃん呼ばわりすんだ」
少しばかり、この罪悪感を請け持ってくれよ。俺ばっかは不公平だろ。
「誰にも大事にされなかったしヤツ自身を気遣う人はいなかったって。普通にそう吐かすんだ。俺は何も特別な事はしてねえんだわ。なのに母親なんだってさ」
おまえの歩んだ寂しさが、少しでもこいつらの眠りを苛めばいい。
「王子の仲間に入れたって、ものすごく喜んで俺に報告すんだよ。テストで満点取ったときの子供が母親に言うみたいに」
「──────」
「バカだよなあ、あんたらのせいで国中から虐げられてたのに。クソむかつくわ」
なんでだよ。なんでなんだよ。
「なあ、なんであいつなんだ。もっと胸糞なのが魔王になりゃいいじゃんか。ブチ殺しても構わないような、人間のクズがいるだろ!」
「……優しい人間でないと、魔王には至らない」
静かな、しずかな声だった。
それが逆に、やり場のない憤りを感じさせた。俺より長いことこの矛盾を抱えてたんだろう。
「禁書庫の本を読み尽くしたよ。私も、君と同じだ。善い人間が割を食うのはおかしいと。だが、魔王を受け継ぐ───、人間のため贄となれる心の要素がないと、因子は育たない。因子が何かしらの見切りをつけると、寄生する虫のように次の適性者を探しに行く、───去る時に、宿主の生命力を全て奪って」
「………は、………」
ったく、なんてクソゲーだ。最初から詰んでやがる。レビューでマイナス2億点やるよ。
善意と優しさにつけ込んだ悪夢みたいなシステム。
やさしくつよい勇者は、人をたすけるためならなんでもできました。何もこわくはありません。仲間がいれば、いたいのもがまんできました。そんなのは、さみしいのと比べたらぜんぜんへいきです。
勇者は、さいごまで勇者でした。
─────ってか。
…………っざけんな。ざけんな。ふ、ざ、け、る、な!!!
「ふざけんじゃねえぞこのクソったれ神ぃ!!!」
「待て! さすがに今のは聞き捨てならん」
天井を見上げて吐き捨てると王子に嗜められたが知るか。
「黙れ。俺とそっちの世界の神は無関係でここはうちの茶の間! 敬おうが蹴り飛ばそうが俺の勝手だ!! 日本だって似た神さんはいるさ、けど拾ってくれる神もいる。一人でふんぞり返って好きにやってる神とは違うんだよ!!」
「神罰が下るかも知れないわ、もう止めて」
「俺にバチを当てられんのは日本の神様だけだよ! 尊敬が欲しけりゃ営業努力しろよ! 勇者を犠牲にして数百年平和ならそれで満足なんだろクソ神」
くすくすと場違いな忍び笑いがした。聖女も魔女も王子もびっくりして同じ方を見ていた。
いつの間にか知らない人が混ざっている!? と思えば、土間の近くで人じゃなく黒猫が笑ってた。えーと、異世界猫? それか勝さんちのビー? ビーは笑わないよな?
「……これ、なんて動物?」
魔女が聞いてくる。
「そっちには猫いないの?」
「ねこ、……。お伽話に出てくるケット・シーのようね」
「ふふ、ごめんなさい。だいぶ前から話を聞いてたの。不法侵入ね。自分の話題でもあるからつい」
「「「「「え?」」」」」
キェァアアアシャベッタァァァア!?!?
に、人間になった!? いやツノ、角あるね! 黒髪ロングの美女だね!?
はい、魔王様がうちの茶の間にご来場でした。おかしいな、ここにいるパーティーと勇者で明日魔王城に攻め入るんだよな?
あ、粗茶ですがどーぞ。王子たちはちゃぶ台から追いやる。そこの固まってるオブジェたちはお気になさらず。
彼女は日本からの転生者だそうです。んで勇者になり魔王に強制ジョブチェン。それが数百年前ですが、前世は昭和世代だとか。
オブジェこと王子たち放置で話し込んじゃった。駄菓子を追加でお供えしとこ。
魔王様には高級和菓子と手焼きせんべい。
「あちらとこちら、時間の流れが歪んでますよね」
「わたしのケースからして明らかね。だってわたし七十二まで生きたの。それから転生で勇者から魔王になって数百年……、あらこれ、坂の途中にあるお店? 手焼きね」
「よくご存じで。七十二? じゃあ今より未来に亡くなった?」玉露もどうぞ。
「うふふ、当たり宝くじも競馬の大穴も分からないわよ。ねえ、あの鰻屋さんまだあるかしら。まだ、って変か。わたしが死ぬまであったはずなの。大学時代によく行ったのよ。うちの教授も常連ね」
「えっあれに近い大学って、魔王様めっちゃ賢いじゃないっすか。あ、当たりくじはいいんで地震来るか教えてもらえません?」
「あー、楽しそうなところ悪いんだが」
「なに王子、今大事な話してんの」
「私への態度と差がないか」
当たり前だろ元勇者で現魔王様だぞ。
「……まあいい。魔王がここへ来た理由が知りたいんだが」
「様をつけろよデコ助野郎」
「えっ? デコ? 解らないなりに貶されているのは伝わったぞ。王子なんだが?」
「勝手に異世界に来て身分振りかざされてもなー。庶民のおやつ口に合わないよね? 回しゅ──」「い、いやこれはうまいがそういう話では」
「ポテトチップスは反則よ」
くすくす笑われてしまった。魔王様にも一袋献上したら王子が物言いたげ。奴らは三人でひとつ、当然だ。
「あなた方のことはだいたい把握してるわよ。勇者とショッピングや学校、楽しかったわね?」
えっこわ。さすが魔王様や。
「さっきのあなたを見て思い出したわ。前世で飼ってた犬がね、鳩を追いかけて猛スピードで野良の子猫のすぐ傍に近づいてしまったことがあるの。急だったからわたしリード放しちゃって」
「はぁ」
魔王様が話す内容があまりに呑気で突拍子なくて。
さっきの俺で思い出すってなんの話だろ。
「母猫は怒り狂ってルルを追い回したわ。でも私もルルの親だったから、キャンキャン泣いて(鳴いて、じゃなくね)逃げてた彼女を抱きしめてシャーって威嚇した。わたしの娘にこれ以上手を出すな! って。後でものすごく怒られた。猫が本気で襲ったら、人間は死ぬかもしれないから」
どのみち庇っていたけどね、と話しは続く。
「全力で母猫を睨んだら、彼女の殺気が消えたの。『ああ、おまえも母なのか。』、あの目がそう言っていた。しばらくして猫はその場を立ち去ったわ。わたしたちはどちらも子のために牙を剥く無謀な母親だった」
ああ、それでか。
「……俺、その母猫みたいでしたか」
「思い出したの」
優雅に茶を飲む魔王様は、勇者の時か前世かは知らないがお嬢様だったに違いない。そんな彼女が歩んだ道に、あいつのこれまでとこれからを重ねる。
「あなた、信心深いほうでしょう。それに文明的には比べものにならない世界を、憤りはしても軽んじてる訳じゃない。なのに思い切り神を罵倒した」
「………」
私は軽んじられているがな、茶菓子からしてとぼやいてる奴、空気読めよ。
「だからね、あなたの気持ち分かる。わたしだって自分と同じ勇者を助けたい。魔王には見えてたわ、あの子の人生が。初めてできた友達と仲間がどれだけ嬉しかったのかも。けど、……この子たちの思いも分かるのよ」
魔王様の言葉に、麩菓子を手にしたまま王子たちが俯いた。
死なせたくない、けれど子孫に平和な世を残したい。人類の敵となった孤独のなか、勇者を置き去りにはできない。でも仲間を、友を手にかけたくはない。
こうして悩む間にも、望むと望まざるに関わらず現魔王の力は強まり続け。
そしてまた瘴気が濃くなり人は死ぬ。
ほらな、やっぱ糞ゲーじゃんか。
ありがとうね。あなたが勇者のために怒ってくれて、わたしも救われた。嬉しかったの。
わたしも日本に還るからまたいつか会いましょう。ふふ、See You somedayって素敵じゃない? また会うまでいつまでもずっと続く、終わらない約束なのよ。
さようならもキレイだけど、哀しい諦めの言の葉だから少し苦手。
綺麗な微笑で俺に別れを告げると魔王様は王子に向き直った。
「ああ、目的聞いてたわね。勇者を大事にしてくれたお礼と、懐かしい味が目当て。そして宣戦布告? 明日はわたしも全力出すわね、そういうものだから。よろしくね王子」
そう言って魔王様は城へと転移していった。俺の夜食お稲荷さんと赤飯握りとプリンを土産にして。
静まり返ってた王子たちも、重い足取りで裏口を出ていく。
綺麗で強い人だなあ。勇者に、……魔王にふさわしい、優しすぎる人だった。
お気楽な世界に生きる俺に、あれ以上の何が言えたろう。実際にここで生き、死んでいく人たちに。
だから俺は気づかなかった。こっそり話を聞いていた誰かが、魔王様の転移したあとに静かに裏口を離れたのを。
果物持って来る約束? 覚えてない。
かけてやれる言葉もないのに。
気づくはずがないじゃないか。
神様、日本の神様。
俺はどうすればいいですか。
全部夢ならいいのに。忘れられたら楽なのに。現代の高校生チートなし、やれることも考えつきゃしない。苦しいよなあ。
こん、こん。
ノックの音がした。
勇者はノックしない。いつもの裏木戸が、なんだか不吉な感じがした。
「あたしよ、忘れ物したの」
王子パーティー魔女さんの声だ。もしやおやつを奪っていくのか。魔王様にすら出してない舟和の芋羊羹を。
これだけ残して再びどっかに消えた自称親族は許さんが、芋羊羹に罪はない。
いいけどね。明日、異世界人類の一大事を担う人にそれくらいは。
……勇者を呼び止めるべきだった。このまま終わりはあんまりだ。舟和は奴に食わせるつもりでいたんだ。
「魔女さん、勇者は───、っ!?」
木戸を開くと一面の霧。
「ゴメン、勇者に頼まれたから。もういいんだよ。あたしたちの世界のことだもん。キミは全部、───。」
いいか高杉。
神様へお願いする時は気をつけろ。
金が欲しいと頼んで叶っても、事故って保険金が入ったり身内が死んで保険下りたり。そりゃ過程まで指定ないし仕方ないよな。
悪気じゃない。ただ実現してみせただけ。
そういう神もいるから。
曖昧な願いは決して。
あれ、願いになっちまったか。
忘れられたら楽なのにって。
俺は忘れたかったのか。
神主の息子に注意されてたのにな。
意識が途切れて沈んでいく。待ってくれよ、勇者に会うんだ。頼むから。
決戦はもう明日なのに───。