学校に勇者がやって来た。そして別のが我が家に。
どうも、実況のモブです。
俺の隣の席には勇者が座ってます。
訳あって見学、という担任の説明でクラスメイトは深掘りせず受け入れた。
女子は色めき立ったね。
今回の勇者はご機嫌だった。
「王子様のパーティーに入れてもらえたんだ!」
登校前夜に泊まりに来て開口一番、喜びを表す姿に悪態をつき損ねる。
おまえ利用されてねえ? だいたい入れてもらったじゃない、入ってやったぞ三下ヤローが! だからな。
「う、うん? でも親切だし楽しいよ? 闘うのは楽になった。聖女様がいるから。聖剣もくれたし」
せっかく嬉しそうなのに水差しちまった、いかんいかん。
「おまえが気にしないならいい」
どこまで人がいいんだか。王子には釘差しときてーなあ。
「明日は楽しみだ」
更にハイにさせてるのは希望してた高校見学だ。いい思い出になれば良いな。
そんで俺は勇者舐めてましたその2。祭りで思い知ったよね? チートだと。いやスゲーわ。だって片言で会話してんだよ?
勇者いわく「二人だと通じてしまうから、今まで学べなかった」と。
近所のおばちゃんや買い物で道行く人、そしてテレビからちょっとずつ覚えたと言う。
走らせればスニーカーで陸上部をあっさり超え。体育で俺の選択の剣道をやらせたら当然のごとく無敵状態。手加減が難しいようだ。顧問から入部を懇願されてた。
スポーツは覚えれば何でもできた。やばいな、俺のモブ化がとどまることを知らない。
同年代に囲まれた勇者は、イケメンだがごく普通に見えた。世界さえ違えば輝かしい未来があるんだ。
ささっと魔王倒してもらい転移さすぞ!
俺のルーティンに則り二時間目の休みに学食のタンメンを二人でかきこむ。午前のおやつ。体育会系部活組は弁当二つがマストだし。
昼休みまで緩いまどろみが続いたが、寝そうになると勇者に突かれる。真面目か。
昼は昨日買った弁当を屋上で広げた。和牛尽くし華御膳(特上)だ。話したい奴らが学食で待ち構えてるだろうが華麗にスルー。
「うっま。さすが高級デパ地下弁当」
「うん。けどやっぱりいつものご飯が美味しいよ」
言動イケメンかよ。さすゆう。
*****************
高校はすごくすごく楽しかった。僕が何かをすればみんな笑顔で褒めてくれた。いろんなスポーツを試したら、その部活? をしてる生徒や先生が勧誘してくる。『母さん』は笑ってそんな僕を見ていてくれた。ちょっと自慢げ? なら良いな。
……名前が呼べない。音は解るし言えるはずなんだけど、言葉にならない。
何かしらの制限がかかっている感じだ。他のみんなみたいに呼びたいなあ。○○○って。
僕の世界とは何もかも違う。魔物はいないしスラム街はない。
誰も僕を虐めたり仲間外れにもしない、夢のような場所だった。
……絶対に来よう。そして彼の名前を呼ぶんだ。
───もし、もしも僕が魔王討伐に失敗しても、この日を忘れない。いや、今日だけじゃなく、彼と出会えてからの全てを僕は忘れないだろう。
*****************
人疲れせんかと心配したが勇者は元気だ。前夜、感染症の心配をする俺に勇者が説明した。病気にかからない健康スキルがあるんだと。確かに勇者が病死とかシャレになんないもんね。
ほんとに勇者ったらすごないか?話すごとにヒアリングもスピーキングもめきめき上達しとるし。
え、ウチの勇者最高では?
「高杉、絶対に転入させてね!!」
「あっハイ、まあ頑張ります」
女子に詰め寄られるのはもっと別件が望ましいです。
「慎吾! うちの部を勧めてくれ」
「ばーか、ウチに決まってるだろ!」
「ざけんなよ、あの跳躍力見たろ」
「あのー、ヤツの好きにさせるんで落ち着け皆の衆」
騒ぎをよそに机に向かう勇者。覗いてみれば何故かお絵かきをしていた。
ニッコニコで見せてきた二体のクリーチャーの絵。自分と俺を交互に指すのから察して、俺と勇者らしかった。
え、あんな万能勇者が絵は下手?
なにそのギャップ萌え。
こんな所まで含めて最の高では??
「絵は下手なんだけどね」
「手先は器用なのにな。でもこれ気に入ったわ」
勇者衣装を縫ってる時に途中交替したの。俺の手つきが怖いんだって。倍の速さと倍の出来映えでした。
恥ずかしそうな勇者に身悶える女の子たち。
「器用さと絵の上手下手はあまり関係ないよ。私すっごい不器用だし」と、アニメ絵を描かせれば売れるレベルの黒野さん。
そんなもんかね。一流スケート選手が言ってたな、スケートと運動神経は関係ない、自分は運動神経ないと。
どう考えても違うと思うが。
和やかすぎて俺は忘れていた。有名な漫画も言うように、世界は残酷だということを。
帰宅早々に勇者は戻ると言う。
「神殿に行かなきゃだから、後で神の実を持ってくるよ。ちょっと苦労するけど仲間がいれば楽に取れるんだ」
「無理しないで明日でいーぞ」
「……明日はね、いよいよ魔王城なんだ」
「大丈夫、僕は負けない」
覚悟はしてたが心臓がひゅっとなる。俺の動揺をよそに力強く頼もしく勇者は宣言した。
「美味しい食べ物たくさんもらったおかげで、みんな万全なんだ。待っててね。明日の前に気合入れてもらいたいから。すごく美味しいんだよ、その果物」
笑顔の勇者を送り出した後は特別やることもない。あの食糧、王子も食ってんのか……複雑。
こっそりとバラエティとアニメの録画予約してあったので、連続予約に変える。しかし順応早い。
裏口に気配がしたので、忘れ物かとそちらに向かった。
「なんだ? 何か───、」
そこには茫然とした風情の三人の異邦人がいた。
さすがに勇者と違い身綺麗にしている。俺は無言で招き入れ(靴は脱がせ足を拭かせた)、ちゃぶ台に座らせた。
「ゆ、勇者から色々聞いている。」
無言に耐えかねたように王子が話し始めた。
「はあ。で、なんか用すか。オージサマには支援物資いらないですよね」
女子二名がメチャカワなのに苛つく。あいつが苦労してんのにハーレムかよと。
「……勇者への仕打ちに怒っているんだな。仕方ないが」
「ヤツはどうした。置き去りか」
出たばっかだがまた時間歪んだか。
「違います! あの方は神殿で祝福を受けています。待っていたらこの家が。」
シスター服の子は聖女様だろう。いくら可愛くても俺の心は動かない。
お色気担当っぽい推定魔女にもな!
「それであたしたち、キミには話しておいた方がいいってなって」
「……茶を淹れます」
なんだか長くなりそうだ。
「私は××国の第二王子、○○だ」
「名前聞き取れません。なんかストッパーかかってるんでは」
そうか、と美形が溜め息をつく。別にあんたらの名前知りたくねーし。
「勇者様にご助力いただきありがとうございます」と推定聖女。
紅茶出してやった。茶請けにポテチと麩菓子も。合わない組み合わせはわざとだ。
たまたまいい和菓子にケーキもあるが誰が出すもんか。
「好きでやってるんで礼を言われる筋合いはないですね。つか礼すんならまずあいつを助けてやって欲しかったね」
「おい、聖女に対する無礼は──」
「それがなんだ? 俺の国は別であんたらに払う敬意はねえ。きちんと勇者を支えてれば俺も感謝したろうよ」
俺の言葉に誰も返せない。
仲間に入れたとただ喜ぶ勇者の代わりに言ってやってもいいだろ? 腹に据えかねてたんだよ、お前らの世界そのものが。
「そこまで勇者を思いやる者だからこそ、話しておくべきと考えた」
不穏な空気に身構えた。これは良くない。とても嫌な予感に包まれる。
だが王子の発したのは予想外のひと言だった。
「勇者の名前を尋ねたことは?」