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爆買いと勇者のしたいこと



 今日は日曜日。

 勇者のQOL向上プロジェクトを推進するのだ!


「なあ、空間魔法って時間は停止する?」

「うん」

「よし爆買いすんぞ」

「……街に出るの?」


 戸惑う勇者を引っ張り駅に向かう途中、マダムの井戸端会議に捕まった。


「シンちゃん、誰そのイケメン!! ユウ君に似てない?」

「カッコいいねーウチの婿に欲しいよ」

「あたしの彼氏でもいいよっ独身だし」

「ちょっと、あんたが言うと洒落になんないよ」


 おばちゃんパワーに訳も分からずビビる勇者。アキさん、冗談とはいえ五十六歳と十六歳は事案です口には出さんよ怖いからね。ごめんな勇者、俺といるといじられちまうわ。早々に逃げよう。


「……みんな、僕の目を見てたけど怖がってなかった」

「祭りでも大丈夫だったろ」

「うん……」


 昔の日本も異人さんを鬼と思ったりしたからな。 

「同じもん持ち上げたり排斥したり、時代で変わったりすんだよ、おまえのとこもきっとそう。赤い眼カッコいいぞ」

「───そっか」


 何やら考え込んでいた勇者だが、地下鉄に驚いて喜んでいた。テレビでは見たが本物は違うもんなー。

 券売機でスイッカ買わせて改札を抜けて。異世界男子も鉄道は大好きだよね! 予測してたんでJRに乗り換えわざわざ遠回りした。


 やっぱり周囲には勇者の言語が通じないし勇者にも俺以外の言葉が解らんと言う。

 周りから見たら外国語と日本語で話してるように見えるのかねえ。


 色々驚きまくっては放心を繰り返す勇者。安心しろ。俺含め大概の現代人はなんでインターネットがあんだけ色々できるのかも飛行機が空を飛べるのかも知らんから。

 無数のビックリマークを飛ばし、再度のなぜなに少年が降臨した勇者だったが、やはり順応は早かった。



「なんか見られてる……やっぱり異常と思われてるんじゃ」

 少し余裕が出てきたらしく、目的の駅に着いてからようやく注目に気づいた。

「おまえがイケメンだからだよ」

「イケメン……っていうと顔がいい? そんなことないけど」

「みんなはそう思ってるからな」



 やって来ましたデパ地下。

 俺愛用のステーキ用スパイス、これがホント美味いしなんにでも使える。醤油屋さんが造ってるんだ。ステーキソースも買おう。

 とくれば肉だ。和牛塊でモモとサーロイン、ヒレ5キロずつ。十万越えるとやっぱビビるわあ。ローストビーフもお買い上げ。鶏に豚もいいやつ買お。加工肉はナチュラルなやつがいい。魚と野菜は地元商店街に貢献しよう。

「ね、ねえ」

 気に入ってたんで純ココア。生クリームはホイップ済みのやつがいいな。十個単位でいく。果汁100%ジュース各種に国産蜂蜜買い占めー。

 デパ地下ケーキを1ホールずつ片っ端から浚うぞ!高級和菓子に焼き菓子もぜーんぶ買っちゃう! 荷物多いから届けてくれるってラッキー。プリンは全店のを買い占めだっ。

「───あのう」

 なに勇者。欲しいもんあったら言えよな。ジャムやゼリーは助かるだろ。あ、弁当たくさん買っておこう。すいませんここからここまで全部!

 こちらのデリカも……ん? 困っとるな。半分にします。

 ベーカリーを空っぽにしてや……あ、困りますよね。半分ください。

 俺の爆買い魂に火がついてんだ、誰にも止められねえ!



「か、買い過ぎ」 

 見てただけなのに息切らしてんのは何故。

「配送してもらうし収納の容量あんだろー。まだまだ行くぞ」

「まだ買うの!?」



 デパートを出て古着屋で異世界でも浮かなそうな服を見繕う。新しすぎると浮くよなあ。もう一枚レザーのジャケット、デニム三本、カーキのミリタリー系上下も大丈夫だろうか。何着ても似合うなチクショウ。

 無地Tシャツや普通のシャツはユニ◯ロ系でいい。前にもらったから大丈夫? ケチ言うなし。

 靴だ靴! 欲しいけど買えなかった高いの買う! これはおそろでいいよな?いっぱい買っちゃう!

「布団買おう。衣食住大事」

 ゆうしゃがうごかない。ただのしかばねのようだ。



 悪ノリしてシャツプリントの店で『勇者』Tシャツを作った。俺のにはモブです。とプリント。

 その場で着替えて記念プリクラ撮りに向かう。爆買いの衝撃が残って勇者の笑顔が固いな。

 まだまだ遊びたいが勇者疲れてるから帰ろうか。


 帰る道すがら考えていた。

 金は唸るほどあれど、あちらの貨幣がないのは不便だ。宿にも泊まれない。勇者が物を売ると二束三文らしいし、貴重だという塩胡椒を出しても因縁つけられそう。

 俺が行ければいいんだがな。



 買い物から帰ったら、珍しくおやつをいらないという勇者。

 熱を測れば38度あって焦りまくった。馴染みのない世界のウイルスにやられたのか!?

 未開の地に入り込んだよそ者のせいで感染して全滅した部族とかいたよな。俺が浮かれたせいで勇者に万が一があればどうすりゃいいんだ。

 あの薄情な世界は滅びてもいいけどさ、勇者はダメだ!

 


「大丈夫だと思う。きみの爆買い? と、この世界のいろんな不思議にあてられたというか」

 筋肉痛や頭痛なし、家で落ち着けば食欲も出てきて熱も下がったので高級マンゴーを食べた。うっまああ。

 少し暑いが夕飯は鍋焼きうどんにしよう。近所で出来たての海老天を買ってくるとするか。



 うどん啜りつつぽつぽつ感想をこぼす勇者。

 食べ物がいくらでもあること、文明の利器、みんな小綺麗な格好をしている、食べ物がすごく美味しい、人が多いがスリもいない……いやいるよ。路上でのスリはあまり見ないがかっぱらいはそこそこ。食い物二回出たな。たくさん見られたけど嫌な感じではなかったこと。


 昼に食った鰻が旨かったこと。

 活け鰻の店だから水槽を見せたら「魔物のナントカに似てる」とはしゃいでた。なんでも食ってきたから忌避感はないようだ。



 だが一番は、こんなに豊かでも戦争があることが不思議だ、と。


 難しいんだよ、そこら辺。

 勇者の世界でもそうだろうがね。



 届いた配送品を収納していく。しばらくはこれで戦えるだろう。上質テントにキャンプセットも買って雨風は凌げる。他に何が出来るだろうか。



「───本当にありがとう。何か、お返ししなきゃ」

「あのな、何度も言うがあの魔石。俺が一生働かなくてもいいくらいの金になったの」

「!?」

「何買っても全然足りないよ」

 不動産は別だがな。



「問題は武器なんだよなあ」

 スタンガンで闘う勇者はなんか違う。どこかの刀匠に頼むか?

 そうだ、刀といえば───。



 押入れの天袋に、銘の削られた一振りの刀がある。叔父さんが聞いたたいへん胡散臭い伝承によれば。


 とある名工に親を超える腕前の息子がいた。商品として初めての一刀を引き渡す際、買い手である侍と間に入った商人に食い違いがあり侍がこれで商人を斬り捨てたという。

 たぶん値段の揉めごとだろう。


 自分が生み出した刀が理不尽であっても人を斬るもので、正しく使われるとは限らないと()の当たりにした息子は、銘を削り刀匠としての腕を封じた。その後は包丁などの生活用品作りに徹し、親とは絶縁したという話だ。


 侍の処遇は知らんが、この内容なら捕まってるはず。無礼打ちってじっさいは決まりが多く厳しいらしく、さほど行われてないというし。

 しかしどういう経緯でうちにと尋ねれば、「僕らの父親、慎吾の爺さんが麻雀のカタにもらったみたい。ゲンさんの父親からだから元はあの質屋」。

 クールな由来が欲しかったのに……。


「……人斬りは嫌がるかもな」

 天袋から取り出した刀を前に考える。

 魔王は人じゃないか。保留にしとこう。とりあえず勇者に持たせてみたが不思議と手に馴染むらしい。

「初めて見る剣だけど、いい感じ」

「剣じゃないな。刀だ」

 ていうか構えたらオーラが違う。


 のほほんとして穏やかな優男で、ホントにこいつ闘えんのかよと思ってたけど。


 細身でもしっかりと筋肉質な体には、手足以外にも無数の傷があった。さまざまに引き攣れ、黒ずみ、赤く盛りあがっていた。古いそれの上から新しい傷が重なっていた。


 ずっと傷つき続けている。

 傷ついても、痛いと言える相手すらいないのに。


「……辞めちまえば?」

「ん?」

「勇者とか辞めてこっちで暮らせばいいんじゃね」

「え」



「だってお前だけ大変じゃねえか。オージサマどもはのんびりお前の後から来て、残ったザコ狩っていちいち村に寄って恩を押し付けてんだろ。本物の功績を横取りして。腹立つんだよ」

「……ありがとう」

 お礼ばかりだな勇者。感謝すべきなのはそっちの奴らだろうに。


「行く先々でみんな僕を嫌ってて、それでも魔物はちゃんと倒せと言う。倒しても、何故もっと早く来ないと(なじ)られる。黒髪も赤目も魔族みたいで気持ち悪い、その目で見るなと避けられる。ホントはもう投げ出したかった」

「それでも投げ出してない。おまえ偉いわ。俺ならとうにキレてる」


 黙り込んだあと、おずおずと口を開く。

「……じゃあさ、世界を救ったらこっちに来ていい?」

「いーよ」

 間髪入れず答えた。ここで間が空いたらダメだ。

「仕事なら何でもある。おまえならスポーツ選手でもいけそう」

「本が好きなんだ。だから全然違うことがしたいな」

 そうかそうか。何でもするがいい。


 とりあえず次は何したい?なんでもいいぞと訊いてみた。明日は平日だから週末に。

「なんでも?」

 じゃあ───、と勇者は意外な希望を述べた。




「高杉の親戚?」

「ええ、ちょい事情があるヤツで」


 俺は今、担任に直談判している。

 勇者のやりたいことは俺の高校見学だった。


 地味すぎる。


 遊園地や動物園、メイド喫茶に映画館と俺はあらゆるプレゼンをした。新幹線に乗り個室風呂付き温泉、飛行機で北海道食い倒れ。勇者が馬に乗るとこ見てみたい。海外はパスポートがなーと皮算用してたのに。


「叔父の一筆もあります(嘘)。親から逃がしてるんで、転校してくるかも知れません(嘘)。授業見学ということで何とかなりませんか」

 あいつを捨てた親は虐待親になってもらう。


「まあ会議にかけてからだが大丈夫だろう。お前の下町コネクションえげつないからなあ。教育委員会にもその上にも繋がってるし」

「そりゃ俺でなく周りがすごいだけで」

「その人らに信頼されてんだ。俺はすごくはないが、一存で決めていいなら決めてる。つまり先生にも信用されてるワケだ」

 あらやだ恥ずかしい。

 ───という訳で授業参観です。




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