小さい勇者と祭りの夜に
「ぼ、僕、……、なんでだろう」
記憶あった。事案は免れた。叫ばれてたら危なかったよ……!
推定八歳だが発育不良につきもっと上か? なショタ勇者の語るところによれば。
孤児院時代から来たそうで、魔物狩りごっこの最中だった。この家を見つけ中に逃げ込んだら勇者の記憶が甦ったと。
かなり時空が捩れてんな。待てよ、逃げ込んだとは?
「えっと、魔物役をやってたから」
今回の怒りは青い炎のように静かで、しかし高温のそれだった。
よく観察すれば、あちこちの生々しい傷は以前のとは違う。子供が殴ったり叩いたらこうなる、って痣や転んでできた膝の擦り傷。縄をかけただろう首の跡、最近やっと栄養が行き渡ってきたと喜んでいたのに、台無しになったぺったんこの体。
「ふ、ふふふ……、行こうか勇者」
「?」
「俺あれから色々ポチッとしたから。安心しろスタンガンはあいつのアカウントで買った。独身男四十二歳、購入履歴だけでしょっ引かれるなザマァ、催涙スプレーに爆竹、手錠にワイヤー」
「あ、あの───、」
「この長細い袋に小さい鉄球何個も詰めたやつ割とイケる。こうして吊り革に結んでブン回すとかなりの威力」
「えっと……」
「スピリタスあるな火炎瓶だわ。勇者、投げたら炎上するやつ作るから気をつけて。孤児院のガキに遊びと暴力のラインを身をもって教えてあげますよーばっくはつ、ばっくはつ」
「待って!?」
子供相手に何しようとしてるんですかとショタ勇者から説教喰らう。だってーガキは加減てのを知らんからー。
勇者が作ったカルピスで落ち着きました。うまいよね大好き。
「僕この頃、アカメって呼ばれてました」
まんまじゃん。
「───怖くないですか? この眼」
「俺からするとファンタジー世界の定番だから別に。もしかして黒髪も不吉なのか? 日本人が泣くわ」
「……」
赤茶というかボルドー? 渋い色だ。イケショタにぴったり。
「それはそうと、まず敬語やめて」
「あっ、はい。……じゃなく、うん」
勇者よ、君は実にいいタイミングで来たな。
「祭りに行くぞ!」
今日はめでたいお祭り日なのだ!
風呂に入れ俺の昔の服を着せ神社に連れて行く。人がたくさん集まってた。
「おーい、ひとり良いよね」
「おっ、歓迎するぞ! 少子化はどうしようもねえや」
飛び入りで子供神輿を担がせるのだ。大人も子供もみんな興味津々でイケショタを囲んで、勇者はおおいにキョドってた。
「親戚ならシンちゃんにイケメン遺伝子分けてあげて欲しかったわー」
「血の繋がりない親戚だからでしょ。全然似てないし」
「あらシンちゃんもおまけして中の上くらいよ」
「何年生? 転校してくんの?」
「目の色キレー」
「どこの国の人?」
「シン兄ちゃんに似てないイケメンだ!」
「なんで傷だらけなの」
「拓也、だめよ」
ところどころでディスられた俺だが口出しする暇もない。
お子さんとおばちゃんの軍団にはさすがの勇者も勝てねーわ。だが勇者には答えられん質問が多いのでなんとかごまかそう。
「勇者……じゃないユウは日本語が解らんから! ほら集合集合」
本当に俺以外の言葉は解らないらしい。同じ日本語なのになあ。
飛び入りだから法被だけ。傷を見た大人はなんか察してる。
「シンちゃん、事情がある子なんでしょ。虐待とか……」
こそっと耳打ちしてくるおばちゃん。
「詳しくは言えないけど、今日は楽しませたいんだ。協力してね」
「任せて! 親が来たらみんなで追い返すから」
頼もしいけど親は来ないよ。
デニムに法被鉢巻きのショタ勇者を撮りまくった。携帯じゃなく一眼レフ、たまには役立つ叔父さんアイテム。
動画だと映ってないとかありそうな気がしたから。
戸惑いながらも徐々に笑顔でワッショイする勇者は可愛いかった。
俺も大人のやつ担げと言われてたが、最近色々あって忙しなかったから辞退したんだ。叔父が生死不明で……と誘いに来た役員さんに沈痛っぽく口を濁した。最近引っ越してきた人だから御しやすかったぜ。
けっこう長い道のりを終えた担ぎ手は色んな店からお菓子やおもちゃが貰える。町内会からも袋詰めの菓子セットが出るから担ぐ子のテンションが上がる。なんてこたない駄菓子でも嬉しいもんだ。
勇者にとっては尚更だな。
おもちゃは包装されてランダムに配られていた。
「水鉄砲だ!」
「オレけん玉っ」
「これ何だろ」
勇者はリバーシだった。今晩教えてやろう。だがその前に縁日に行かねば。
いい所を見せようとした俺が愚かでした。うん、勇者舐めてた。
「ねえねえ、あれは何!」
様々な屋台にはしゃぐ勇者。
「金魚すくいだな。たくさんすくっても持ち帰れるのは三匹まで」
ポイを二つ渡すと最初は苦戦してたがすぐにコツを掴むと勇者無双開始。
金魚ごとき勇者の敵ではない!
「すげえな弟くん!」
屋台のおっちゃんが舌を巻くほど、小さな容れ物をあっという間に魚が埋め尽くす。ギャラリーも口々に勇者を褒め称えた。
結局、二枚のポイで金魚を取り尽くしかけストップがかかった。
「特別に五匹選んでいいぞ」
おっちゃんの言葉に勇者の笑顔が曇る。
「ぼくは飼えないから……」
「いーよいーよ、ウチで飼う」
「え……」
裏庭に小さな池がある。今は水を張ってないが、昔は鯉を飼っていた。
親が亡くなった時に欲しい人にあげたんだ。親父の趣味で育てた立派な鯉を構う余裕がなかったから。
池に魚がいる風景を久々に見たくなった。勇者と一緒に。
真剣に選んで赤二匹、赤白三匹だった。出目金もいるぞと促したが、一匹だけ仲間外れは可哀想だと。
「じゃ次は何する?」
射的をさせれば一番いい景品を見事に落とした。
目玉商品の携帯型ゲーム機を取られ屋台の兄ちゃんは青くなってた。ごめんね、うちの勇者がチートで。
ヨーヨーもスーパーボールすくいも超人的に取ったもんだから、勇者が移動する先々がざわめく。
「あ! 雲??」
綿菓子に興味を引かれた勇者に、景品を置く店の人らが明らかに安堵している。
「甘い雲だ、どの袋がいい?」
勇者が指差したのは猫のほのぼのキャラだ。
「これ魔物?」
「ここには魔物いないぞ」
悩んで結局はそれにした。
綿菓子食うのは帰ってからにして、食い物屋台を見ていく。
水飴はミカン入りを勧めた。一番旨いと思うよ。
「おいしいけど歯にくっつく……」
そういうもんだ。
たこ焼き、焼きとうもろこし、ポテトに今川焼きを買い込んで座れる場所へ向かった。物陰で金魚と食い物以外の荷物を収納してもらう。
空間収納使える? と聞いて試したら出来たんだよ。窓口らしい俺んち以外の異世界でも使用可能とかチートだなあ。
キラキラの眼で金魚を見る勇者にたこ焼きを勧める。
「冷めないうちに食おう、それ預かる」
「ん。イタダキマス……?」
日本語だ。偉い偉い。
「……おいしい!」
「だろだろ。これも食え」
もろこしは普通の屋台より旨い。うちの縁日でまずいもん出すな! 差額出すからちゃんとしたトウキビ買えー!! って誰かが啖呵切ったんよ。
「ちょっとユウ君すごいじゃない。これも食べなさい」
「ボウズ、おっちゃん驚いたよ。金魚すくいのヤスと言われた俺を超えたな……」
「今度コツ教えて!」
自然と人が集まりいろんなものを置いてく。
イカ焼き、お好み焼き、チョコバナナに焼きそば。「ありがと、ござます」と辿々しいお礼にやられる皆さん。
うちの勇者は人気者!
食べ過ぎてお腹ポッコリになり、眠そうにする勇者。まだ夕方だけど疲れたよな。
「なあ、どれが好き?」
お面の店を指して訊く。
「これがいい」
スタンダードな狐面、いいセンスだ。俺は猫にしよう。
「もう帰るか?」
「帰らない!」
眠いせいか子供らしさが増している。体年齢に引っ張られてんな。
「そうか、でも一度戻って金魚置いてこうな。揺らしすぎは良くない」
懐かしいな。こうして手を繋いでもらったのは俺の方だったけど。
用意してた昔の浴衣を着せ、俺も着替える。金魚はバケツ、隣の市川さんからメダカの水瓶の水を分けてもらう。
うちも汲み置きしてカルキ抜いとこう。
「涼しい!」
「似合うぞ」
どちらも紺地で俺は無地、勇者は裾に魚。
「お詣りしような」
「おまいり?」
「神様にこんちわーってすんの」
長く続く鳥居が面白いようで、眠気は飛んだらしい。
「ここ通る時に爪伸びてると、爪ん中に稲荷さんが憑くって脅かされたんだ」
「ほんとに!?」
「子供への戒めだよ、多分?」
あのせいで俺、一時期爪噛むの癖になっちまった。
「でも精霊? みたいなのいるよ」
「マジか」
よし媚売っとこう。
「賽銭を入れて祈るんだ。願い事より初めましての挨拶にしときな」
俺はお願いするけどな。ここで七五三やったし。
稲荷様、勇者のこと異世界神によろしく頼むようお願いします。いい奴なんです。俺覚えてます? 俺ですよ俺、度胸試しで稲荷様の供え物の揚げ齧って腹壊したバカガキです。
親が慌ててお酒奉納してたっけ。
「祈っちゃった……」
「別に構わんよ。お礼参りに来なきゃだが」
「あのね、ぼくの神さまが幸せでいるようにって」
神様の幸せとは。
それよか願い事は言うなし。
悩んでたらつんつん突かれる。
「ぼくの神さま、ここにいる」
こいつ……攻撃力高杉慎吾。いきなりのことで対応できぬ。
「あ、や、オレ神さまちげーし。魔法使いになる予定もねーし」
何言ってるの俺。勇者には通じてないの幸いです。
「魔法! やってみる?」
胸を衝かれうっかり泣きそうになったのは知られてはいけない!
慌てて半端に被ってたお面をきちんと付け直すと勇者も真似した。
止める間もなく勇者が魔法を行使する。
「え、蛍?」
「綺麗……!」
「神さんが喜んでんだな」
「そっか。そういうこともあるよね」
日が落ちた境内にきらきらと光が舞う。あまりに幻想的で美しい光景にみんなが見とれている。
不思議な出来事なのに、誰も変に騒がずありのままを受け止めている。
うん。俺ほんと、この地域も住んでる人たちも好きだ。
「ここ、魔素があまりないからぼくの中にあった分でできるのこのくらい」
狐のお面の勇者は稲荷様の御使いみたいだ。
「ありがとな、すごいぞ。感動した」
勢いよく頭を撫でると嬉しそうに身をよじる狐くん。
俺もおまえの幸いを祈ったよと心の中で語りかけた。
静かな興奮の残る中、本殿にもお詣りした。願い事は内緒にするんだぞと教えとく。
いい宵だ。花盛りのツツジを眺めながら境内を一周する。思いついて、しゃがんで背を向けた。
「?」
「おぶってやるよ、疲れたろ」
少しだけ躊躇し、でもいつもより子供らしい勇者は背中にしがみついてきた。
父さん、俺も人を背負えるくらい成長したよ。母さんと一緒に勇者を見守ってくれないか。二人がいたら養子にしたがるかもな、すげえ良い子だから。
背負ったまま家路につく。帰る人も来る人も、祭り独特の幸せ気分に満ちていた。背中に伝わる体温の高さにほっとする。いい夢見てるといい。
なあ勇者、おまえが幸せになれよ。
おまえがそうなれないなら世界が間違ってるんだ。
寝入った勇者は起こさなかった。戻ればまた孤児院なのか、成長したバージョンなのか。
どちらにせよ辛いよな。
朝になりパチッと目覚めた勇者はとてもいい顔をしていた。
「たくさん寝ちゃったなあ」
子供のままだけど中身は戻った模様。特別にパンケーキ焼いてやろう。
カリッと焼いたベーコンに蜂蜜、聞いた時は無いわーと思ってたが、合うんだよこれ。
「そうだ、これもあげるよ」
朝飯をキレイに平らげた勇者が取り出した二つの石……、なんだこれ前のよりめっちゃ輝いてんぞ。
それぞれ赤とアースカラーを基調とし、前の石と同じように色がうねうねしてるがオーラがダンチです。嫌な予感がします。
「これはアースドラゴン、こっちがファイヤードラゴンの魔石」
あ、うん。それはしまっとけ。色々と吹っ飛んだわ。