我が家に勇者がやって来た(何度も)。そして事案?
それからも勇者とすれ違いが続く、なんてこたなかった。
大量の荷物は次の日に無くなっていた。
「学校行ってるタイミングだよな来てるの」
裏口眺めつつスポドリ飲んでたら、前触れもなしに異質な服装のイケメンが現れた。木戸は閉じたままで音もしなかったんだが。
よく悲鳴あげなかったよ俺。あっちも驚いてたからちょっと冷静になった。
「……、あー、えっと、勇者?」
「───おかあさ、いえ、はい。勇者です。初めまして」
今なんっつた? まあいいか。
「怪我大丈夫だったのか? とりまシャワー浴びてこい」
体臭どうこう以前に饐えた血の匂いがなー、ちょっと嗅ぎ慣れません。何故あげた新しいの着ないか聞けば、勿体ないお化けに取り憑かれてるらしい。思い入れはないみたいだから捨てよう。
せっかくの勇者との邂逅だが全然ドラマチックじゃない。日常にするっと入り込んだ感じだ。なんだかな。
勇者は黒髪赤目の親しみ持てるビジュアルだった。派手な赤じゃなく渋い色。顔立ちもモロ外人ていうよりひょっとしてハーフかな位。イケメンだがな。着替えに置いといたハーフパンツ短めね? 足ながっ。
……足も手も、傷だらけだった。
風呂上がりにスポドリ与えて話をする。
「あの、お礼が遅れてすみません。あれからここが見つからなくて、半年も──」
「置いたの昨日だけど」
「!?」
勇者からすると十日・半年なのが、俺側は一カ月・一日。法則も不明。
「よく分からんコトは一旦忘れよう。なあ勇者、これ命令な」
「な、なんでしょう」
「敬語やめて」
しばらく緊張してたが夕飯のシチューを食う頃にはかなり打ち解けてた。
作る過程をまじまじ見られてテレビでも見ろって言ったけど、興味があるからと離れない。これ小さい子供のヒヨコ行動だわ。
当たり前だが家電全部、これ何! 状態だから子供らしさ倍増。……でもこいつ命懸けで戦ってるんだよな。
「───こんな美味しいものがあるんだ」
違和感少なそうなビーフシチューにしたんだが何やら感動してた。偉いのはルーだからな。
シチューにもライス派の俺だが、勇者はパンだなと聞けば同じものがいいと言う。
遠慮してたがお代わりもさせる。魔王と闘うんだ、いっぱい食え。
「何も返せないんだけど……」
食後のプリンにまた感激しながら呟く勇者。
「だからおまえのくれた石、こっちではすごい金額になったんだって。それで、状況はどうなんだ」
勇者のなぜなにタイムが落ち着いた辺りで俺の番だ。
「順調かな。僕もだいぶ強くなれたし」
「パーティー何人で?」
ん? なんか答えにくそうだな。
「実は───」
俺、マックス怒りのデスロード。
勇者しょんぼりしてるから乱暴な態度は取れんが。こいつに怒ってるんじゃないし。
装備を見せてもらえば、支給されたボロい剣。くれた時は新品? ただの鉄でしょこれ、もっとましな素材のあるよね? すり減った革の胸当てはお手製。なになに、同時期にもうひとりの勇者が? そいつは王子? 魔物素材は売っても相場の一割?
俺ヒャッハーして突撃してもええ?
「ゲンさん!」
勇者を留守番させて閉店後のゲンさんの質屋に突撃した。野球を観てたらしくお怒りだ。
「わざわざ今来るようなコトか!」
「まあまあ」
質流れのライダーズジャケットがあったので購入する。
「いったいどういう事情で」
「お爺ちゃん! 逆転満塁ホームラン打たれた!」
タイミング良く奥の茶の間から孫のセイヤ君の声。
「なんだとお!」
とばっちり来る前に逃げよう。東京ダービー、俺はゲンさんと違いビニール傘球団派なんだ。あの音頭がいー感じに響いてくるなあ。
胸当ては……あれ加工すっか、叔父の趣味悪ロングコート。
興味深げに見守る勇者を前に、等間隔に穴を空けて縫う。レザー用の手縫セットも叔父のだ。趣味にする! とやり掛け挫折したままで端切れもあった。
ホントにあのおっさん、大人としてダメすぎないか。
携帯で「ファンタジー風衣装」をググりコートとスタッドベルトをベストに作り直してるとこだ。勇者の装備よりよほど厚い皮だが、心臓部は二重にしとこ。
「んで王子組はきっちり組まれたパーティーなのか」
説明もなくいきなり縫い物を始めた事に?? な勇者が慌てたように答える。
「あ、うん。同時にふたりも勇者が出てくるなんておかしいって、僕は偽物だと思われてる。まだ誰も仲間にできないんだ」
異世界上級国民様め。きっと装備にもどえらい金がかかっているんだろう。針を持つ手に力が入る。
よろしい、ならば戦争だ。現代日本の庶民様舐めんなよ。
ムカついたのでとりあえず登山用のサバイバルナイフ(クソ叔父改めアホ叔父の)、一時期バッティングセンターにハマって買った金属バットを用意した。前にもらった箱入りの包丁セットがあったな。包丁で戦う勇者、……微妙だけど。
スタンガン欲しいポチろう。日本はどうして銃社会じゃないんだと今だけは思う。凶器が必要だ! 我に凶器を!
全部まとめて押し付けると、案の定困ったように眉根を下げる。
「今はこれしか用意できない。また揃えておくから。空間収納かマジックバッグあるんだろ?」
「……なんでこんなにしてくれるの?」
こんなって、まだ全然お金遣えてない。
「ご飯も食べさせてくれたし、前もらった物のおかげで何度も助かった。あんな魔石だけじゃ感謝し足りないよ……」
だからあれは高額で、───違うな、そうじゃない。そういうんじゃないだろ。
「おかしな順番になったけどさ、勇者。手助けしたいんだ」
金がどうとか恩がこうとかじゃなく。
「おまえと友達になりたいから」
あーーー畜生こっ恥ずかしい!!
幼稚園で先生へのラブレター見つけられた時よか恥ずい!
しかも握手の手まで出しちゃったよ引っ込みつきません! キャアアア!
園児なら言えるけどさ! フィクションでしか許されないよな成長したらっ。
内心悶えていたが勇者の反応なし。……え、よく見りゃ泣いてないか。やらかしたか。
「いやあの、なんか悪かった」
引きかけた手がぐいと戻され両手で強く握られた。
「……ともだち、なってください。」
イケメンはぼろぼろの泣き顔までイケメンだった。そして握力つょい。
なんだろな、黒髪で親しみあって人柄が良いのはもちろんだが、こいつを何ひとつ疑う気にならない。信じられない状況で初めて会う奴なのに。
知り合いに似てる気がしないでもない。もっとも俺は人の髪型変われば分からなくなるタイプなので自信はない。
あの怒りはなんだろう。口は悪いが温厚なんだよ俺。アホ叔父? 自業自得。
……母性か、母性なのか。
でもさあ、こいつの待遇って誰でも腹立つだろ。理不尽この上ない。
異世界(日本)から手助けしたっていいじゃないか。勇者が魔王に勝つのを見届けたい。ライブ観戦は無理だけど。
夜遅くに勇者は帰っていった。おいおい夜は危ないぞと覗いたら、裏扉の向こうは思い切り昼。
来てみる? て誘われたが止めとくわ。
「またな」
「…! うん、またね」
また来ていいのかなーって声を脳内受信した俺、ファインプレーだと思う。
それから。
勇者は毎日来たよ。
俺の帰る前でもテレビ観て待ってるようになった。言いつけ通り、来たらシャワー浴びて変Tに着替えて。
洗濯物取り込んで畳んでくれてたり、朝の洗い物を片してたり。米洗って待ってる勇者、レアじゃね。
手持ちメニューが尽きた俺はレシピサイトの人気順に晩飯を作った。
そんな不思議な日々に慣れた頃、事件は起こる。
「へ?」
日曜日。朝起きたら痩せ細りボロをまとった可愛いショタが茶の間におる。
お巡りさん! わたしです!
未成年者略取誘拐罪でーーーす!!
って俺じゃねえから!!