空き巣の正体は勇者でした
またあの家があった。前の薬はすごく効いて怪我の治りが早かったな。ただの消毒薬なのに不思議だ。あのパンといい、「家」にある物は特別なんだろう。本当にありがたい。
「……?」
入ってすぐの所に書き付けがある。見慣れないが読める言葉で大きく「勇者へ」とあった。
『まず最初にここ土足厳禁な。脱いであがれ』
床へ踏み出していたのを慌てて引っ込めると、履いていた靴を脱ぐ。
テーブルにまた書き付け──、手紙があった。
『怪我大丈夫か? 魔石ありがとう。ものすごい額になったから礼はもういらん。必要かなと思うものを置いとくから持ってけ。こちらの金はそっちで使えないと思うから、いるものリクエストしてくれ。勇者から見てこちらは異世界だ。正直遣い道に大変困る大金だしなんでも頼んでいい』
「………」
何年振りだろうか。自分宛てに向けられた言葉。テーブルの横「これ持ってけ」とある下に積まれた色々な物。ボタン付きのシャツ数枚、大きな布───布というか変わったものが何枚も。『これはタオル。そっちには無いかも。手や体を拭く』と説明がある。ふかふかして気持ちいい。
『たぶんマジックバッグか空間収納あるよな? 無ければこれに入れてけ』
丈夫そうな大きな背負い袋。僕にはたしかに収納スキルがあるから不要といえば不要だけど。何故判ったんだろう。異世界の人なんだよね?
『これはウエストバッグ。腰に巻く。そちらのよりたぶん丈夫』
『薬は説明書をよく読め。効きすぎるかもしれんから様子見て使用の事』
『このパンは袋のままなら三カ月保つ』
『ジャーキー。俺の好きなやつ』
『これは缶詰と言う。勇者の旅の間は保つはず』
『青汁は飲みにくいが野菜の代わりだ水に溶かせ』
『胡椒と塩は必須だろ?』
『俺の国の菓子の恐ろしさを教えてやる! おすすめ詰め合わせだ』
『石鹸、これ頭も洗える。清潔にしないと病気になるからな』
『下着。MとL。イヤだけど両方履いていらないサイズは置いとけ。靴下は足を保護する』
『サイズが分からん。このメジャーで腰回りと腰から踵まで測って書いておけ。次はズボン買っとく。足のサイズも測れよ』
『部屋の右手に風呂場がある。お湯出るからシャワー浴びてけよ。シャンプーというのが頭洗うやつ』
『キレイになったら好きなだけ休んでいけ。魔物とかいたら安心できないだろ。隣の部屋の押入れに布団あるからそこで』
細かい説明と大量の品。
知らないうちに涙が出ていた。見知らぬ人間にここまでしてくれるなんて。本当に本当に嬉しかった。この家が無ければ僕は野垂れ死にしていただろう。水がなくて食べ物も足りなくて、傷を癒すことすらできずに。
贈られた「タオル」が涙を全て受け止めてくれる。泣いたのは初めてだ。いつもいつも、諦めるのが当然だと思ってた。
僕のすぐ後に、もうひとりの勇者が出現していた。国の第二王子様で、婚約者の女性は聖女様らしい。
そこから僕の旅は困難になっていった。
どこでも偽物と言われ援助が受けられない。金を出せば渋々ながら売ってはくれたが、かなりぼられた。魔物素材も買い叩かれ、途方に暮れるしかない。
「あんた偽なんだろ?」
仲間にしたくて声をかけても誰も頷かない。当たり前だと自分でも思う。実力があれば余計に、本物の勇者パーティーに入りたいだろう。
なぜ旅を続けてるんだろう。もう王子様たちに任せればいいんじゃないか。
だがおそらく僕は露払いだ。少しでも彼らの旅が楽になるよう、魔物を減らす役目がある。
そう考え直し気力を振り絞り足を進めた。
教会の前に僕は捨てられていた。親も僕をいらなかったらしい。孤児院ではこの紅い眼が怖いと遠巻きにされた。たまに遊びに誘われ喜べば、狩りごっこの魔物役をやらされた。
ある日、太い木の棒で殴られそうになり振り払って怪我をさせてしまった。僕の力はとても強いらしく、それからは目を向けられさえしなかった。
大人しく殴られればよかった。それまでは素手だったから大丈夫だったけど、棒は怖くてとっさに体が動いてしまってた。
魔物役でも嬉しかったのにな。殴られたり叩かれた時だけ、人の体温に触れることができたから。
集団にいてもひとりでも変わらない。
いないのと同じ。むしろいないのを望まれる。
勇者になっても結局は何も変わらない。
寂しい。辛い。痛い。さみしい。腹が空いた。
誰よりも先に闘うよ。だからパーティーに入れてよ。なんでひとりなんだよ。話したい、聞きたい、独りはいやだ、魔物怖いよ。
空腹なのに食べられる魔物すらいなくて限界を迎えようとしてたんだ。
そんな時、温かでどこか懐かしい匂いのするこの家に出会った。
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「消毒薬」をもらう、とあったからこちらの言語を奴も読めるんだろう。差し障りなさそうな薬を積み上げる。えーと、それから。注意書き必須だよな。異世界人にどんな影響があるやも知れん。一類相当のは避けよう。内服薬はナシで湿布や塗り薬だけ。包帯にガーゼ、絆創膏と。
くどいってよく言われんだよなー。お前はオレの母ちゃんか! とかさ。
でも人間ちょっとした事で逝っちまうからさ。俺の親みたいに。
魔石? は女装オヤジに奪われた。
「勘弁しろや……」とまたゲンさんに怒られた。大金を勝手に預けてったのあんたの息子ですよ。
最初のを誰かに売り、キマイラのを理央さんは手に入れた。占いの精度が爆上がりですぐ元取れるわ! テッペン獲ったる! と鼻息荒い。良かったですねえ。
使い古しをかなり高く売りつけたらしい理央さん、始めの金しか払ってないんじゃないか。
締めて、におく と さんびゃくまん。
それって何万円ですか再び。パン何斤買えますか?
クソ叔父には鬼ライヌを入れた。どうにかしろや保護者さんよう!電話出ろ!とてもじゃないが事実をそのままは書けない。
スーパーハカーに見つかれば俺がヤバいからな。
ゲンさんが「うちは木造だから火事んときゃ綺麗さっぱりだぞ」と嘆くのでネットショッピングで耐火金庫を送っておく。
「入りきらねえぞ!」とまた怒られた。ジジイの血圧上げてしまってほんとスマン。
元凶はアンタの以下略。
で、勇者にお手紙書いたよ。
なんで信じる事にしたかって?
血痕をさ、綿棒で拭ってジップ保存したんだ。それをまたご近所の伝手で調べたのよ。お金は払った。
血液型不明。不可解なDNA。なんこれ現存人類と違うよどうしたのこれ。つうか目の前でスーッとサンプルや何か全て消えたんですが!?!?
って感じに騒ぎになりそうなんで、じつは何種類かの動物のと俺の混ぜたんでーすどうなるか知りたくて知的好奇心で。ゴメンちゃいってした。
せやけど混ぜたとこであんな結果……とぶつくさ言ってた。消失もしたから怪しまれている様子。これ以上詰め寄られたら、実は宇宙人に実験されて! って言う。
えー消えちゃった? どうして! と逆ギレっぽくしたら引いてくれた。
作戦成功や。
───それから高杉慎吾は考えるのをやめた。腹を括ろう。異世界の勇者がうちに出入りしているとなッ!!
深呼吸しクソに向けて百回目のライヌをした。
『ねえライヌ返さないと警察に行くよ世界の中心で児童虐待叫ぶよガキじゃねえんだ返事くらいできるだろクソが!! 勇者本物みたいだからホント何か言って』
三日後、代理人て人から連絡が来た。とりあえずは無事です。簡単に言えば南米某所の森で、滑った拍子に掴んだカエルの毒にやられ死にかけていました。携帯はその時壊れました。
半月したら帰国します。ゴメンね。
……まあ生きてんならいいか。心配かけやがって。ゲンさんに一本背負いかまされてしまえ。
こうして俺は勇者くんギフトセットを集めてみることにした次第です。
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一頻り泣いてから手紙の通りシャワーを浴びた。本当にお湯が出てびっくりした。ここにもある注意書きに従い泡立つまで何回も洗い流す。
最初は体も髪も全然泡にならず、黒い水が流れていく。肌からはぼろぼろと垢が落ちる。段々と面白くなり洗い続ける。温かい湯が体の強張りをとってくれた。
お湯なんて貴族しか使わない贅沢だ。こんなに使って大丈夫かな。水を無駄遣いするとひどく叱られたっけ。罰の水汲みで何度も井戸と孤児院を往復した。
『風呂の後は疲れるから絶対休めよ。テーブルの上の容器に麦茶っての入ってるからそれ飲め』
物語に出てきた世話焼きの母親みたいだな。子供はうっとうしいって愚痴っていたけど僕は嬉しい。羨ましかったんだ。
タオルを使い髪を拭いていると、もう一枚見つけた。
それを読んで、心臓が大きく跳ねる。
『今度来るなら、俺がいる時にしろ。
勇者ならきっと願えば大丈夫だろ』
いつか逢えるだろうか。
僕のお母さんに。