家に空き巣が入った
『勝手に家に入ってすみません。僕はいま、とある目的のために旅をしています。この建物が荒れ野にひとつだけあって、呼びかけましたが気配が感じられませんでした』
部活でクタクタになり腹ペコで帰るとちゃぶ台の上にメモがあった。
「なんだこの……文字か? 読めね──、いや読める??」
アラビアとかチベット辺りの文字に似ているかもしれない。同居している叔父さんの仕事上、そういうのを見る機会がある。
知らない文字を何故読めるのかが不思議だ。もしや俺って語学の天才? 英語は適当に喋るのは得意でも文法はからきしだが。
しかし読めても意味が分からん。
荒れ野にポツンと一軒家? どこのテレビ番組だ。ここは下町だがれっきとした東京都内、商店街近くの住宅街。決して某番組の求めるような僻地じゃない。
ここが荒れ野ってんなら町内会のジジババが黙ってねーぞ。いやあいつら本当に元気なんだよ。最近はドローンの操縦訓練やら動画配信やら始めてキャッキャしておる。
まあそれはいいとして。
頭のネジがいかれた外人が不法侵入したのだろうか。観光ハイあるよね、分かる。修学旅行でノリでお揃いの変なプリントのシャツや木刀買ったり。
住宅地を荒れ野に見立てて家に侵入してみたり──、いやそんなんねえわ。
近くの有名商店街には外国からの観光客も多くて、住宅地まで迷い込む人もいる。こっち来てもあるのは畳屋とかだけだよと。
ちょっとバスに乗るかしばらく歩けば、暮れに買い物で賑わう有名な通りがある。行くならそっちなので英語の道案内は完璧だ。
カモン、ヒアヒアこっちこっち。大通りのこれ◯◯ストリートね、ディスウェイゴーストレート! んでまたサムワンにヒアリングOK? 終了。完璧だ。
『衣服を二枚とパン? を貰っていきます。本当にごめんなさい。信じられないほど柔らかいパンも見慣れないけど着心地のよい衣服もとても高価なのでしょう。いまはこれくらいしか渡せるものがありません。生きてまた来れるなら必ずお礼をします』
貴重品は全て貸金庫で、鍵は叔父さんが管理してるし引き出しの現金は手付かず。ざっと調べれば、被害はホントに食パン一斤とTシャツ二枚。
表に「封印されし右眼が疼く……」裏側は「やめろ、オレを怒らせんじゃねえ……死にたいのか」と書かれたやつとよく知らんアニメの女キャラの。よりにもよってそれ?
どっちもオレの趣味じゃなく幼馴染からの誕生日プレゼントだ。
「リア充むかつく。爆ぜろ」と呪われた。
シャツありがとう。なんでや祝えよ呪うなよ。もったいないから着たけどな。
まさかとは思いますが、この「リア充」とはあなたの想像上の存在にすぎないのでは。頭脳容姿ともに平均、彼女なしはリア充なの? ついでに親もないよってのはやめとくぜ←言ってる シリアス路線防止。
だいたいなあ、イケメンの無駄遣いだ前髪切れって言われとるんはお前だが? 天然素材300%とか女子から熱視線だが? 呪うよ? 呪い返すよ?
お返しにヤツの誕生日にはちゃんとアニメキャラのグッズを差し上げたら「トラウマァァァ! てめーわざとか!? 推してたけど男とくっつく匂いがプンプンで永久封印したんだよ!! ◯◯たんー! キェェエー!」とか発狂してた。なるほど、それで大量ワゴンセールだったのか。
じゃなくて。
くたびれた寝巻き用のだから構わないんだが、どうせならまともなの持ってきゃいいのに。洗濯して出しっぱだったからか。
まあでも外人さんて割と変シャツ着てるしいいのか(偏見)。真冬にビーサン半パンアニメ柄シャツ、っての見るし。
困ったのは足跡ですよ。泥棒ヤロー、土足で上がりやがった。フローリングはいいが畳が!
思い切り拭きまくってから叔父さんにライヌした。メモ全文と被害報告。警察だってやる気でないだろコレ。
『んーなんかアレに似てるよね』
それだけの返信。ナニに似てるの?
今どこにいるかも不明だし諦めよう。自称フリールポライターの叔父は危ないとこばかり行ってるとのこと。当人いわく本業は競馬の予想屋らしい。自分で予想して自分で賭けるのは予想屋じゃねえだろ。
唯一の保護者がこれじゃなあ。天国の父さん、あなたの弟どうにかして下さい。
盗まれたのは被害総額128円、古シャツは算定不可むしろ呪い引き取ってくれてありがとう。どうしようかなあ。
足跡で見ると裏口からの侵入っぽいけど、どれだけ調べても裏庭には跡が無い。足跡は赤土で近辺にはそんな場所ないんだ。
何より裏口に鍵穴はなく、引っ掛け鍵プラスロックチェーン。
つまり、施錠してある時に外から開けるには壊すしかない。
そしてどこも壊れてない。窓も無事。
何より目の前にあるおかしな石。と、メモの最後の意味不明な一文。
『とりあえずですが、お代のかわりにマッドベアの魔石を置いていきます。売ればそこそこになるはずです』
球の中でうねうねと、カラフルな三色が渦巻いている。不気味ではあれど紫と赤と青の色合いがキレイだ。
なんなんこれ。
「ふむ。コレはアレだ。宇宙からのメッセージ、もしくは地底人の」
「帰れ」
困ったオレは最悪の選択をした。アホなオタクでTシャツの呪術師幼馴染を呼んだのだ。近くに住んでて家にいたダチがそいつだけだった。後悔はしている。
メモをこねくった後のどうでもいい言葉に心底後悔した。
「いやいや高杉慎吾さん、冗談にしろ半端なんだが? 何このテキトーな文字的なやつ。俺のやったシャツどっかで無くした言い訳なん? シャツ無くすとかどうやるのバカなのそれとも天才なの?」
「つまりお前は読めないと」
「え、読めるかコレ。マジで? 厨二も大概にしよ? 知ったか禁止ー」
コイツの喋りムカつくわー。いちいち「?」が入る感じの上から目線。
よく解らん石を眺めつつ、何やらぶつぶつ言っている。
「ネットのオカ話で見たけどー、石を集めるの良くないよー? 不幸を呼んでしまう当たりのがあるってー。これ見るからに禍々しくない? 俺には分かるよ、これは呪われし石、古墳から出土したんだよ!」
殴らなかった俺を誰か褒めてくれ。
初手で人選間違ったわ。アホを追い出し物知りな質屋のゲンさんに石を見せに行く。
「なんだなんだ、こんな石知らんなあ。おかしなモン持ち込みやがって」
「ゲンさんも知らないのかあ」
「どーしてもってんなら国立博物館にいるタカシに聞きゃいい。専門は知らねえがなんかは判んだろ。待てよ、T大の研究所のヒロのがいいか」
丁重にお断りしておいた。立場のあるタカシおじさんやヒロ兄に迷惑はかけられん。
帰ってメシでも食うかと石を受け取れば、素っ頓狂な叫びと共に伸びてきた手に掻っ攫われた。
「えええーー!? 何コレ何!?? すごいわ、なんなのこれぇー!!」
「うるせえぞ黙れ貫太! なんてカッコしてやがる、しゃらくせえ野郎が!」
「貫太って言うなクソジジイ!! 古臭い名付けしやがってその頑固頭かち割んぞ! 残念だな今の名前常用し続けてもうじき正式に改名できんだよ、ざまあねえなですわよっ」
どっちもすごくうるさい。石を奪い騒ぐゲンさんの息子、貫太さん改め理央さん。
これでも占い界の大物で政治家や実業家が観てくれって順番待ちらしいよ。
女装は趣味と、あと占う時はなんとなくこれが良いという子持ちのアラフォー。
その理央さん、俺の石を抱え込んで離そうとしない。
「なあ慎吾、これ頂戴」
「イヤです」
「金は払う! 頼む、これすげえぞ。パワーが半端ない。ムズイ占いに使える!」
真面目に話したくなくなるから化粧落として着替えてくんねーかな。アイデンティティが女ならいいけど、この人ビジネス女装だし。
「これでどうだ?」
指一本。ふむ、一万か。稼いでる割にセコくない?ネットオークションでもっと付くよ多分。
「くっ、ダメか。じゃあこれで!」
ニ本ねー。この感じまだいけるなとニッコリしてみせる。
「こっ、この強突く張りが! 持ってけドロボー!!」
五本ね、いいよ売った!
「ほお貫太、てめえ随分と稼いでやがんな」
「オヤジ頼むから貫太はやめて。あんただってこのボロい店たたんで土地売っ払えば大金持ちだろうが」
「誰が売るかこのスットコドッコイ。だが慎吾みてえなガキに持たせる額じゃねえぞ」
「ん? ゲンさん、俺バイトでそんくらい稼ぐよ?」
親子が顔を見合わせてダメだこりゃって風に首を振る。なんだ、も、もしかして十万、いや百万単位!?
「坊主の腎臓売っても五千万はムリだろよ」
苦笑するゲンさんの言葉の意味がわからない。え、五千万っていくらで何万円?
うん、きちんとした機関で鑑定してもらいました。結果:不明。非破壊検査では分からないよー削って調べたいなーダメかなーって感じのことがお返事にあったので、ダメに決まってんだろ!? てやんでいべらぼうめ! を穏便に変換して答えといた。