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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

人気者

作者: たまねぎ


 真っ白な天井が目に映る。時間は-9:17だ。

「起きたの」

「うん」

ぶっきらぼうに答える。

「今日も学校行かないの?午後からでもいいのよ」

「行かない」

もう一度ベッドに倒れ込む。

お母さんが部屋から出て行く。

ドアの向こう側からため息が聞こえる。


 わたしは高校1年生。中学1年生の妹が1人いる。今日も妹は学校だ。妹は成績も性格も顔も良い。しかも、なんでもできる。わたしとは正反対だ。妹はいつも優しかった。自分のお小遣いでお菓子を買って、半分くれる。いつも、お姉ちゃん、いる?と可愛く笑いながらありがとうって言われるのを待っている。わたしがお母さんと喧嘩した時だって、妹はわたしを庇ってくれる。そんな完璧な妹だった。非の打ちどころなんてなかった。だから、お母さんはわたしより妹の方を愛していた。私なんかどうでも良かったみたい。まあ、そりゃそうだと思う。こんな出来損ないな姉よりも、愛嬌があってなんでもできる妹の方がいいに決まってる。

でもわたしは、そんな完璧な妹を愛してなんかいなかった。




 お母さんが家を出て行く音がした。仕事か。家には私1人だ。やっぱり白い天井はわたしの心を映し出しているようだった。なにも感じない。気持ちもない。しんどいとか、体が弱いという理由で学校に行ってないんじゃなくて、いじめられてたんだ。よくあるタイプのいじめ。靴に画鋲を入れられたり、教科書を破られたり。もう何もかもめんどくさくなったんだ。ただ、私をいじめてきたあいつは憎い。ていうか、私はなんでいじめられたんだろうか。わたしが何もできないから?無能だから?なんの才能もないから?それだけだったのかな。たったそれだけで?いいや違う。わたしも悪かったのかな。何が悪かったんだろうか。あぁそうか、そういえばあの時....やめておこう。こういうことを考えていると、こうなっているのは全部自分自身のせいに感じられて、自分の生きている意味がわからなくなってくる。でも、死にたいわけではない。死ぬのは怖い。消えたいんだ。煙のように、誰も気がつかないくらい背景に溶けるように、消えてしまいたい。だからだろうか、毎日こうやって天井とにらめっこしながら、何も考えないようにしながら過ごす。虚無感を覚える。




 そろそろ妹が帰ってくるはずだ。そう思った矢先、玄関のドアがガチャリと音をたてた。ベッドから跳ね起きる。

「ただいまー。お母さんが連絡してくれたんだけど、今日は遅いって言ってたよ」

「わかった」

ああ、帰ってきてしまった。腹の底がふつふつと音をたてだした。

「お姉ちゃん、クッキー買ってきたんだけど一緒に食べよーよ」

「今日はいいや」

「そっか」

なんだろうな。別に腹の立つ事しているわけじゃない。でもイライラする。私をいじめてきたあいつと同じくらい憎い。いや、それよりも。

おまえなんか、死んでしまえばいいのに。

なんでわたしが、そんな事考えてしまったのだろう。わたしもあいつみたいに心が汚くなってしまったのか。人の不幸を願うような人間になってしまったのだろうか。

嫌だ。そんなの嫌だ。自分の思考に吐き気がする。無意識に右の手首を服で隠す。ゆっくりと妹の方を見上げる。やっぱり憎い。慌てて視線を手元に戻す。あぁ。姉なのに。家族なのに。

どうして愛せないの?



 外もだいぶ暗くなっていた。立ち並ぶビルからの点々とした明かりが闇に飲み込まれてしまいそうだった。私は少し外の空気を吸おうとベランダに出ていた。絵を描きながら感じる夜風は心地よかった。

「お姉ちゃん何してるの?」

見ればわかるだろうが。なんでいちいち聞いてくるんだ。

「絵、描いてる」

頬を冷たい風が撫でた。

「上手だね〜」

なんでもできる彼女からしたらわたしの絵なんて下手に見えるだろう。それがイライラする。なんで褒めてくるんだ。やめてくれ。おまえのことがもっと憎くなっていいのか。おまえはいいのか、姉に嫌われても。

「こんな絵、なかなか描ける人いないよ」

嘘つきめ。おまえだって、おまえだってかけるだろ。

「お姉ちゃん、将来は画家かなぁ」

うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい

黙ってよ

気がつくと、シャーペンで妹を引っ掻いていた。妹の右の手首をおさえている手から血が滴り落ちる。それが過去のわたしと重なった。だけど、やっぱり何も感じない。ぼんやりとした空間に自分が溶けていきそうな感覚。ただ一つ、私の空間を汚すものがあった。目の前の妹と目が合った。怯えた目に自分の姿が映った。驚くほどあいつとそっくりだった。あいつも今のわたしと同じように人を傷つけることにはなんの感情も湧かなかったのだろうか。わからない。何もかもが。

「やめて.......お姉ちゃん...」

黒い瞳は何も見ていなかった。

殴ってやる。シャーペンを地面に叩きつけて、右手で顔をぶった。いいなぁ、おまえは。誰からも愛されて、なんでもできて、クラスでは人気者。いいなぁ、いいなぁ。わたしとは大違いだ。さぞ嬉しいだろうなぁ。姉より優れた自分が大好きなんだろうなぁ。自分のことをちゃんと好きになる理由があるの、いいなぁ。

「やめてよ......痛いよ......」

なんでだろうなぁ。なんでわたしが姉なんだろうなぁ。わたしがおまえだったらよかったのに。わたしの苦しみをおまえも感じてみればいいのに。自分に価値なんか見出せないやつにおまえもなってみればいいのに。なのにおまえは、なんでこんなクズに優しくしてくれるんだ。やめてくれよ。もう希望なんかねぇんだよ。おまえがどれだけ優しくたって、わたしはどうせクズで何もできないやつなんだよ。なんも変わらねぇんだ。もうこれ以上、わたしに希望を持たせるんじゃない。私の人生にはもう絶望しかねぇんだよ。舐めんじゃねぇよ。はやく死ね。

まだおさえている手を掴んで、思いっきり柵に叩きつけようとした。だけど、妹の体は柵にはあたらずに宙をとんでいた。わたしはもう手を離してしまっていた。驚きと恐怖が混ざった顔がわたしを見る。カッと目を見開いた。どこかで見たことあるような気がする。次の瞬間、ぐしゃっという音が頭の中から聞こえた。吸い込まれるように柵から身を乗り出して下を見た。真っ暗な闇の中には何もなかった。



 景色の中に記憶が浮かんでくる。そういえばわたしもクラスの子に優しいねとたくさん言われていた。いじめられっ子以外には。いじめられている子をあいつらと同じように無視していた。だってみんなそうしていたから。そうしないといじめられるから。でも私は、いじめられっ子を叩いたりしなかった。だからなのかもしれない。優しいねと言われたのは。お母さんにもそうだった。勉強はできなくても、頑張っているように見せかけて、怒られないように反抗したくても我慢してた。怒られないように。ずっと、他人からの評価が欲しいがためにそうやって生きてきた。でもある日、ついにあいつらがいじめられている一人の女の子を4階から突き落としたんだ。その時、私は一階にいたんだ。その子が落ちてくる瞬間を見た。窓にかかった返り血もみた。ぐしゃっという音が頭にこびりついて離れなかった。私は、勇気を出してあいつらがやったんだと訴えた。でもだーれも信じてくれなかった。いや、信じてくれなかったというよりは、あいつらにターゲットにされたくないから信じていないふりをしていた。そして私が次のターゲットになった。私があの子を殺したという噂を流した。校舎裏に呼び出して、右手をカッターで切られた。次何か言ったら左手だからと脅された。あいつらは毎回、ニヤリと笑うんだ。そのこっちを嘲笑うような光のない目に、恐れる自分が映っていたんだ。お母さんにも八つ当たりして、誰からも好かれなくなった。私は邪魔者になった。そこらへんに転がっているような空き缶やタバコの吸い殻のように、使用済みのゴミになった。もしかして?ああ、あぁ。そうか、いや、嘘だ。考えていることが馬鹿げているのはわかっている。私がそうであって欲しいだけなのはわかっている。妹を憎む理由があって欲しいだけなのも。だけど、だけど、

ーーもしかして、おまえも同じだったのか?

闇の中に問いかける。おまえもいじめられたくないから、嫌われたくないから、優しいように見せかけて、勉強もおしゃれも他の才能も、頑張ったのか。やっぱりわたしとおまえは違うな。わたしはそんなに努力できなかった。でも、それでも、見せかけているだけだったのならば、他人から認めてほしいだけだったのならば、


おまえもわたしと同じような人間じゃないか。

結局、何も違わなかったじゃないか。


ベランダの柵を握る手に冷たい雨粒がぽつりと落ちた。

ねぇ、そうだよね?

夜の街を背景に、赤い血が宙を舞った。雨の水が血と混ざり、独特な模様を描いた。

答えてよ

目の前の暗闇に体が吸い寄せられて行く。

足が地面から離れた。




来世はちゃんとした人になれますように



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