Flight 006: 魔力制御訓練
◆ 暴走する魔力
「——もう一度」
エリシアの冷静な声が響く。
隼人は拳を握りしめながら、ゆっくりと深呼吸をした。
(魔力を流し込むイメージ……制御しながら、ゆっくり……)
先ほどから何度も繰り返している、魔力の流れを “整える” 訓練。
だが——
「ぐっ……!」
バチンッ!
隼人の手から 予想以上の魔力の波動 が迸り(ほとばし)——地面が抉れ、飛び散る砂埃がエリシアのローブを揺らした。
「おい……またやっちまったのか?」
「ええ、またね」
エリシアは、淡々と答える。
その表情には驚きはない。だが、内心では隼人の魔力の大きさに動揺を隠せなかった。
(……こんなにも 強い魔力 を持っているなんて)
隼人は元々、魔法のない世界の人間。
普通なら、彼が魔力を持っていること自体が奇跡的なはず。
(でも、彼はすでに魔力を流すことができている……それも、並の魔術師では考えられない規模で)
エリシアは、ほんの少しだけ息を整えた。
(彼には、強大な魔力の源がある……それを適切に制御さえできれば、きっと——)
「エリシア?」
隼人の声で我に返る。
「……何でもないわ。それより、今の失敗の原因は分かる?」
隼人は少し考え込み、腕を組んだ。
「……力を入れすぎたか?」
「それもあるけど、もっと大事なことがあるわ」
エリシアは杖を軽く回しながら説明を続けた。
「あなたは、魔力を ‘抑える’ ことを意識しすぎているのよ」
「抑えすぎてる?」
「ええ。あなたは軍人でしょう? だから、 ‘力をコントロールする’ ことには慣れている。でも、魔力は ‘抑える’ ものじゃなくて、 ‘流れを整える’ ものなの」
エリシアは足元の小石を拾い、それを水面に投げるような仕草を見せた。
「水の流れを無理にせき止めたらどうなる?」
「……決壊して、一気に流れ出す」
「そう。今のあなたの魔力も、それと同じ状態よ」
隼人は目を細め、手を開いた。
「……つまり、俺は ‘意識して抑えようとする’ ことで、逆に魔力を暴発させてるってことか?」
「その通り」
「じゃあ、どうすればいい?」
エリシアは微笑む。
「流れに逆らわず、魔力を ‘受け入れる’ こと」
◆ 魔力の流れを整える訓練
「よし、もう一度やってみるわよ」
エリシアは隼人の手のひらに自分の手を重ね、ほんの少しだけ魔力を流し込む。
「この流れを感じて」
隼人は目を閉じ、じっとその感覚を探る。
(エリシアの魔力……穏やかで、一定の流れがある……)
「この ‘流れ’ を真似してみて」
隼人はゆっくりと息を吸い、今度は意識的に魔力を押さえつけず、ゆるやかに流す ことを試みた。
「……どう?」
「……さっきより、暴発しそうな感じはしないな」
「ええ、その調子。でも、次は ‘どこに流すか’ を意識するのよ」
エリシアは杖を地面にトンとつきながら続ける。
「魔力は ‘ただ流す’ だけじゃなく、 ‘どこに、どの程度の強さで流すか’ を調整しなければならないの」
「なるほど……」
隼人は再び目を閉じ、今度は魔力の流れを 手のひらだけに集中 させた。
(暴走せず、ゆっくりと……必要な分だけ、手に集める……)
やがて、彼の手のひらに 淡い青い光 が宿った。
「……!」
「成功よ」
エリシアは静かに微笑んだ。
「今のが ‘魔力の流れを整える’ ということよ」
隼人は手のひらの光を見つめながら、小さく息をついた。
(たしかに……さっきよりも、安定してる)
「でも、まだ油断しないことね」
エリシアは真剣な眼差しを向ける。
「あなたの魔力は ‘とても強い’ から」
「……俺の魔力が強い?」
「ええ。でも、それをコントロールできなければ ‘ただの暴力’ になってしまうわ」
隼人はじっとエリシアを見た。
(エリシア……俺の魔力が強すぎることに気づいてるんだな)
だが、彼女はそれを 決して表に出さない 。
驚くどころか、冷静に訓練を続ける。
(……こいつ、やっぱりすげぇな)
「さぁ、もう一度やってみて」
「わかった」
隼人は改めて魔力を流し、手のひらに集中させた。
今度は暴発することなく、青白い光が静かに灯る。
「……できた、のか?」
「ええ。これで、魔法の ‘基礎’ はクリアね」
エリシアは満足げに頷く。
「あなたが空を飛ぶためには、もっと高度な魔法の訓練が必要よ。でも、まずは ‘魔力を制御する’ ことができるようにならないといけない」
隼人はゆっくりと手を握りしめる。
(まだまだ……先は長そうだな)
だが、確かな手応えはあった。
「よし、次の訓練に進むわよ」
エリシアの声が響く。
隼人の「翼」を得るための魔法訓練は、まだ始まったばかりだった——。