Flight 004: 空を知る者
◆ 夜の決意
夜の森は、静寂に包まれていた。
木々の間を通り抜ける風の音、遠くで鳴くフクロウの声、そして焚き火の小さな爆ぜる音だけが響く。
エリシアは薪をくべながら、炎のゆらめきをじっと見つめていた。
その向かい側には、今はぐっすりと眠る 相沢隼人 の姿があった。
初めて会ったときは警戒心の塊のようだったが、今ではこの森の隠れ家で落ち着いて眠るまでになっている。
だが、それでも 彼の心がここにないこと をエリシアは感じていた。
「……空を飛ぶ兵士……か」
隼人は 「空を飛ぶ」 ということに強いこだわりを持っていた。
彼が語る 「戦闘機」「航空戦術」「大気の流れ」 ——すべてが、この世界の常識とはかけ離れたものだった。
しかし、彼がただ単に「元の世界に戻りたい」と言っているのではないことも、エリシアには分かっていた。
(彼にとって、空を飛ぶことは 生きる意味そのもの なのね……)
魔法も剣もない世界で育ち、戦闘機という鉄の翼で空を翔けてきた男。
そして、その翼を失った今、彼はまるで 飛べなくなった鳥 のように見えた。
(彼は、自分の「翼」を取り戻すことを諦めていない……)
ならば、私にできることは何か?
エリシアは静かに息をついた。
彼のために何かしたい。
そう思うのは、ただの好奇心ではない。
(……もし、隼人がこの世界でも空を飛ぶことができたなら)
(彼はこの世界を 生きる意味 を見つけられるかもしれない)
そう考えた瞬間、エリシアの中で ひとつの決意 が生まれた。
——この世界で、空を飛ぶ術を探す。
◆ 伝承を探る
エリシアは翌朝、王都 グランフェルド に行くことを決めた。
この世界に 空を飛ぶ術 はあるのか?
それを知るために、まずは古い文献や伝承を探る必要がある。
「ちょっと、王都まで行ってくるわ」
「……ん?」
隼人は寝ぼけまなこでエリシアを見た。
「王都? 何しに?」
「ちょっと調べ物よ。すぐ戻るわ」
エリシアはそれだけ言って、杖を手に森を出た。
◆ 王都グランフェルドの魔術図書館
王都 グランフェルド は壮大だった。
高い城壁に囲まれ、石畳の道には貴族や商人が行き交う。
エリシアは迷わず 魔術図書館 へと向かった。
ここには、過去の歴史や古い魔法の記録が保管されている。
「空を飛ぶ魔法……」
エリシアは分厚い本をめくりながら、飛翔に関する記述を探した。
風を操る魔法。
浮遊の魔法。
短時間の滑空を可能にする呪文。
だが、いずれも 「人が大空を自由に飛ぶ術」 とは程遠かった。
「……やっぱり、ないのかしら」
ため息をつこうとしたそのとき——
ふと、古びた書物の一節が目に入った。
『古の時代、天空を翔ける者がいた。彼らは翼なき鳥のごとく、雲の上を渡ったという……』
エリシアの指が、そこで止まった。
「これは……?」
さらに読み進めると、そこにはこう書かれていた。
『彼らは「風の民」と呼ばれ、かつて王国の北方、神々の眠る山に住んでいたという。彼らの力は今は失われたが、その知識はなお伝承の中に残る』
「風の民」……?
魔術師の中にも、強大な風の力を操る者はいたが、「自由に空を翔ける者」など聞いたことがない。
(もし、この「風の民」の伝承が真実なら……隼人が飛ぶ方法を見つけられるかもしれない)
エリシアはそっと本を閉じた。
(よし……次は「風の民」の伝承を追うわ)
◆ 旅の決意
エリシアが森の隠れ家に戻ったとき、隼人は焚き火をしながら何かを考えている様子だった。
「戻ったか」
「ええ」
「何か分かったのか?」
エリシアは小さく微笑むと、隼人の前に腰を下ろした。
「ねぇ、もしこの世界に、あなたがもう一度空を飛ぶ方法があるとしたら……どうする?」
隼人は一瞬、目を見開いた。
「……本気で言ってるのか?」
「ええ。本気よ」
「飛ぶ方法があるなら……俺は、何だってやる」
その答えを聞き、エリシアは確信した。
(やっぱり、彼にとって空はただの場所じゃない)
(彼は、飛ぶことで 自分の存在を証明 している)
ならば、私ができることは その道を探ること だ。
「それなら、ついてきて。これから ‘風の民’ の伝承を追う旅に出るわ」
隼人は静かに頷き、焚き火の炎を見つめた。
(エリシア……お前は、俺よりも俺のために動いてくれているのかもしれないな)
夜空には満天の星が輝いていた。
二人の旅は、ここから始まる。