Flight 003: 異世界適応訓練
◆ エリシアの隠れ家
「ここが私の家よ」
エリシアに連れられ、森の奥へと進むと、静かな小屋が見えてきた。
石造りの壁に木の梁が組まれた、質素ながらもしっかりとした作り。周囲には薬草や小さな畑があり、生活感がある。
「……意外と普通だな」
「何を期待していたの?」エリシアはくすりと笑う。「魔術師の塔とか、洞窟のアジトとか?」
「まぁな」
「そういうのは貴族や宮廷魔術師の住む場所よ。私はただの流れの魔術師だから」
そう言いながら、エリシアは扉を開けた。
中に入ると、木製の家具が整然と並び、暖炉が燃えている。棚には瓶詰めの薬草や魔道書らしき分厚い本が並び、壁には魔法陣のような模様が刻まれていた。
(魔術師ってのは、やっぱりそれなりにオカルトな雰囲気があるな……)
「さ、まずは休みなさい。あなた、まだ疲れているでしょう?」
エリシアはそう言いながら、椅子を勧める。
隼人は深く息をつきながら腰を下ろした。
「助かる……正直、あの墜落からずっと気が張ってた」
「当然よ。知らない世界にいきなり落とされたら、誰だってそうなるわ」
エリシアはそう言って、火のついた炉の上に鍋をかけ、何かを煮込み始めた。
「……食えるものか?」
「当然。異世界の料理が口に合うかは保証できないけれどね」
◆ 異世界の基礎知識
「さて、本題よ」
エリシアは鍋のスープをかき混ぜながら、椅子に座り直した。
「あなたはこの世界のことを何も知らない。だから、最低限のことは教えておくわ」
「頼む」
「まず、この世界は エルヴァン王国 が中心になっているわ。王都の名前は グランフェルド 。そこに貴族や王族が住んでいる」
「つまり、ここはその辺境ってことか?」
「ええ。ここはエルヴァン王国の外れにある ノルデンの森 。国境近くの人里離れた場所ね」
「ふむ……」隼人は腕を組みながら考える。「異世界モノにありがちな帝国とか、魔王とかは?」
「ふふ、面白い発想ね。でも、それに近いものはあるわよ」
エリシアは指を折りながら説明を続ける。
「エルヴァン王国の隣には ゼルグ帝国 という軍事国家があって、長年、戦争を繰り返しているわ。それに、南には ラグナス公国 、東には 神聖教会国家ルヴァリス もある」
「まるでヨーロッパの中世だな……」
「似ているかもしれないわね。ただ、大きな違いは 魔法 があること」
「やっぱり、それがこの世界の鍵か」
「ええ。魔法を扱える者は貴族や王族、あるいは魔術師として特別な地位を持っているの。でも、それだけじゃない」
エリシアは杖を軽く振ると、指先に青い光の粒が集まり、宙に小さな炎が灯った。
「この世界の文明は魔法によって支えられているの。灯り、暖房、医療……すべてに魔法が関わっているのよ」
「なるほどな……」
隼人はその炎をじっと見つめた。
科学の代わりに魔法が発展した世界。
戦闘機も電波もないが、魔法という「技術」が存在する。
(もし……魔法を利用して航空戦力を作ることができたら?)
そんな考えが、ふと頭をよぎった。
◆ 生活環境の整備
「さて、あなたの寝床を用意するわ」
エリシアは奥の部屋へと案内し、木製のベッドを示した。
「今日はここを使って。明日から、もう少し整えましょう」
「悪いな」
「礼を言うなら、まずはこの世界で生きる努力をしてもらうわ」
「わかった」
エリシアは微笑み、暖炉の近くに座ると、隼人のほうを見た。
「あなた、戦うことしか知らない?」
「……どういう意味だ?」
「この世界では、戦うだけでは生きていけないわ。あなたには魔法が使えない。だから、戦闘以外の生きる術を身につける必要がある」
「例えば?」
「言葉を覚えること。文化を知ること。貨幣の使い方、食事の作法、人との交渉の仕方……」
「……考えたこともなかったな」
「当然よ。あなたは軍人として育ったのでしょう? でも、ここでは ただの異邦人 」
エリシアは優しく微笑んだ。
「だから、私が教えてあげる」
◆ 夕食と決意
「さ、食べましょう」
エリシアは鍋のスープを取り分け、木の器に注ぐ。
香ばしい匂いが立ち上る。
「……意外といい匂いだな」
「失礼ね。私は料理も得意なのよ?」
隼人は慎重にスプーンですくい、一口飲む。
「……うまい」
「でしょう? 魔法で煮込んだ特製スープよ」
「魔法で煮込むってなんだよ……」
「火加減の調整を魔力でしているの。温度管理が完璧だから、素材の旨みが引き出せるのよ」
「……魔法って、便利なんだな」
エリシアは笑いながら言った。
「魔法はね、使い方次第で何にでもなるのよ」
その言葉を聞きながら、隼人は拳を握る。
(この世界に落ちた以上、俺はここで生き抜かなくちゃならない)
(そして……この世界の空を、もう一度飛ぶ方法を見つける)
そう決意し、彼はスープを飲み干した。