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その恋が、誰からも祝福されないなんてことは分かっていた

作者: 沙崎あやし


 ——その恋が、誰からも祝福されないなんてことは分かっていた。


 萌衣めいの体温はちょっと低い。指を絡めて手を繋ぐとちょっとヒヤッとする。暑い夏にはそれが心地よくって、ついつい頬摺りをしてしまう。すると一緒に並んで歩いていたお互いの足が縺れ合って、奇妙なステップを踏む。


「凛はさ、私のことを保冷剤代わりだと思ってるでしょ?」

「んー、そんなことはある。この強い日射しがいかんのよ……怒るならこの無神経な夏の神様に言っておくれ」

「そんな無茶をいって……凛はスキンシップが露骨なのよ」

「嫌かい? マイハニー」


 そう意地悪っぽく微笑むと、萌衣は少し顔を赤らめてそっぽを向いた。でも手はにぎにぎとしてくる。ういやつよのう。なのであたしは心ゆくまで柔らかい萌衣の肌で涼をとる。汗は気にならない。最高気温は三十五度を超えている。既にお互い、汗だくだからだ。シャツの下の下着が透けて見えそうだ。


 でも。あたしも萌衣も他人の視線は気にしない。理由は簡単。周囲には誰もいないからだ。都心から幾つも電車を乗り継いできた。生まれて初めてエンジンで動く列車にも乗った。読めない漢字の駅は無人で、そこで二人は降りた。


 駅前には、誰が補充しに来ているのかも分からない古びた自販機があった。そこで最後の水を補充して、あたしと萌衣は山を登り始めた。


「ほら見て、良い景色!」


 目の前に開けた光景を見て、萌衣が口元を綻ばせる。山の稜線に出て、周囲が一気に開けた。緑色が綺麗に濃淡を繰り返す山々。あたしも思わず微笑む。


 いいね。ここには誰もいない。あたしと萌衣と二人きり。それが——良い。あたしたちを咎める者も、否定する者も、中傷する者も、ここにはいないのだ。


 日が傾きかけた頃。ようやく山頂に到着する。山頂にあった岩の上に二人で寄り添って腰掛けて、駅前で買ったペットボトルの水を交互に飲む。会話はほとんど無い。ただ寄り添って沈んでいく夕陽を眺める、ただその時間が愛おしかった。


 日が沈み、辺りは星空と静寂に包まれる。


 そして、その静寂を斬り裂く様に、ヘリコプターのローター音が山頂に響き渡る。あたしは吹き付けられる風を掻き分けて、空を見上げる。ヘリコプターから強烈なスポットライトが照射され、あたしと萌衣は悲しそうに目を細める。


「……ははっ、すごいな! ヘリコプターまで出して捜索するのか。金持ちのすることは理解できないねッ」


 私は叫んだ。探しに来たのは、きっと萌衣の肉親だ。萌衣の実家は名家だ。先日、女性同士の結婚など認められないと面向かって言われた。すごいよね、今のご時世にそんなことを言えるなんて。


 でもそれが許されちゃうんだな。だからあたしと萌衣は一緒に飛び出したのだ。


「これで、お別れなのかな……凛」


 萌衣がぎゅっと身を寄せてくる。その身体は少し震えている。あたしはそっと肩を抱いてやる。下の方からは人の気配が近づいてきている。やるなら、今しかない。


「大丈夫だよ、萌衣。あたしにはね、とっておきの切り札があるんだ」

「切り札……? それって……」

「ちょっとの間、離れ離れになるかも知れないけど……大丈夫。すぐに見つけ出すから」

「凛? 一体何を言っているの……?」

「愛しているよ、萌衣」


 あたしは萌衣の額に口づけをして、そして「能力」を使った。




 ——視界がぐにゃりと歪み、そしてあたしは気を失った。




 —— ※ —— ※ ——



 あたしは目を覚ました。ぐるりと視線だけを動かす。どうやら粗末な木造の家の中で、煎餅布団の上に寝ているらしい。あたしは勢い良く起き上がると、着衣を確認した。シャツではない——まるで時代劇に出てくる町人が来ている様な和服だった。


 家の中を見回しても、テレビなんて近代的な物は一切存在しない。ガスコンロもなく竈だし、水道の代わりに水瓶が置いてある。あたしの、それほど良くなかった歴史の知識から察すると、江戸時代程度の文化水準である。


「……どうやら「成功」したらしい、かな……?」


 あたしは念の為、三日掛けて周囲の様子を確認してから、ようやく確信した。ここは現代でも日光江戸村でもなく……江戸時代の日本。


 ——そう。


 あたしの能力は、過去に向かって転生する能力なのだ。この能力を使うと、過去の歴史に割り込んで当時の人間に転生する。どうやらあたしは、しがない町人に転生した様だ。せっかくなら大名のご令嬢とかに転生すればいいのに……。


「まあいいわ」


 あたしは気合いを入れ直した。そして普段の生活をしながら、江戸の町で探索を開始する。あたしが能力を使った時、萌衣に触れていた。だからきっといるはずなのだ——萌衣が。


 萌衣は比較的あっさりと見つかった。町の通りを仰々しく通過する大名行列、その列の中に姪の姿を見つけたのだ。懐かしさのあまり、あたしは思わず涙ぐむ。


「でもさあ……お嬢様属性ってやつは、生来のものなのかな?」


 困ったことに、萌衣は綺麗に着飾って輿に乗っていた。着物の格式的に上から数えた方が早い地位の人間だ。きっとあれだ、大名の娘とかそういうの。


 あたしが声を上げると、輿の小さな窓から萌衣がこちらを見た。あたしと目が合う。その目がまるまると驚きに見開かれ、そして涙をこぼした。——間違いない、萌衣本人だ。


「おい、小娘ッ!」

「いっけね」


 不意に声を上げたあたしは、列の護衛のサムライに脅された。萌衣も輿から降りようとしたが、周囲に止められる。騒ぎが大きくなってきた。あたしは仕方が無く、サムライに斬られる前にその場から逃げ出した。


「まいったな。どうしたものか……」


 あたしは洗濯物をしながら内心頭を抱えていた。どうすれば萌衣と結ばれることが出来るのか……江戸時代って同性婚って合法だっけ? いやそれよりも先に、身分の差が大きな壁となって立ちはだかっている。このままでは結ばれる以前に、会うことすら侭ならない。


「……また、転生するか……」


 いろいろ考えた結果、あたしはそう決心した。正直、今の状態は現代の時より悪い。ここはもう一度転生して、状況をリセットした方が良い。


 萌衣と一緒に転生するのであれば、萌衣に触れる必要がある。たぶんあの大名行列は参勤交代というヤツだ。恐らく一年後には故郷に戻る為に、また行列するはず。萌衣に触れるだけでよければ、萌衣の輿に向けて飛び込めば良い。


 そう決心して一年後。あたしは念の為、一度は斬られても大丈夫なように、着物の下に鎧を身につけて家を出た。


 その目の前に、一人の男が待っていた。あたしは呆然とその男を見つめる。だってさ、この江戸時代にだよ、サングラスに黒スーツという出で立ちの人間がいると思うかい? そんな男があたしを待ち受けていたのだから、呆然の一つや二つもする。


「桐生凛だな。私は汎歴史管理局のエージェント、Aだ」

「は、はんれき……なんだって?」


 聞き取れなかった。ワンモアプリーズ。日本語でおk。


「貴方の過去への転生は、これ以上認められない。人類存続法第十七条に抵触する」

「……へえ?」


 あたしはすっと目を細める。人類なんたらはよく分からないが、あたしの転生能力のことを知っていて、しかもそれを否定する。とりあえずそれだけで充分だ。つまり、あたしにとって、いやあたしと萌衣にとっての「敵」だ。


「よく分からんけど、アンタもあたしたちのことを邪魔しようっていうんだな?」

「貴方のことには興味が無い。転生は許可出来ない」

「興味が無いなら放っておいてくれないかな……?」

「許可出来ない。貴方の行為は、世界の秩序を乱す行為である」


 そう言われて、あたしは毛が逆立った。怒りで。


「興味ねえけど、周りの迷惑だからダメだとか、訳分からねえし、超腹立つんですけど! 元々さ、あたしと萌衣の間だけの話なんだから、外野はクチバシ突っ込むなよ!」


 あたしは駆け出した。どんと黒服の男に体当たりをかまし、そのまま町の方へと走って逃げる。丁度町の通りには大名行列が来ている。あたしは萌衣の輿の位置を確認すると、そのまま列に飛び込んだ。


 護衛のサムライがわあっと押し寄せるが、一瞬遅い。


「萌衣ッ!」

「凛っ!」


 あたしと萌衣は輿の中で抱き合った。そして「能力」を使う。



 ——再び世界が流転する。



 —— ※ —— ※ ——



 あたしはぼんやりと海を見つめていた。今日の海は中々に荒れている。断崖絶壁の上に座ったあたしの足元まで、水飛沫が飛んでくる。


 ——あれから何度、転生したのだろうか。


 正直覚えていない。十回ぐらいまでは数えていたんだが……転生の度に歴史は巻き戻る。今は一体いつなんだろうか。この時代、まだ西暦が無いことだけは確認してある。あ、ピラミッドの建築現場は見ました。なるほど、ピラミッドってああやって造ったんだ……へー。


 疲れていた。あたしは疲れ果てていた。何度転生を繰り返しても、身分の差が、世間が、あたしと萌衣の間を邪魔してくる。なぜこれほどまでに苦労しなければならないのか。あたしたちはただ好きな人と一緒になりたいだけなのに……。


「ようやく諦めたか。その根性だけは認めてやろう」


 あたしの後ろには黒服の男がいる。こいつとも何度やりあったことか。なぜか途中で共闘もした。出会った当初に比べたら随分人間らしくなった。


「……アンタは、こうなることが分かっていたの?」

「さあてな。しかし転生は前世の因果を引き摺るし、人類社会はそう大きく変わっていない。場所や時間を変えた程度では、何も変わらないとは思っていた」

「そう」


 あたしはゆっくりと立ち上がった。下に荒れ狂う海が見える。


「あたしさ、あんまり学校の成績は良くなかったのよね」

「……? 知っている。貴方の基本スペックは概ね把握しているつもりだ」

「勉強キライだったし。でも、今はちょっと感謝している。確か、生物の授業だったと思うのよね」

「なんの、話だ?」

「人類がどこから来て、どこへ行くのかって話」


 あたしはぐるりと振り返った。海を背に、黒服の男に向かってにこりと笑う。


「たった一つだけ。あたしと萌衣が幸せになれる楽園を見つけたわ」

「なに?」


 そうして。あたしはふわりと崖下へと身を投げ出した。自殺?! 黒服の男の慌てた顔が見れた。まあそれだけでも結構満足。


 あたしはざぶんと海に落ちた。同時に、近くの船から萌衣も海に飛び込んだ。深い海に沈んでいくあたしを、辿り着いた萌衣がぎゅっと抱き締める。




 ——そうしてあたしは、最後の転生を行う。




 —— ※ —— ※ ——



 そこは、緑成す大地だった。ここはアフリカ大陸。正確な場所は分からない。


 あたしはゆっくりと裸足で歩いていく。というか全裸である。だがあたしは気にしない。それを見ている者は誰もいないのだから。




 ——本当に、誰もいない。




 そこには動物や植物はいても、人間はいなかった。太古の昔、人類は一組の男女から発生したという。アダムとイブ。そして楽園だけがそこに存在した。


 あたしの歩みが止まる。目の前の木陰には、もう一人の女性——萌衣が佇んでいる。彼女はあたしに気づくとにっこりと微笑み、そしてゆっくりと歩み寄った。


「ああ、萌衣。ようやく二人になれたね」

「うん……ようやく凛、あなたと一緒になれたわ」


 ここにはあたしと萌衣以外、誰もいない。だから彼女たちの関係を咎めるものは何も無い。世間体も身分も何もかも、それは人類社会が生み出すものなのだから。


 だから凛と萌衣は、ただ自分に素直になるだけで良かった。ここが彼女たちにとっての、楽園だったのだ。


 彼女たちはこれから愛し合い、そして死んでいくだろう。






 ——そうして、人類は滅亡した。





【完】


 おはようございます、沙崎あやしです。


 今回の短編小説は「百合+SF」で攻めてみました。お楽しみいただけましたでしょうか? 僕は楽しかったです。


 もし面白いと思われましたら「\(^O^)/」とだけコメントいただけると嬉しいです!

 もちろんブックマークや下の☆☆☆☆☆の評価もお待ちしております! どうぞ宜しくお願いします!

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