【第三話】
[前回までの『わたしと死神』: 交通事故死となるはずのところを死神に一年の猶予を与えられたわたし(モモカ)は自らのバースヴィジョンを知る必要に迫られるがその術を見出すことができない。ヌイからは協力の申し出をされるわたしだった]
いよいよわたしは退院となった。
貸与された松葉杖にはナッパとヤッパという名をつけた。当面はこいつらと離れられない生活を送るのだから、仲良くせねば。
学校にも復帰。行きはママンが校門までクルマで送ってくれるけども、帰りはラッシュアワーじゃないし遅刻の心配もないので、リハビリを兼ねての自力移動となった。
最初のうちはしんどかった。
それでも少しずつ慣れてくる感覚はあった。けど、人混みのなかを移動するときは緊張した。駅の構内とかではできるだけ他の人の迷惑にならないような場所を選んで歩くようにしているのだが、どうしても他人を避けることのできないところがあった。
改札だ。
両側に松葉杖をついているから、通常よりも幅の広くなっているゲートでないと通過が難しい。幅広のゲートは並ぶ自動改札のなかに一箇所だけで、そこは両側から入れるようになっているのもツライ。人の流れが落ち着いてから通過するようにはしているものの、それでもタイミング悪く反対側から入ってくる人と鉢合わせになりそうだったりと、なかなかにキビシイものがある。
そのときも、もうわたしがゲートにパスモをかざそうとする――それがまた簡単ではない――寸前までいってたのに、向こうから急いでやってきた男の人がこちらのことをよく確認もせずに強引に反対側から突入してきた。わたしはパスモの手を引っ込めたが、とっさに後退ができるほど機敏には動けない。わたしのほうがずっと先にゲートの手前まで来てたのに――などと思っても始まらない。その人に道を譲ろうとはしたが、向こうの動きのほうが速すぎて、結局、そいつはほとんどわたしを突き飛ばすようにしてゲートを抜けた。必然、わたしはバランスを崩すこととなった。
うわ、と思ったときにはもう遅い。わたしがその場にすっ転ぶ以外の未来はどこにも見えなかった。
ああ、ヤバい。これでまた骨がどうにかなって病院に舞い戻ることになるかも、なんて想像が瞬時に頭のなかを駆け巡った。
もはや、なるがままに倒れてしまうしかなかった。諦めの境地――。
体が地面を打つ衝撃がやってくるのを待ったが、意外なことに、誰かが後ろでわたしの体をしっかりと受け止めてくれた。
松葉杖のナッパとヤッパが地面でカランカランと音を立てた。
助かった――。
そのひとに支えられて、ふたたびわたしはその場に立った。そのひとは腰をかがめてナッパとヤッパを拾い、それをわたしの両脇に立ててくれた。
「ありがとうございます」
杖に体重を乗せつつ、ようやくわたしはそのひとのほうを向いて、頭を下げかけた。
「災難だったな」
そう応えたのはヌイだった。
「え、なんで……」
わたしは言葉に詰まった。
「必要なときにその場に居合わせるというのがオレの特技でな」
ヌイは言った。そして続ける。
「心配せずとも今の男にはいずれ天罰が下る。人は自らの成したことから逃れることはできない」
わたしはなんとも返せなかった。
ヌイの先導でわたしは改札を抜けた。
「ありがとう」
人の邪魔にならないところまで改札を離れてから、あらためてわたしはヌイに礼を言った。
「礼には及ばん。お前にはさっさと前に進んでもらわんとな、オレのペナルティを早期に解消するために」
それが彼の本心なのか、自らを偽悪めいた存在と見立てたジョークなのか、判断がつかなかったが、なんとなく後者のように思えた。
なぜだか自分がこの男に好意のようなものを感じていることに気づいた。そのことに戸惑ってしまう。
「それじゃ、オレは失礼する」
「あ……」
わたしはもう少しヌイと会話したいと思ったが、口にすべき言葉は見つからなかった。すぐに彼は雑踏のなかに姿を消してしまった。
(つづく)