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Scene 5

 事故後に初めて歩行補助器を使ってトイレに行ったときは、本当に廊下が果てしなく長く感じられた。まず立ち上がった時点で、激しい貧血に見舞われたような感じに視界が暗転しかけた。全身に脂汗が噴き出てきたし。

 けど、どこか楽しい気分でもあった。

 自ら動けるということは純粋に嬉しい。その喜びを誰かに伝えたいと思った。そんな単純なことがこんなにも素晴らしいものなのだということを大声で皆に伝えたい、おそらくは誰もが忘れているだろうその喜びを。

 ふと、ああ、そういうことのために小説があるのかもな、という考えが頭に浮かんだ。けど、わたしにはまだそこまでのことを書き表す力はない。いつかわたしにそれを物語にのせて誰かの心に届けることができるだろうか。

 そんなことを思ったりもしたが、わたしにとっての小説は今のところまだ使い方もなにもわからない表現手段にすぎない。出てくるものを出すだけのことしかできない。そのことに意味があるのかどうかもわからない。

 わたしはそっとため息をついた――モモカと同じように。

 生きることは苦しい。体は痛みを感じるためだけに存在するようにしか思えないことが多い。けど、だからこそ、自力でトイレに行けるというごく当たり前のことが大きな喜びに感じられるのかもしれない。

 わたしはタブレットに向かう。だんだんとそれに向き合っていられる時間が長くなってきた。内なる圧に命じられるままにわたしは指先を動かす。肉体の苦しみに耐えつつ。

 第二話を公開した翌日、アクセス数は二桁になった。それと「イイネ」をくれた人が二人。どんな人だろう。他の書き手さんか、たぶん。その人たちの書いたものを読みに行きたいが、わたしの体調がそれを許さない。自分が書くのがせいいっぱいなので。もう少し回復が進めば――。


 土曜日には――わたしの曜日感覚などというものはとうに消失していたのだけど――高校の仲の良い友達が数人、見舞いにやってきた。彼らはわたしのギプスだらけの姿を見ても普段どおりの態度だった。わたしも一緒になってなにもかもを笑い飛ばした(少なくとも表面上は)。久々に楽しい時間を過ごすことができた。

 でも、わたしは自分の書いた小説をサイトに投稿しはじめたことを彼女らに話さなかった。別に隠すつもりはなかったし、実際のところ何度かその話題はわたしの喉元にまで出かけていたのだが、なぜだかそれを口にするまでに至らなかった。小説を書くということは極めて個人的な行為だから、誰かに話すようなことではないのだ――おそらくそういうことなのだろう。それまでわたしはそんなことも意識したことはなかったのだけども。


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