Scene 3
意識が戻ってから数日のあいだ、なんだか奇妙な夢をたくさん見た。点滴されている鎮痛剤とかの影響かな、と思った。
体の感覚が徐々に戻ってくるにつれ、ああ、これまではそれが失われていたんだ、ってことに気づいた。それも薬の影響なのだろう。つまり、投与量が徐々に減らされ、それに応じて感覚が正常に戻ってきた、と。正直、そのままにしておいてほしかった。感覚の復帰は、痛みと苦しみしかもたらさなかった。キツイ。かなり。体のほとんどがギプスで固定されている、ってこともあとになってからわかってきた。
それでもベッドの背を少し起こしての流動食が開始された。
まだ自力では体を起こすことすらできなかった。けど、わたしは母親に頼んで自分のスマホを持ってきてもらった。無惨にも表面のガラスには派手にひび割れができていた。だが、機能はした。食事のテーブルをうまい具合に使ってお腹のうえあたりにそれを固定するようにしてもらった。指先だけはなんとか使えるギプスの右手だけで操作する。
なんだけど、ものの五分も見ていられなかった。焦点を合わすのに大変な苦労を強いられた。文字を大きくすればなんとか、とも思ったけど、それでもムズい。いったん断念。
うう、と声が、口から漏れた。
なぜだかわたしは焦りのようなものを感じていたのだった。
正体不明の圧がわたしのなかにあった。
頭のなかでは物語――語られるべきもの――が渦巻いていた。
かつてはなかったもの。
そう、わたしはこの病院のベッドという無人島に漂着して、空き瓶にメッセージを入れて波に流すしかないのだ、世界に向けて。そこに書かれるのはS・O・Sじゃなく、「わたしはココにいたよ」って――。
わたしは母親にスマホを買い替えてくれるよう頼んだが、今はそんなもののことは忘れて体を治すことだけを考えなさいと返された。わたしのなかの圧はそれを許す余裕を持たなかったが、母親も融通の利かないひとなのだ。わたしは父親――普段はほとんど没コミュニケーションな相手――が病室に来た際にこっそりと相談してみた。
わたしの手元には父親のお古のタブレットがもたらされた。わたしはそれに少しずつ文字を打ち込んでいった。はじめはメモ書きのように。それらは徐々に蓄積し、なにか、つながりのようなものをそこに見出すことができるようになりだした。わたしはそれを読み返し、並び替え、ときには文字を付け足し、あるいは削ったりした。
日が経つにつれ、わたしは自分の体をふたたび自身のものとして認識できるようになっていった。あちこちをギプスで固定された状態を受け入れ、今現在の自分にできることとできないこととを区別できるようになった。
そして、日々、自分にできることがわずかずつだが取り戻されてくるのが実感できた。それとともに文字を紡いでゆくスピードも増していった――とはいえ、それはまだかなり限定的であり、一日のうちのほんの一時間程度しか集中力がもたなくはあったが――。
内なる圧の命ずるままにわたしは文字を書き連ね、そしてそれを世に送り出すことにした。ウェブの小説投稿サイトに公開することにしたのだ。
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