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Scene 2

 その青年が病室にやって来たのは、わたしの意識が戻ってから三日目のことだった。

 知らん奴が部屋に入ってきたな、と思ってわたしはその姿を目で追った。なにせそのときのわたしは目玉くらいしか自由に動かすことができなかったし。どう見ても病院のスタッフではないそいつのことをガン見していた。

 付き添いでベッドの脇に座っていた母親が男に気づくと、やおら立ち上がって、やけにペコペコし始めた。それから母親は青年をわたしに紹介した。

「こちらヌイさんっていうの。あなたの命の恩人なのよ」

 事故現場でわたしに心臓マッサージを施してくれたひとなのだそうだ。それがなければ間違いなくわたしは死んでいたらしく――というか、それがあってさえも死ななかったのは奇跡らしかったのだけど。

 そのように紹介されれば、なにはなくとも感謝の気持ちを抱くのが普通と思われるところだろうが、なぜだかわたしはその男に警戒心を感じていた。

 会うのが初めてなのは間違いないのに、なんだか以前から見知っていたようなその顔つき。昔の友達の誰かに似ているような気もするのだけど、それが誰だかは思い出せない。知らない人がズカズカと心のなかに踏み入ってきそうな予感、みたいな。

 ヌイは花束を持ってきていた。母親はそれを受け取り、花瓶に生けるためなのか、部屋から出ていった。あるいは若者どうしで仲良くしろみたいな謎の気遣いをしたのかも。

 青年はなんの遠慮もなく、さっきまで母親の座っていたところに腰掛けた(おそらくそこにはいかにも病室的な丸椅子があるのだろうが、わたしには確認のしようがない)。顔と顔との距離が近い。

「あー、なんだか、ありがとうございます。助けていただいて」

 まだうまく喋れない感じの声でわたしはお礼を述べた。ちょっと気持ちは伴ってなかったけど――なにせ事故の記憶などなにひとつ残ってないのだから仕方ないでしょ。あの日の記憶は駅の改札を抜けたあたりからプッツリと途絶えている。

「礼などいらん。そんなことより、君はオレとの約束を覚えているのか」

 ヌイは早口にそう言った。もちろんわたしにはなんのことだかわからなかった。瀕死のわたしは事故現場でこの男になにかを約束したというのか。

「約束、ですか?」

「まあ、当然、覚えとらんのだろうな」青年は表情を変えることなく続けた。「いいか、時間がないから手短に言う。まず、オレは人間じゃあない。ここで詳しく説明することはできんが、君のボキャブラリで言うと『死神』というのに一番近い。君はあの事故で死ぬはずだったんだ。しかし君の体から抜け出た魂は、『これはなにかの間違いだ』と主張した。だからオレはいったん君を生き返らせたんだ、一年間の期限付きで。だが、やっぱりあの事故は間違いじゃなかった。君は死ななきゃならなかった。その証拠にオレは今、世界からペナルティを喰らってる。ペナ(イチ)だ。これがペナ3になったらオレは世界から抹消される。いったいどうしてくれるんだ。いや、君に言っても仕方あるまい。とにかく、一年というのが約束だ。その間に君がバースヴィジョンを軌道に乗せ、あそこで君が死んだのは間違いだったということを世界に証明できればいいが、そうでなければ一年後にオレは再び君を迎えに来る」

 ちょ……、コイツはいったい、なにを言ってるの……?

 わたしの困惑など気にする様子もなく、ヌイは立ち上がろうとした。慌ててわたしは口を開いた。

「ちょっと待って。バースヴィジョンってなに?」

 男は、やれやれって顔つきになった。

「その内容は知らない。そんなもの、君自身しか知らんだろ」

「てか、バースヴィジョンて、なんなの。そもそも」

「ああ……。バースヴィジョンてのはな、人がこの世に産まれてくる前に、その人生でなにを成すのかを細かく取り決めた青写真、いわば、君と世界との契約みたいなものだ」

「そんなのがあるの」

 当然だ、というようにヌイは頷いた。

「だが実際にはなにもかもが事前に計画したとおりに実現するものでもないし、なにを成すかが重要なのではなく、そのプロセスからなにを学ぶのかが人生の主眼のようだがな」

 そう言うと、彼は腰を上げた。

「え。ちょ、ちょっと……」

「まだなにかあるのか?」

「んーと、さ。あなたがわたしのそのバースヴィジョンってヤツの中身を知らないんだったらさ、なにをもってわたしが事前の計画どおりに人生を進めてるって判断できるの? 単にわたしが、やってまぁーす、って宣言しちゃえばいいだけ?」

 ふたたび男はやれやれって顔をした。

「んなわけないだろ。君にバースヴィジョンを達成する見込みがあると世界が判断したら即座にオレのペナルティが解除されるからそれでわかる。つまり、一年後にオレのペナルティが消えてなかったら、オレは自らそれを帳消しにするために必要なことをする」

 そう言ってわたしを見下ろしたヌイの目は、ああ、確かに人のものとは思えなかった。なんだろ、なにもかもお見通しだぞ、って感じ。わたしは気が遠くなった。

 次の瞬間、わたしは、フッと目が覚めた。

 あれ、わたしは寝ていたの? 今のは夢だったのか――ずいぶんとリアルに感じられたんだけど。急いで目玉をぐるっとさせたんだけど、男の姿はどこにもない。

 ベッドの脇では母親がウツラウツラとしていた。

 ふう、とわたしは息をついた。

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