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Scene 1

 そ、気づいたらさ、わたしはその場を見下ろしてたんだよ。俯瞰? ていうの? 少し上空から、あたり一帯を眺めまわすみたいに。

 その光景の真ん中に、わたしの体が転がってた。

 目は開いたままなんだけど、そこに光はなくて。制服のスカートがめくれてて、ふとももが露わになってた――パンツまで見えてなかったのは不幸中の幸いだったけど。

 少し離れたところには、わたしを撥ねたクルマが停まってた。運転席にいるのはまだ若い男性。愕然となって、ハンドルを握ったまま固まってる。

 横断歩道のシマシマのうえに、わたしの体から流れ出した血が、まあるく円を描き出したの。ゆっくりと。

 たちまちまわりには黒山の人だかりができた。駅前だから人はいっぱいいた。でも皆んな遠巻きにしているだけで誰ひとりとしてわたしのことを助けようとはしなかった。

 ま、とはいえ、わたしはすでに死んでいる。だってそうでなきゃ、こうしてわたしが肉体を離れて自分の体を見下ろしている、なんてことにはならないし。

 肉体から解放されたことで、わたしは急速に覚醒していった。さまざまな記憶、ありとあらゆる叡智、すべての事象の本質みたいなものが、奔流のようにわたしを満たしていったわけ。なんつうか、人間の認識を超えた世界真理みたいなものがさ。

 そんな膨大な情報のなかに、チラリと光る砂粒のようなものがあった。それはわたしのバースヴィジョンだった。つまり、わたしの今回の人生における青写真のようなもの。

 それを見て、わたしは、あれっ? ってなったわけ。おかしくない? これ。

 眼下の人だかりを眺め回した。皆の視線は一様に倒れているわたしの体に注がれていたけれども、そのなかにひとりだけ、上空にいるこのわたしを見上げている人物がいた。

 ひょろりとした背の高い青年――そいつが〝コーディネータ〟だとわかった。今回のわたしの死を演出した存在。つまり、地上のいろいろな物事のタイミングやらなにやらを調整して、うまい具合にあのクルマがわたしを撥ねるように仕向けたひと。いや、人というか、平たくいえば『死神』ってところなんだろうけど、ほとんどの人が知らないだけで、そういう存在は人間の姿をしてて普段からわたしたちの身の周りに紛れているんだよ。

 次の瞬間、わたしはそいつと対峙していた。

 そいつの不思議なまなざしがわたしを捉えていた。人ならざる色合いを帯びたその目。わたしはその瞳を覗き込んだ。そこにはわたしは映っていない。なぜなら今のわたしには実体がないから。けども青年はまっすぐにこちらを見ていた。

「ちょっとぉ」

 わたしが言うと、彼は首を傾げた。なにか用事でも? といったふうに。

「これ、なんかの間違いじゃないの? わたし、まだ死ぬはずじゃなかったんだけど」

 男の眉根が寄った。

「そんなこと言われてもな。オレは世界の指示どおりに仕事をしただけだし」

「その指示は確かなの? こんなことわたしのバースヴィジョンにはなかったんだけど」

「なにもかもヴィジョンどおりに進むとは限らないだろ。修復不能とみなされて打ち切られたんじゃないのか、アンタの人生は」

「んなわけない。まだなにも始まってすらいなかったのに」

「ならいいじゃないか、むしろ。イチからやり直しなよ」

「んー、それじゃあ、また何年も待たないとならないじゃない」

「おい、オレたちにとっちゃ時間の長さなんぞなんの問題にもならないじゃないか。アンタ、まだ人間の感覚が抜けきってねえな」

「んもう! とにかく困るの。なんとかわたしを戻してくれないかな。んー、一年だけでもいいから。それで計画どおりにいかなかったら、そのときは潔く諦めるから」

 なんでわたしは今回の人生にこだわっているのか、自分でもよくわからなかった。ただ、そうしなきゃいけない、という気持ちがあった、としか。

「そんなことをしたらあちこちに影響が出て大変なことになるぞ。世界の成り行きをなんだと思ってる。すべては各方面の合意のうえに成り立っているんだぞ」

「でもわたしは合意してないし」

 そのひとことが効いたのか、男は苦虫を噛み潰したような顔つきになった。

 少しの睨み合いのあと、青年は踵を返した。そして野次馬をかき分け、倒れているわたしの体に歩み寄った。わたしはそのうしろに着いていった。

「一年だぞ」

 男は一瞬だけわたしのほうを振り向いてそう言った。それからわたしの体の傍にしゃがみこむと、仰向けになっていたその体の心臓のあたりに両手をあて、強く押し込んだ。

 その途端、周囲は真っ暗となり、わたしは窮屈な空間のなかに落ち込んだかのような感触を覚えた。それとともにあらゆる叡智がわたしから抜け落ちていった――。

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