エピローグ そして時は巡り来る
もうすぐ結婚記念日がやってくる。
え? 誰のって?
もちろん、この物語の主人公である私よ! 失礼ね。
それにもちろん、私だけじゃなくて、椿と私の、3回目の結婚記念日がもうすぐやってくるのだ。
正確に言えば、結婚式を挙げていないから、婚姻届提出記念日? とかになるのかしら。まあそれはよしとして。
今年はどうしようかと考えていたとき、《あまてらす》さんがとても魅力的なお話を持ってきて下さった。
「《このはなさくや》が、2人を招待したいと言っておったぞ」
とね。
そこで椿と相談した結果、ありがたくそのご招待をお受けすることにしたの。
富士五湖のひとつ、河口湖のほとりにある宿泊施設を教えていただいたんだけど、これがね、どんなに検索してもその名前が出てこない?! なんでえ~?
勢い余って冬里に聞いたら、「行けばわかるんじゃない?」と、すげないお返事。
ええい、こうなったら当たって砕けろよね。
とりあえず当日は指定された場所まで行ってみることにした。そこにお迎えが来るみたい。腹を決めた私は怖い物なしよ。
でもね。
荷物が多いし朝は早いし、どうしよう~、と、椿にあれこれ言っていたら、「じゃあ俺が駅まで送りますよ」と夏樹が申し出てくれたらしい。
うちまでわざわざ迎えに来てもらうのも大変だろうと、前日は実家にお泊まりすることにしたのは、当然の流れだ。
さて、旅行前日の夜。
ディナーを終えると、椿は夏樹にさらわれて早々と部屋へ消えて行った。
恒例の語り明かしの会をするんだって。
私もさっき飲んだホットミルクが効いたのか、なんだかとっても眠くて。ここでうっかり寝てしまって、冬里に首根っこつかまれて部屋まで運ばれるのは絶対にお断りなので、急いで立ち上がる。
「ふわああ~、じゃあ私も寝るわ、おやすみい」
色気のかけらもない大あくびをして、元自分の部屋へと向かう。
「おやすみなさい」
キッチンにいた鞍馬くんが可笑しそうに微笑みながら返事を返してくれた。
「良い夢見るんだよ~」
ソファにいた冬里も、手をひらひら振りながらいつものようによい子のお返事をしてくれる。
そんな冬里の言葉が耳に残っていたのか。
その日は誰かの結婚式に参列する夢を見た。
白無垢打ち掛けと、紋付き羽織袴の美男美女?
でね、神殿にはなんと、ヤオヨロズさんとニチリンさんがいらっしゃる。
――わあ、あのおふたりに祝福してもらえるなんて、なんてうらやましい――
そんな事を思いつつ、式を挙げてる2人の顔を覗こうとしたところで、ふわりと目が覚めた。
「……あ、夢か」
目覚まし時計を見ると、起きる予定の時間には半時間ほど早い。
けど、どうせもう寝られないんだから、と、えいやっと飛び起きて、喉が渇いたのでパジャマのままリビングへと出て行った。
「おはようございます。……お早いですね」
キッチンには当然鞍馬くんがいて、朝の挨拶をしてくれる。お早いですね、の前に一瞬の間があったことは、今日に限って許してあげるわ。
「そうよ、驚いたでしょ」
「はい、……あ、いえ」
「ふふ、良いわよ。じゃあお水を1杯いただくわ」
「お待ちくださいね」
ソファでくつろいでいると、水の入ったグラスを持ってきた鞍馬くんが聞いてくる。
「朝食は召し上がっていかれますか?」
「もちろんよ。そのためにお泊まりしたんだから」
当然の答えに、ちょっと苦笑した鞍馬くんが次に聞いて来たのは。
「和食と洋食、どちらに致しましょう」
私はしばしぽかんとしてから、失礼な言い方をしてしまった。
「珍しいわね、いつもはお仕着せなのに」
鞍馬くんは嫌な顔ひとつせずに、むしろ当然と言うように答える。
「結婚記念日ですから」
「はあ」
またまたぽかんとする私に、鞍馬くんは今度は本当に綺麗に微笑む。
どうやらからかわれているわけではないようね、まあ、冬里じゃないし。
ならば、と、私は遠慮せずにリクエストする。
「えーっと、そうねえ、ヨーグルトと~、あとフォカッチャとかベーグルが食べたいんだけど~、今から焼くのは無理よねえ。だからホットサンドとかで良いわ。で、何が言いたいかって言うと、洋食がいいって事、よろしくお願いしまあす」
など言いながら、可愛く? 手を振ると、鞍馬くんはちょっとため息などつきながらも、「かしこまりました」を言ってくれる。
私は水を飲んだ後にきちんと「ごちそうさま」を言ってグラスを返し、ソファから立ち上がった。
「さて、じゃあ用意してくるわ」
でね!
たぶん予想はついたと思うけど、なんとその日の朝食に並んだのは、焼きたてのフォカッチャだった。
あとはね、ベリーたっぷりのヨーグルトと新鮮野菜のサラダ、フレッシュジュースも種類は豊富。卵はお好きな調理方法をリクエストして頂ければベーコンかソーセージをおつけします。飲み物は最近はまってるので朝からロイヤルミルクティ。
なんて素敵な朝ご飯!
ダイニングテーブルでは、2人で遊びたい冬里と、何とか阻止したい夏樹と椿の攻防が繰り広げられている。最近は滅多なことでは止めに入らなくなった鞍馬くん。堪忍袋の緒が丈夫になったのね。
いつもと同じ朝に、いつも通りの気遣いや優しさがいっぱいつまった朝ご飯。
きっといつか、こんな事もあったよねって懐かしく思い出すんだろうな。
だけど。
今はこのひとときを大切に、大いに楽しむことにしよう。
『はるぶすと』で朝食を
了
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
幻のモーニング第2弾です(笑)
いきなり10年後でちょっとビックリしたかもですが、最後はきちんと帰って来ましたよ~。
10年たっても、由利香はまったく変わりませんね、情けない?
それから、モーニングは鞍馬くんの負担がかなり増えると思われるので、今後も幻という事にしておきましょう。
それではまたいつか!
『はるぶすと』はこれからも通常通り営業致します。
皆様のお越しをお待ちしております。