表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/6

第4話 モーニングにたどり着かない?


 その日の朝は、なんだか昨日までと違っていた。



「明日、お待ちかねのモーニングを提供させていただきますね」

 前日の夜にそんなふうに鞍馬くんが言ったので、「よっしゃあ!」と、心の中でガッツポーズ決めたんだけど。

「なので明日はちょっと早起きしてもらうぞ、椿」

「え? なんでだよ」

 夏樹が言うのに、椿が聞く。すると夏樹は少しばかり焦りながら言う。

「そ、そりゃあモーニングだからだよ。早起きして腹をすかせといたら、きっと美味しいぜえ、朝ご飯!」

「もしかして、ジョギングでもさせる気か?」

「あ、それもいいなあ。けど、どっちにしても早起きするんだぜ」

 すると椿は、ものすごくうさんくさそうに夏樹を見てたんだけど、ちょっと肩をすくめて了解した。

「わかったよ。朝ご飯を美味しく食べるために、ちょっと早起きするよ。けどそんな風に言うからには、……起こしてくれるんだろうな?」

 凄んで言う椿の後ろから、とっても穏やかな声が聞こえてきた。

「もちろん起こしてあげるよ~、ものすごく優しくね~」

「「ひえっ」」

 ビックリ二重奏で驚く椿と夏樹。

 気配もさせずに後ろにいたのはもちろん冬里だ。

「ととと、冬里」

「驚かせないで下さいよお」

 ふふ、と笑った冬里は、珍しくそれ以上からかわずに「さて、僕も朝早いからもう寝ようっと」と、自分の部屋へ引き上げて行った。

 顔を見合わせて、ほう、とため息をついた2人も、珍しくお休みハイタッチなどして、その日は皆、早めに床についたのだった。

 あ、鞍馬くんに関しては例外。

 本当にこの人はいつお休みになるのかしら、なーんてね。



 その翌朝のこと。

 誰かが呼ぶ声がする……。

「うーん」

 寝返りを打って薄目を開けたんだけど、まだあたりは真っ暗。

 けれどそこで気づく、隣に寝ているはずの椿がいない。

 トイレかしら、と枕元の目覚まし時計を見ると、なんと4時ちょっとすぎ。午後じゃないわよ、朝の4時よ。私はもう一眠りしようと布団を引き上げたところで、とんとん、と優しく肩の辺りを叩かれた。

「由利香さん」

「へ? え、はい、どなた? ……あ」

 なんとそこにいたのは。

「ニチリンさん?」

 そう、いつもお世話になっている(どうお世話になってるのよ)神さまのニチリンさんだった。

「やっとお目覚めね、はいはい、ここは勢いよく起きて。まずお風呂に行く」

「え? なんで?」

 そう言いながら手をとられていとも簡単に起こされて、シャワールームに放り込まれる。


 適温のシャワーで完全に目が覚めた私のまわりには、光る妖精さん? みたいなのがいて、綺麗に髪や身体を洗ってくれるのよ。

「ええー? なにこれー」

「はいはい、それでなくても時間に遅れてるんだから、つべこべ言わない」

「は、はい……」

 ニチリンさんってキリッとしてて結構はっきりものを言うから、さすがの私も言い返せないのよ、実は。

 そのあとも、サアッと全身を乾かされてポイッとシャワールームの外へ放り出されて、あれよあれよという間になんだか身支度が整えられていく。で、その身支度というのが、どう考えても着物。もっと厳密に言えば、どうやらこれは、白無垢という代物らしい。

「あのお~」

「なにかしら?」

「えっと、なんで私は白無垢を着せられているんでしょうか」

「え? 説明してもらってないの? 今日はあなたたちの結婚記念日。で、あなたたちってお式は挙げていないし、写真も洋装でしか撮ってないでしょ? だから、まあ、もう10年もたっちゃったけど、ここらで和装もさせてあげよう、ですって。誰とは言わないけれど」

「はあ?」

 きっと冬里だわ。

 夏樹や鞍馬くんにまで口止めしたのね、あとでとっちめてやる。

「私はただモーニングが食べたいって言っただけなのに」

 ちょっとふくれてブツブツ文句言う私を可笑しそうに笑うニチリンさんがなだめてくれる。

「お嫁さまがそんな顔しないの。だってこれって、変則シチュエーション・モーニングなんでしょ?」

「はあ?」

 またまた冬里だわ。

 そんな変な事考えるの。

 まったく、いつになってもあいつにしてやられるわね。


 だけどね、そんな気持ちも、すべて用意が調って2階リビングへ出て行き、こちらを見てハッと顔を紅潮させた椿を見たら、全部なくなっちゃったわ。

「綺麗だよ、由利香」

 そういう椿は、正装の紋付き羽織袴姿だ。

「そういう椿だって、……素敵よ」

 ちょっと口ごもりながら言うと、それでも椿は嬉しそうにしてくれた。

「おいおい、なんだあ、未だに新婚みたいだなあ」

 すると、気づいてはいたんだけど、そこにいたヤオヨロズさんがガハハと笑って言う。

「そうですよー、私たちはいつまでたってもラヴラヴなんですー」

 べーっと舌を出そうとしてハタと気づき、やめておく。そうだわ、今は仮にも白無垢姿だったわ。

「ハハハ、良きかな。では、行くぞ」

 そう言ってヤオヨロズさんは裏階段への扉を大きく開いてリビングを出て行った。

 椿がちょっとこちらを気にしながらも後に続く。

 その後に続こうとして、スッと誰かが手を取ってくれるのがわかった。

「お嫁さまは1人で行くものではありません」

「ニチリンさん……」

 実際のところ、階段踏み外したらどうしよう、と思っていた私は、ありがたくその暖かい手を取る。

 だってねえ。

 白無垢打ち掛けって、なんでこんなに重いの?

 しかも歩きにくーい。

 どう転んでも、しずしずとしか歩けないわよ。


 次に驚いたのは、裏階段を無事に降りて店へ入ったとき。

「うわ」

「わあ」

 なんと『はるぶすと』のソファ席が、神社になっていた!

 あ、でも、神社がそこにあるんじゃなくて。

 神社でね、特別に御祈祷とかしてもらうときに、拝殿や本殿の中に入るじゃない。その中みたいに御簾や垂れ幕が美しくかかっていて、奥にズズーッと長い階段が続いてたりしてるの。

 で、その前で、夏樹が神主さんの格好をして神妙な面持ちで立っていた。

「夏樹?」

「どうしたの?」

「どうしたもこうしたも、俺に神主やれって言うんすよ。こういうのは冬里の方がずっと適任だと思うんすけどね」

「はあ?」

 するとやり取りを面白そうに見ていたヤオヨロズさんが、本当に面白そうに言う。

「ガハハ、そうだなあ。まあいいじゃないか夏樹。これも人生経験だ」

 そう言って、ヤオヨロズさんがコホンと咳払いをすると、場の空気ががらりと変わったのがわかる。

 よく見ると、いつもは優しげなお顔がすこし引き締まっている。

「わしらは祈願を受ける側。捧げる側がおらぬと話にならぬ。夏樹、万事滞りなく祈願執り行うように」

「はい。不肖、朝倉 夏樹、おふたりの幸いを誠心誠意祈願致します」

 あらら、いつもはへラッとしている夏樹まで、居住まいを正して真剣な表情で言っている。そういう顔をしてると、本当にコイツはいい男なのよねえ。

 と言う事は。

「あのお、もしかして、今ここで神前式とやらを執り行うんですか?」

 ちょっと気になって、まだ隣にいたニチリンさんに小声で聞いてみた。

「そう聞いておる」

 すると、いつの間にか階段の一番上に鎮座したヤオヨロズさんの方が答えを返してくれた。

「あ、わかりました……」

 ちょっといつもとは違う雰囲気に、さすがの私も少し恐縮気味。

「まあ、そんなに緊張しないで。神前式と言っても、かなり略したものだから、ね?」

 ニチリンさんがそう言ってウインクなんかすると、パッと姿が消えて、ヤオヨロズさんの横に現れた。


「「では、これより、秋渡 椿、ならびに由利香の、結婚10周年式を執り行う」」

 神さまおふたりの言葉を合図に、夏樹が重々しい口調で式を始めたのだった。


 神前式と言っても、10年目の記念式なので、そこはニチリンさんが言ったとおり、かなり略したもの。

 まず夏樹からお祓いを受けて(あの、白い紙がたくさんついてる棒みたいなものでね)、祝詞を夏樹が神さま(この場合はヤオヨロズさんとニチリンさん)に捧げて、三三九度をして、最後に2人で玉串を捧げて、それで滞りなく式が終わる。

 さすがにこの私も緊張したわ~。それに、打ち掛けって重いし手は上がらないしで、三三九度なんてほとんど形だけだったわ。

 隣を見ると、頬を紅潮させながらも椿も少しホッとした様子。

 そして、私が見ているのに気づくと、とっても嬉しそうに笑うので、こちらまで嬉しくなって微笑んでしまった。


「うわあ~、緊張したあ~」

 でもそのあとに聞こえてきたこの声に、思いっきり気が抜けてしまう。

 見ると、夏樹がいつものへラッとに戻って、そこにあったソファにドスンと腰を下ろしたところだった。

 え、ソファ?

 いつの間にか『はるぶすと』は元通りになっている。そして夏樹も普通の洋服に戻っていた。

 えーと、私たちは。

 あれ、まだそのまま。

「ちょっと、どうなってるのよ」

 訳がわからず、夏樹に食ってかかると、あ、と言う顔でソファから立ち上がった。

「あ、すんません。では、これからモーニング会場にお入りいただきますね」

「そうなの?」

「そうっすよ」

「でも、ヤオヨロズさんとニチリンさんは? 神殿とともに消えちゃったけど」

 ひとり冷静な椿が聞くと、夏樹は困ったように、けど嬉しそうに言う。

「もう京都に帰られたんすよ。自分(じぶん)()をわざわざ持ってきてくれてたんすけどね」

「自分家って、まさかここに本物の神社持ってきてたの?」

「当たり前じゃないっすか。そこんとこは手を抜きたくないって、ヤオヨロズさんが言ったんす。けどいつまでもあっちをカラに出来ないからって、とっとと帰られたんすよ」

 椿と私は顔を見合わせて、またあっけにとられる。

 ホント、ありがたすぎて声も出せないわ。


「じゃあこっちです」

 なんだかおとなしくなった私を不思議そうに眺めつつ、夏樹が個室のひとつに案内してくれる。椿は歩きにくい私の手を取ってくれた。でも、この格好のままじゃ、私、これっぽっちもお料理なんて食べられないわよ。

 と、思いつつ個室のドアを抜けた途端。

「あ」

 ぱあっと朝日が差し込み、思わず目を閉じる。次に目を開けたとき、私は普通の着物姿になっていた。薄い黄色地が美しい付下げ。それにこの着物、着付けが上手なのかちっとも苦しくないわ!

 隣を見ると、椿も普通の羽織袴になっている。

 そして。

「ようこそ『はるぶすと』へ。本日は心づくしの朝食をお楽しみ下さい」

 そこにいたのは、こちらも和装の鞍馬くんと冬里だった。


 そして!

 向かい合わせに席がしつらえられたテーブルには、すでにどこの料亭かと見まがうような凝った前菜が、大小の漆塗りのお皿に艶やかに盛り付けられている。

 まあ、うちのシェフの1人はもともと、京都の料亭当主だったわね。

「ちょっと、すごい朝ご飯ね。このあとも順番に出て来るの?」

「当然。結婚10周年にモーニングとか言うんだもん、シチュエーション考えるのホント大変だったんだから」

「あんたが遊びたかっただけでしょ」

「ええ~? これを遊びなんて言われたら、僕、落ち込んじゃう」

 冬里はそう言って、わざと肩を落としたりなんかする。ホントはこれっぽっちも思ってないくせに。

「まあおふたりともその辺で。どうぞお席にお着き下さい」

 そう言いながら、鞍馬くんが椅子を引いてくれる。

 向かいの椅子の後ろには、いつの間に着替えたのか和装姿の夏樹がニカッと笑って立っていた。

「そうそう、俺たちの心づくしをどうぞお召し上がり下さい」


 さあ、やっと最高の朝食の始まりです。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ