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第3話 帰国、帰国、帰国!


 飛行機は、パーフェクトな着陸で空港に降り立った。


 とうとう帰って来たわ、3年ぶりの日本!

 長い通路を歩き、荷物を受け取るとその先に到着ゲートがある。懐かしいなあ、よく樫村さんをお迎えに来たっけ。

 今回はお迎えされる側。

 荷物の確認を終えてふと見ると、椿がなんだか可笑しそうに笑いながらゲートの外を見ている。つられて私もその先に目をやったんだけど。


「あ!」

 そこには、満面の笑顔に加えて頭の上で大きく両手を振っている夏樹の姿が見えた。気のせいか、背後には思い切り振っている尻尾が見える。

「うわあ、恥ずかしい。このまま回れ右して帰ろうかな」

「アハハ、そう言えば樫村さんをお迎えに来たときも、出て来るのをものすごく躊躇してたことがあったわ」

「あの熱烈歓迎が2人だったんだよね?」

「え? そうよ! なにかご不満でも?」

 私はひととき夏樹の存在を忘れて、椿といちゃつきながら? ゲートへと向かった。


「椿ー!」

 ガバッとハグしに来た大型犬、もとい、夏樹の攻撃を難なくかわすと、椿はかわりに片手をあげる。

「おいおい、俺たちはこっち」

「おわっ、ひでえ。けど、やっぱりそうだよな」

 スカッとかわされた勢いでつんのめった夏樹は、すぐに体勢を立て直して、こちらも手を上げ、恒例の片手ハイタッチをする。

「うー、やっぱ椿とのハイタッチは最高」

「うん、久しぶり」

「久しぶりなんてもんじゃないよ、3年ぶり?」

「そうだな」


 相変わらず仲の良い2人を見ていたんだけど、あれ? 以前は双子の兄弟だったのが、今は椿がお兄ちゃんって感じ。そりゃあそうよね、もう出会ってから10年なんだもの。見た目の齢を取るのは椿だけなんだから。

 このまま行くと、そのうち椿はお父さんになって、もっと行くと、おじいちゃん?

 夏樹が孫に見える日が来るのかしら。それはそれで、かなり感慨深いかも。

 と、ちょっと思いに浸っていると、うしろで、うしろでよ(ここ、強調しておくわ!)誰かがニッコリ微笑むのが見えたような気がした。

 ババッと振り向くと、案の定そこにいたのは。

「OH! My Aunt!」

 なんと言うことでしょう、そんな失礼な言動を繰り出しながら、こちらも大仰に両手を広げて今にもハグしそうにやってきたのは。

「冬里! 」

 そしてその向こうで眉間を押さえながらため息をついているのは、やはり鞍馬くん。

「誰がAuntですって? 私はあんたの親戚のおばさんじゃ、ないわよ!」

「これは失礼、え、じゃあおばあちゃん? 由利香もうそんな歳になったの?」

「ムッキー! なってないわよ!」

「冬里……」

 大きくため息をつく鞍馬くん。

 えっと、冬里の言動を許したわけじゃないけど、この感じも3年ぶり。ものすごーく懐かしくてそして、なんだか嬉しくなってしまった。


「ふふ……」

「あれ、もっと怒るかと思ったのに」

「良きかな良きかな、3年ぶりじゃ~、多少の不埒は大目にみよう」

 と、見えない扇子を振りつつ、殿様になったつもりで言ってやった。すると案の定、失礼な言動が止まることを知らない冬里。

「わあ、由利香って実はおじいちゃんだったんだ」

「は?」

「だって今の、水戸のご老公だよねえ。失礼しました、おじいさま~」

「ムッキー! ちょっと冬里! 待ちなさい」

「わあ助けてえ」

 首根っこ掴んでやろうと追いかける私と、すいすいかわして逃げる冬里。

 まあここまで来ると、オチは見えてるわよね。


「紫水 冬里」

「秋渡 由利香」

 こちらも久しぶりのフルネーム。

 え? 私まで?

 けど、本日の声音は、関係ない夏樹が思わず震え上がるほど、迫力のあるものだった。




 今回の帰国は急遽決まったので(誰のせい? とか言わないでよね)、そんなに長くは滞在できないのよね。

 だから、本当はあちこち観光に行きたかったんだけど、それは次の機会にとっておくとして、今回は実家で静養しつつ近場を堪能することにした。

 まずは×市の思い出の地めぐり。

 鞍馬くんが未だに通っている剣術道場とか(ここはどんどん生徒さんが増えてるらしい、すごいわね!)、以前働いていた会社の跡地とかね。あとはB級グルメをいくつかまわってみたけど、お店なんかもどんどん変わって行ってる。街も新陳代謝していくってことよね。

 ★市では、例の温泉に入りに行ったりね。そのために日曜日を中間に持ってきたんだから。途中の梅林で「梅仙人」なるお方に紹介されたり。けれどさすがにアスレチックはもうダメ。それでも椿は「負けねえ!」と、夏樹と競うようにまわって、その日は爆睡、翌日は筋肉痛。このことで体力の衰えをしみじみ感じた椿は、イギリスへ帰った後、ジム通いとジョギングを始めたくらい。


 そして。

 帰国することが決まって連絡をしたとき、鞍馬くんが珍しく提案して来たの。

「よろしければ、変則シチュエーションディナーなどいかがですか」

 ってね。

「わあお、珍しい。いつもなら夏樹が率先してうるさく言ってくるのに~。うんうん、鞍馬くんも成長したのねえ、お姉さん、嬉しいわあ」

 テレビ電話のむこうにいる鞍馬くんに、キラキラお目々で頷きながら言うと、ちょっと心外と言うように苦笑したあと真顔になる。

「いえいえ、3年間、も、帰国の連絡がないと思ったら、いきなり帰るから部屋を整えておけ、と仰るようなお姉さまなので、これくらいの配慮は当然ですよ」

「(3年間、も、)」のセリフを思い切り強調して言う鞍馬くん。でもそんなものちっとも堪えないわよ。

「まあ~、お心遣い痛み入りますわあ~、さすがは鞍馬くんねえ」

 相変わらずの嫌み合戦に、椿が横で可笑しそうに笑っている。夏樹ならアワアワするところかしら。

 まあ楽しいやり取りはこれくらいにして、私はまたちょっと考えていたことを口にする。

「あ~、ディナーかあ、それも良いんだけど」

「?」

 怪訝そうにこちらを見やる鞍馬くん。

「ディナーじゃなくて、今回はモーニングが、いいな~」

「え? なにそれ、俺も聞いてないよ」

 すると鞍馬くんより先に、椿が割って入る。

「うん、まだ椿にも言ってなかったもん」

「え? でも、基本『はるぶすと』はモーニングやってないよね」

「そうねえ。……、ムッフッフ」

 ここで私の不穏な笑い。

 椿はちょっと恐ろしげに見てたけど、鞍馬くんは何か思い当たることがあったようね。

 そう。

「フフフ、知ってるのよ、私」

 ゴクッ。

 何故か椿が大げさにつばを飲み込む音がする。

「奈帆さんとディビーさん」

 この名前を出した途端、鞍馬くんはやはりというような顔をした。

「このおふたりがその昔、幻のモーニングを堪能なさったこと、私はちゃんと知ってるんだからね」

 さあ、もう逃げられないわよ、鞍馬くん。前例がない、と断るつもりなら、2人に証人になってもらっても良いんだから、って、そんな大げさなもんか。


「へえ」

 すると、画面の向こうからそんな声が聞こえてきたかと思うと、ぬっと冬里が横から顔を出す。

 ちょっと、冬里と夏樹は今日お出かけしてるんじゃないの? 

「なんで由利香があんな大昔の事を言い出したのかは知らないけど、あれはね、実は本当に幻だったんだよ」

「え?!」

「うちがモーニング? そんなことある訳ないじゃない。ディビーと奈帆には……」

 と言うと、冬里は自分の額を指さして、そして唇を指さして、ふふ、と笑う。

「え? もしかして……」

「そ。ちょっと記憶を操作させてもらっただけなんだよねえ」

「ええーーー!」

 なにそれ!

 じゃあ、本当に『はるぶすと』でモーニングなんてしたことないの?

 2人が言うのは、彼らが記憶に残したからなの?

 私はちょっと思考が追いつかなくてあたふたしてしまう。

 と。

 やはりいつでもどこでも鞍馬くんは救世主ね。

「冬里……」

 眉間に手をやって、思い切り脱力している鞍馬くんがそこにいた。

「こんなことで遊ばない、まったく。……由利香さん、冬里の言うことには耳を貸さなくて良いですよ。幻のモーニングは幻ではなく、本当に提供させていただきましたから」

「なんですって! ちょっと冬里!」

 思わず首根っこ掴もうとして、これがテレビ電話だったことに気づく、悔しい~。

 その冬里は、ふふん、と笑った後、鞍馬くんに不服を申し立てる。

「あれ、なんでばらしちゃうのさあ。幻じゃなくなったら、こっちも提供しなくちゃならないよ?」

「ああ、それで良いんだよ」

「へえ」

 面白そうに言う冬里は放って置いて、鞍馬くんはこちらに向き直ると、とっても嬉しい返事を投げかけてくれた。

「ご要望、承りました。ただ、準備などの関係から、日にちはこちらで指定させていただきますね」

「いいの? ありがとう! そっちに行ってる間だっら、いつでも良いに決まってるじゃない、ねえ、椿」

「え? ああ、もちろん。……でも鞍馬さん、無理はしないで下さいね」

 椿に振ると、さすが気遣いの椿はそんな風に言う。

「ありがとうございます。大丈夫ですよ。お約束したからには、最高のおもてなしをさせて頂きます」

「わあ」

「……」

 何故か声が出ない椿。

「どうしたの?」

「え? いや……、鞍馬さんが最高のおもてなしとか言うから、なんか緊張してきた」

「やだ、なにそれ」

 と、その時は笑ってしまったけど、あとで考えてみれば、あの鞍馬くんの最高のおもてなし。うん、緊張するのも無理はないかもね。

「それでは、お待ちしておりますね」

「はあーい」

 よい子のお返事をして、その日のテレビ電話は終了した。

 のだけれど。

 遠く日本では、こんな会話がされていたことに私が気づくはずもない。




「それにしても、由利香にまで過保護の範囲を広げたの?」

 画面がオフになると、冬里がそんな風に聞いている。

「誰が過保護だと? ……でも、冬里はモーニングに反対なの?」

「え? うーんそんなことないこともないんだけど」

 とややこしい言い回しをしながら、クルクルと人差し指を回し始める。

 しばらくすると、いいこと思い着いた、と言うように指が止まった。

「ええっと、今回、2人は結婚記念日なんだよね?」

「そうだね」

「記念日ならそれなりにしなくちゃならないのに、言うに事欠いてモーニングって、ちょっとガッカリしてたんだけど」

 そう言うと、ニーッコリと笑いながら、また何かとんでもない事をしでかすらしい。

「まあ、由利香がそう言うなら仕方がない。受けて立とうじゃない? 前代未聞のモーニング。シュウも最高のおもてなしとか言ってたよね? わあ、大変だあ」

「……冬里」

 これは選択を誤ったかなと思いつつも、受けてしまったからにはしょうがない。

 さて、どんなことになりますやら。






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