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第2話 その頃、彼らは


 朝起きてみると、珍しく携帯にメールが入っていた。

 しかもそれは由利香からのもの。

「?」

 夏樹に送るのを間違えたのかなと開いて読んでみると。

「(今年は私たち、結婚10周年! なので帰国することにしたわ!)」

 と、飛び跳ねるような文章で、まあそのような内容が書かれていた。

 そのあとに。

「(夏樹にはこのこと、内緒ね! きちんと日程が決まったら連絡するから、それまでは、絶対に絶対に、ぜーーーーったいに言っちゃダメよ! あ、ついでに冬里にも! ややこしくなるから!)」

 との厳しいご命令だ(笑)

 まあ、夏樹に言うと、仕事中以外はほとんどその話題(2人の帰国)になるだろうから、伝える気はないとして。


 冬里に気取られないようにするのが、最大の悩みの種になりそうだ。




 都合の良いことに、その日は、レトロ『はるぶすと』の日だった。

「じゃあシュウさん、行ってきます!」

「ああ、気をつけて」

「うん、大丈夫だよ。夏樹が後ろで暴れない限りはね」

「ええー? ひどいっすよ冬里」

「ふふ、冗談。じゃあね、……、?」

 出発しようとした冬里が、フルフェイスヘルメットの中でしばし躊躇するような様子を見せた。

「どうしたの冬里」

「うーん、……なんでもない。いってきまーす」

「ああ、安全運転で」


 日本列島美味しいものめぐり。

 さすがに10年も巡っていると、日本の都道府県津々浦々ははすべてまわりきってしまった。

 そこで、いつからか2人は近場、と言っても歩くのではなく自転車でもない、なんとオートバイで巡れる範囲も訪れるようになっていた。ただしいつもではないし、巡る頻度も減ってきている。

 2台でツーリングでも良かったが、家の駐車場の広さや維持費などを考えると、1台に2人乗るのが最適だと判断し、2人乗りが可能なバイクを購入することにしたのだ。

 今日もそれに乗り出発した2人を見送って。

 オートバイが見えなくなるのを確認してから、シュウはふう、とため息をついた。

「さすがは冬里ですね」

 先ほど見せたほんの少しの躊躇。

 きっとシュウが醸し出す微々たる変化から、何かを感じ取ったのだろう。

 やはり隠し通すのは難しいかな。

 由利香には怒られるだろうが、自分にとっては冬里に言わないという選択がかなり厳しい。ここのところ冬里はどんどん進化しているようだ、以前自分で言っていたように。

 いや、シュウだって、もっと言えば夏樹だって、どんどん進化しているのだが。

 その夏樹の変化も驚くばかりで、ときおり目を見張ることすらある。

 ただ、真面目で自分に厳しいシュウは、自分の変化に気づいていないだけなのだろう。冬里に言わせれば、「ほーんとシュウってば、天然なんだから」と言う事になるか。


 もう一度ため息をついたシュウは、開店準備を始めるべく、店へと入って行った。



 バイクで巡るようになってから、2人はレトロの営業時間内に帰れるようになっている。近場なので当たり前と言えば当たり前だが。

 あの様子だと、今日はそれに輪をかけて早いかもしれないな。

 苦笑気味に微笑みつつ思ったシュウは、まず由利香に「冬里には帰国のこと、言いますね」とメールを送ったあとでオープンの準備を始めるのだった。

 そのあと、肩の荷が下りたことで気持ちが落ち着いたシュウだったが、やはりずいぶん早めに帰って来た冬里が彼を見た途端、少し怪訝そうに首をかしげた。

「あれ? 僕としたことが間違えたかな?」

 かなり小さな声だったが、冬里の言動に注意していたシュウにははっきりと聞こえていた。

 やはり正解でしたね。

 そして、そんな気持ちはおくびにも出さず料理を続け、カウンターの端に座るお客様に皿を差し出しながら言う。

「お待たせしました、今日は珍しい注文ですね」

 レトロの日にはだいたい来てくれる親方(坂ノ下さんの事です。その親方はというと、まだまだ現役で頑張っておられます。ただし現場は若い者に任せ、自分はもっぱら事務や営業仕事をこなす傍ら、これまでに弟子を何人も独り立ちさせるという手腕の持ち主なのです)

 その親方の本日の注文が、エビフライセットだったからだ。

 いつもはオムライスかナポリタンなのだが。

「お、美味そうだ! ああ、そうなんだよ。この間来たときにな、ちらっと見えたエビフライ食べてる客が、本当に幸せそうだったんでな。いちど頼んでやろうと思ってたんだ」

「それはありがとうございます」

 微笑むシュウに、ニカッと笑った親方はいそいそと箸をとる。


「エビフライ! 」

 レトロ『はるぶすと』の日に厨房に立ったことはあるが、エビフライは初めての夏樹が目を輝かせながら、失礼のない程度に皿をのぞき込む。

「うん? 朝倉くんか。エビフライなんかよく作るだろう?」

「え? あ、はい! けどですね、やっぱりシュウさんのエビフライは格別だなあ、と思って」

「おお、そうだよなあ。この色艶、揚げ具合、どれをとっても逸品だよなあ」

「はい!」

 シュウのエビフライはやはり逸品だったのだろう。親方は頬が落ちそうな笑みを見せつつ、それらをあっという間に平らげてしまった。

 だが、夏樹がなぜあんなに興味を示したのか。

 実はレトロの日の料理は、いつものランチとは少し違っている。お客様の中には、味の違いに気づき、でもこの雰囲気のせいだろうと思っている方もいるようだが、実際にはほんの少し変えてあるのだ。

 けれど、手を抜いていると言うわけではない、いや、それよりも手をかけていると言った方が良いか。昔ながらの喫茶店の洋食を今風に再現するために、シュウはあらゆる工夫を重ねているのだ。

 レシピは教えてもらったけれど、やはり実際に作ると微妙な違いに気づく夏樹。それこそが彼の進化の証なのだが、まだまだと思うところが夏樹たるところ。彼はシュウに追いつきたい。


 そして夏樹はやはり夏樹。

 どんなときでも、料理命! だ。

「シュウさん、お疲れ様です。今日はあんまり遠くへ行ってないので、俺そんなに疲れてないんす。なのでこれから厨房に入ってもいいっすか?」

「ああ、良いよ。今はお客様も少ないから、あと少し食材の下準備をしておこうか。いつもとは違うから、手順を見ておいて」

「はい!」

 嬉しそうな夏樹とそれを見やるシュウを見ながら、冬里は伸びをしつつ裏階段へ続くドアへと向かう。

「あーあ、やっぱり過保護。僕は運転して疲れたから、ちょっと休憩してくるね~」

「了解っす!」

 元気よく答えた夏樹は、微笑んで冬里に頷くシュウに「過保護ってなんすかね?」と不思議そうに言いつつも、嬉しそうにシュウの隣についた。




 その日の夜、夏樹が「おやすみなさい」を言って部屋へ引っ込んだ後に、シュウは冬里に種明かしをした。


「ふうん、そういうこと」

 しばらく考えるようにシュウを見ていた冬里が、今度は面白い事を見つけたように言う。

「でーもさ、ここにいない由利香の方が僕より怖かったんだよね、最初は」

「?」

「だって、耐えようと思ったんでしょ? 由利香のお許しが出るまで」

「ああ、そういう意味でね。いや、どうだろう。メールを見た時点で答えは出ていたかもしれない」

「それは僕? 由利香? どっち?」

「もちろん冬里に隠し通すのが無理だと言う事が、だよ」

「へえ。でも僕も偉くなったなあ。お姉様、いやもうおばさまか、に勝っちゃった」

 ソファに背を預けて楽しそうに言う冬里だったが、シュウは違うところに難色を示した。

「冬里、その呼び方は……」

「なーにかなー」

「由利香さんをわざと挑発しない」

「あーやっぱりシュウは、由利香の方が怖いんだねえ。年齢的に言えば、もうれっきとしたおばさまじゃない」

「ご機嫌を直していただくのに、かなり苦労するよね?」

「ああ、そっちか。でも椿がいるんだから任せておけばいいじゃない」

「それはそうだけど」

 と言いつつも納得していないシュウに、ふう、とわざとらしくため息などついて冬里が言った。

「はいはい、了解しました。なるべく刺激はしないようにするね」

 そう言ってニッコリ首をかしげる冬里を疑わしそうに見つつ、こちらは本当にため息をついてしまうシュウだった。




 それから程なくして、夏樹にも帰国の連絡が入る。

「シュウさん! 冬里! 聞いて下さいよ!」

「椿と由利香が帰ってくるんだよね」

「椿と由利香さんが……、って、ええー! なんで知ってるんすかあ!」

「そりゃあ僕たちにも連絡来てるの、当たり前じゃない」

「ああ、そうか、そうっすよね。でも、3年ぶりっすよお。ああ~楽しみだ~」

 シュウはいつものようにただ微笑むだけだったが。


 そのあと、予想通り夏樹が毎日のように「日にち早めたとか聞いてません?」「ああ、あと何日あるんだろう」「今日は何か連絡来ましたか?」と日に何度も言ったり聞いたりしてくるのだ。

 これにはシュウではなく冬里がちょっとおかんむりになって、夏樹が恐ろしい目に遭うのは、当然と言えば当然のこと、かな?





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