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第1話 あれから何年?


 もうすぐ結婚記念日がやってくる。


 え? 誰のって?

 もちろん、この物語の主人公である私よ! 失礼ね。

 それにもちろん、私だけじゃなくて、椿と私の、10回目の結婚記念日がもうすぐやってくるのだ。

 正確に言えば、結婚式を挙げていないから、婚姻届提出記念日? とかになるのかしら。まあそれはよしとして。



 3年ほど前に、私は椿と共に樫村さんの仕事を引き継ぐべくイギリスへと渡った。そこで出会った沢山の仲間たちと共に、今は充実した毎日を送っているの。

 あ、樫村さんは引退した後、本当に行方が知れなくなっちゃってビックリしてたんだけど、時たま変装? していきなりやってきたりするもんだから、またまたビックリよ。


 今日も仕事をこなしていると、おもむろに玄関が開いて誰かが入ってきた。そしていきなり言うのよ。

「どうだ調子は?」

 なになに? ちょっと失礼じゃない、とは思ったのだけど一応丁寧に問いかけてみる。

「えっと……どちらさま? ですか」

 全然見覚えがない、しかも本日この時間に来客の予定は入っていないはず……。

「仕事を教えてやった上司を忘れたのか」

 その人は可笑しそうに言うといったんうつむき、パッと顔を上げる。

「樫村さん!」

「ははは、さすがの由利香にも見破れないんなら、そこら辺を大手を振って歩けるな」

「もう! からかわないで下さいよお」

 なんとその人は、変装の名人? 樫村さんだった。

 そこでのやり取りに気づいた他のメンバーもわらわらと集まって来て、しばし和やかな……、とは行かないのが樫村さんよね。


「樫村さん! お久しぶりです、早速ご相談があるんですが!」

「私も私も」

「うおお、先を越されたあ」

 など、仕事のみではない、ちょっとした相談会が始まってしまう。

「なんだお前たち、相変わらずだなあ。そろそろ独り立ちしてくれよ」

 樫村さんは面白そうに言いながらも、そのすべてに丁寧な助言をして行くのだった。


「それにしても樫村さんは変わらないですねえ。出会った頃と全然」

「うん? そうかあ?」

「はい、俺なんて頭に白いものがチラホラしてきたって言うのに」

「ははあ、言われてみればそうかなって思う程度だけどな。けれどな、俺が変わらないのは変装の名人だからさ」

「え?」

「これも変装だ」

「いや、まさかあ~」

 時たま繰り広げられるこんなやり取りに、私はちょっと肩をすくめたりする。気になって椿に目をやると、あちらも仕事しながら苦笑いだ。

 ホント樫村さんってこういうときの誤魔化し方? が堂に入ってるわよね。

 さすが500歳!

 私はふと、今はまだ日本にいる彼らの事を考える。

 鞍馬くんはきっとあのポーカーフェイスで、樫村さんとはまた違う感じで簡単に誤魔化すのよね。

 夏樹は最初はあたふたするんだけど、お日さまみたいな明るさで笑いつつやり過ごしそうね。

 冬里は……、えーと、冬里は~。

 ま、そのままかな。

 と考えたところで。

「(ええ~? なんで僕だけそんな手抜きなの~?)」

 後ろから声が聞こえたみたいな気がして、思わずババッと振り向いてしまう。

「あら由利香、どうしたの」

「え? ううんなんでもない、ちょっと……」

 そう言って肩をブルッと震わせると、彼女が心配そうに言う。

「寒気? 風邪かしら」

「ううん! そんなんじゃないの、絶対に!」

「そう?」

 怪訝な顔で仕事に戻った彼女の後ろで、樫村さんが可笑しそうにしているのが目に入った。

 私はちょっと悔しかったので、目力で(なんですか? なにかありましたか?)と返して、余計に樫村さんを可笑しがらせていた。


 そのあとやってきた樫村さんは、なんでもないことのように彼らの話を始める。

「そう言えばこの間、『はるぶすと』に行ってきたぞ」

「え? ホントですか? 夏樹は元気でしたか?」

 すると、耳ざとく聞きつけた椿がやって来て様子を聞いている。

「お前たちはやっぱり仲のいい兄弟だな。……ああ、相変わらずのパワーだったぜ」

「そうですか。いいなあ。やっぱりテレビ電話じゃ伝わらないこともありますからねえ」

 そうなのだ。

 椿と夏樹は、ほぼ毎日のようにテレビ電話でやり取りしてるのよ。9時間の時差もなんのその。とは言え、たいていは椿が夏樹の仕事終わり時間に合わせてるんだけど。

 こっちは仕事中だから、仕事の合間にほんの数分だけね。けれどそのおかげで、私も彼らや『はるぶすと』の様子が結構わかるからありがたいわ。

 これでもまだ一応、『はるぶすと』のオーナーなんだから。


「だったら、お前たちも一度帰ったらどうだ?」

「え?」

「日本にだよ。もうどれくらい帰ってないんだ?」

「ああ、こっちへ来てからは一度も。なのでもう3年になるかな」

 椿が感慨深げに言う。

「そんなに昔だったなんて思わないわね。なんだか、ついこの間みたい」

 私は本当にそう思ったので、正直に言った。

 すると、

「ハハハ、まああいつらにとっちゃ、ほんとうについこの間、だろうな」

 可笑しそうに言う樫村さん。千年人が感じる時間経過の感覚ってわからないけど、千年のうちの3年かあ。

 やっぱり、ついこの間よね。

 私たちなんかより、ずっと。


「あ、そうだ」

「なになに? また何かとんでもないことを思いついた?」

 私がパンと手を合わせるようにして言うと、椿がそんな言い方をしてくる。

「ちょっと、椿」

 もう、椿ってば誰の影響かしら(と、ニーッコリ笑う誰かさんを思い浮かべる)

 私はいつだってとんでもないことなんか言わないわよ。

「ええと。もうすぐ結婚記念日よね、確か」

「えーと、ああ、そうだけど?」

 話が見えなかったのだろう椿は、頭上にクエスチョンマークを浮かべながらも答えてくれる。

「しかも、10年目よね!」

「ええと。……そうだな」


「由利香! 結婚10年目なの? おめでとう!」

「コングラチュレーション!」

「お祝いはどんな感じにするの?」

 すると2人の会話に仲間たちがまた加わってきて、しばし祝福ムード全開だ。

 それは嬉しいんだけど、肝心のことをまだ椿に言ってない。

「ありがとう、……ありがとう~、皆、嬉しいんだけどちょっと話を聞いて!」

 と声を張り上げ、手を大げさに広げると、パタリと声がやんだ。


 そこで後先も考えず、私は大々的に宣言したのだった。

「椿と私は、結婚10周年のお祝いに、日本に帰国することにします!」





「本当に由利香は思いついたら命がけだな」

 あのあと、今度は違う意味で大騒ぎになった。

 ――いつ行くの? 仕事のめどは? あなたたちがいない間の仕事配分も考えたの? 

 お土産はキョウトのお菓子がいいわ! あ、ずるい、私は扇子! 俺はねえ……――

「もう! 細々としたことは今から考えるの!」

 結局、最後は私の絶叫で収まったというわけ。



「からかわないで下さいよお」

 仕事が終わると、私と椿そして樫村さんの3人は、椿と2人で住んでいるアパートメントに帰ってきていた。ここは、一応両親が泊まりに来ることも考慮して、客用寝室があることを条件に探したものだ。

 ケータリングで夕食を済ませると、分担で後片付けを終えて、今はカクテルタイムだ。樫村さんは今日、うちにお泊まりしてくれることになっている。

 結婚記念日に日本に帰国することは、職場の仲間たちの協力により決定となった。ありがとうみんな。こういうときの臨機応変さや対応の早さは、さすが樫村さん仕込みって感じ。

 付け加えておくと、私だってその一員なので、ほかのメンバーが窮地に陥ったときは俄然張り切って色々請け負うわ!

 まあ今回は窮地じゃないけどね、テヘヘ。


「で? どうする?」

「どうする、とは?」

 樫村さんの質問に質問で答える私。そんな私を気にした様子もなく樫村さんは言った。

「あいつらに連絡しなくても良いのか? 特に夏樹」

「ああ……」

 椿と私は顔を見合わせる。と言うより、椿がため息をつく。

「きちんと日程が決まってからにします。……でないと」

「毎日のテレビ電話その他、が大変よねえ」

 椿が思わず苦笑いして頷いた。

 まだ何も決まっていない段階で夏樹に連絡なんかしようものなら、朝昼晩のメール攻撃とテレビ電話での「いつ来るんですか」攻撃よね。

「ははは、それもそうだ」

 樫村さんもはしゃぐ夏樹を想像したのか、可笑しそうに笑い出した。

「だったら俺も、そうだな、冬里風の言い方で、ないしょ、にしといてやるよ」

「ありがとうございます」

「日程が決まったら、まず真っ先に樫村さんに報告致します!」

 私はそう宣言して、樫村さんをまた可笑しがらせたのだった。


 とは言え、本当にいきなり押しかけると、『はるぶすと』のもう1人のオーナーが嫌~なお顔をしそうなので、鞍馬くんにだけは帰国のことをメールで知らせておいた。

 いくら実家? とは言え、3年ぶりなんですものね。色々用意もあるだろうし。

 え? 『はるぶすと』に泊まるのかって? 

 当たり前でしょ。ホテル代だって馬鹿にならないんだから。

 でもねえ、鞍馬くんは絶対に気取られないようにするから夏樹はいいとして、冬里にはうすうす感づかれるかもね。最近のあいつは、テレビ電話を通してもなんだかすごく色々読み取るのが上手になったような気がするから。


 まあそんなこんなは置いといて。

 3年ぶりに帰る日本、あまり変わってないとは思うけど、本当に楽しみな旅になりそうだ。





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