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分かれ道

物書きを目指しているわけではない。

ただ、自分の話を残したい。自分の気持ちを吐き出したい。始まりは、ただそれだけ。


Facebookはアカウントだけ作って久しい。他のSNSも流行りにのってアカウントだけいくつか作ったけれどもうパスワードもサイト名も覚えていない。言葉が上手くない私は自分であげることも、友達のアップした記事に何か気の利いた言葉を残したり、あるいは当たり障りのない言葉を返したりする事も出来なかった。

だからブログを始めた時、誰も私を知らない世界でひっそりと静かに始めたいと思った。「ブログ 初心者」で検索をしてサイトを見比べて、使いやすそうなサイトを適当に選んだ。始まりはそんな感じだった。

2020年3月17日

治療のおかげか花粉症が例年より楽に済んで久々の春満喫。マスクはまだまだ手放せないけれどまあ、夏にはきっとコロナも収まるでしょう。SARSに似ているらしいからのあの時みたいにきっとあと数ヶ月の我慢。会社はコロナのせいでと言うかおかげというか、出社禁止になった。折角なので今日は念願の近所の中華の平日ランチ。有給取るほどではないけれど引っ越してからずっと気になっていたお店。夜は一万超えるのにランチなら1000円を切る。いつまた来れるか分からないからちょっと贅沢にランチコースにしよう。小鉢に沢山の前菜が並んでとてもキレイ。メインのよだれどりは、ソースの甘辛具合がとっても美味しかった。家で再現出来る様にちょっとはしたないけど何度もタレを味見して舌に覚えさせる。このニオイはクローブ?何で代用しようかな。美味しい物を食べると自分で作ってみたくなる。そして舌が忘れない様に翌日に作って自己満足にひたる、私の外食の楽しみの一つ。夫には出勤禁止になったのはしばらく内緒にしておこう。交通時間往復2時間分、自分のために使おう。

2020年3月19日

緊急事態宣言が出るかも知れない。1週間前に出来たコロナ対策法もある。他国もロックダウンしたとのニュースが飛び交っている。実際前よりもコロナが少しずつ自分に近づいてくるのが分かる。友達の友達の家の近くにコロナになった人が出たんだとか。気をつけよう。でもどうやって?見えないのに、どこから来るのかも分からないのに。咳する人全てがコロナ感染者に見えてしまう。なのに自分は大丈夫と言う根拠のない確信がある。今ならまだここまではコロナも来てないだろうと、ランチはイタリアンにチャレンジする事にした。自転車で15分とちょっとかかって少し遠いけど今の季節ならサイクリングも清々しい。1人なので予約しなくてもすっと入れる。本日のピザ-菜の花とホタルイカのホワイトソースは最高だった。イタリアンと和食の組み合わせは日本ならでは。しかも食べきれない分は持ち帰りOK。明日の朝飯もゲット!

2020年3月23日

最近は会話もテレビもコロナの話ばかり。でもいくら話しても正体不明でどうしたら良いのか分からない。週末も人混み避けてどこへ行けるのか分からない。外だからディズニーはOK?でも絶叫する乗り物は室内だからだめ?喋らない美術館はあり?どれくらいコロナを気にしているか分からないから友達も誘えない。夫には出勤禁止になったのはまだ内緒。でも、今日彼が出勤しないでバーガーショップでパソコン繋いで仕事しているのを見つけてしまった。お互い内緒にしてるのね。心にあった罪悪感が同じく在宅を隠している夫に対しての黒い気持ちに変わる。勝手なものだ。

今日のランチはお蕎麦。季節のお蕎麦はふきのとう味噌をつ混ぜて食べるざる蕎麦。シンプルだけどスッとした香りと苦味がとても爽やか。自分では作れない一品。

2020年3月25日

早々にお互いの在宅を知ることになった。私がうっかり鍵を忘れて家に入れなくなってしまったのだ。もうすでに会社にいるべき時間にバッテリーを取りに帰宅すると鍵がないことに気づいた。何を血迷ったのがかとりあえずインターフォン押してみた。そしたら彼はまだ家に居てインターフォンに出た。カメラの死角に居たつもりだったが思ったよりも広角レンズで私が写ってしまったようだった。あれ、仕事どうしたの、というわけで在宅ワークになった事を話すと彼も先月からずっと在宅勤務だったのだと言った。今日からは正式に2人とも家で仕事になりそうだ。

でもランチの自由時間は別々。私は近所の定食屋へ。出汁の効いてるお味噌汁が絶品。具はウドと納豆、なかなか面白い組み合わせだった。

2020年4月7日

緊急事態宣言が発令された。突然街から人が消えた。公園も遊具がテープで囲われて使えなくなり、スーパーから品物が消えた。あっという間だった。話す相手は家族だけになり連絡が途絶えた。最もらしい外部情報はテレビとネットくらいになった。毎日の楽しみ、ランチが突然の打ち切りになったら自由時間がなくなってしまう。どうしよう。

2020年4月8日

夫と24時間2人でいる事になって2日。会話するべき事が何もない事に気づいた。ご飯何する?何か飲む?食べ物と天気の話、それから少し仕事の愚痴。これから毎日これだけしか話さない日々が続くのだろうか。仕事で電話会議するのが唯一の外部との会話、今までめんどくさいと思っていた時間が愛おしい。

2020年5月24日

2ヶ月近く新しい事は何もなかった。

今日は天気が良かったので久しぶりに自転車で少し遠い公園に出かけた。近所なのか遠くから来ているのかはわからないけど意外と沢山の子供連れが来ていた。遊ぶために出かけるのは久しぶり。家でみんな何していたのだろう。

公園の側に今まではテイクアウトしていなかったであろう、ちょっと高級なフレンチで持ち帰りをやっていた。ゆっくりと吟味して選び、公園のベンチでゆっくり味わった。まずはディルの香りがするアジのマリネから。疲れた体に清かな酸味が沁みる。いつからだろうか、好きな物は最初に食べる様になったのは。メインは鴨肉のコンフィ。柚子胡椒かな、シトラスの香りと爽やかな辛味がする。でもフレンチだから違うソースなのだろう。夫は牛ローストを、口いっぱいに頬張っている。いいランチだった。


帰り際、人にぶつかりそうになった夫に危ないっと引っ張って止めると、

「ふざけんな、馬鹿じゃないからぶつかんねぇよ!お前バカだろ」

突然の罵倒。ある意味突然ではない、もう何年も暴言は続いていた。コロナで悪化しただけだ。

「その言い方はないんじゃない。危ないのを知らせただけなのに。」

「それは頼んでない。」

「最近言葉が過ぎるよ。」

「仕方ないだろ、人として尊敬出来ない人間に敬意を払うなんてできない。」

人として?妻としてではなく、人として?どういう事?最後に繋がっていた何かが消えていくのを感じた。


思い返せばそんな兆候はつきあっている時からあったのだ。ただそれに目をつぶっていただけだった。彼は家族に対しては時間もお金もそして優しさも全て注ぎ込んでいた。家族になれば私もその中に入れるのではと期待した。いやただ願っていただけなのだ。結婚したって彼の中の家族にはなれない事は、頭ではちゃんと分かっていた。それでもわずかな希望に縋って受け入れてもらえるかもしれないと夢見てしまったのだ。そのツケが結婚して10年、お互いに限界まで溜まっていた。


それでもまだ少しどこかで彼を信じていたのかもしれない、公園での出来事を翌日にはごめんと言ってくるのではないかと思っていた。でも1週間経っても、1ヶ月経っても何も言わない。むしろ罵倒が増えただけだった。娘たちも馬鹿野郎、ふざけんなと口にするようになり目つきが鋭くなっていった。

もうみんな限界だった。上の娘はもう8歳になるが子供の頃から一度も彼の膝に自ら座った事はなかった。男の人が苦手ということではなかった。人懐っこくて小さい頃から親戚のおじさん達に自分から声をかけよく膝の上で本を読んでもらっていた。流石に今は膝に座るような年頃ではないけれど、今でもおじさんにトランプしてもらったり、おねだりして買い物に行ったりしている。それを実の父親とはした事がなかった。彼は仕事が忙しくて家に居なかった訳では決してない。彼自身は自分が子煩悩だと思っていたようだったし、彼の親戚もそう信じているようだった。自分が機嫌の良い時にお菓子を買い与え、テレビを見せて娘の写真を撮って家族に共有していた。それ以外はスマホばかり見て娘のことなんて見向きもしないのに。そう思うとキラキラしているSNSの世界は信じられないなと思う。写真だけならいくらでも撮って自分の信じる世界を作れるのだ。


公園での罵倒から2ヶ月が過ぎていた。私は着々とワンオペに向けての準備を進めていた。今年で下の子の保育園も終わり洗濯物の数はずいぶん減った。大きくなって量は増えたけど干す枚数が減ればその分助かる。仕事の合間に家政婦さんも何度かお願いした事があるので必要に応じて来て貰えば良い。生活にイメージが湧いてきた。幸い住んでいるこの家さえ貰えれば、子供2人育てていけるくらいの収入と蓄えがが私にはあった。あとは罵声の証拠集めをするだけだった。まずは何で残すか決めなくてはならなかった。画像?音声のみ?しっかり撮れて、機械を隠せるような素敵なインテリアはリビングには置いてなかった。とりあえず自分で持ち運んでも不自然ではない、録音用のペンから始める事にした。仕事中に何度か練習してみた。バッテリーが1〜2時間程度なのでタイムリーに録音する必要がある事がわかった。目の前で使うにはどれもそうなのか、安いからなのかスタートボタンを押す時固くてバレバレだった。しかもわずかだが機械音がする。少しガチャガチャしていないと気になってしまうのは、罪悪感があるからだろうか。手間取っているうちに彼に知られてしまいそうだったが練習の成果あって、何度か撮ることに成功した。しかし上手く撮れた時は大した暴言は言わなかった。今から暴言吐きます!って宣言してくれないかなーと訳のわからないことを考えた。もはや暴言に対する感覚は麻痺していた。ふざけんな、と叫ぶくらいは日常だった。


それは突然だった。ワンオペで子供を2人育てる準備が整うまでは、その理由となる証拠を集め終わるまでは1番やってはいけないこと、やってしまった。

きっかけはいつもの言葉だった「お前ってすごいネガティブだよな。否定ばっかり。1秒も話を聞きたくないよ。」

何か話をする度に最近は必ず言うフレーズだった。でもその時は、同じ話をつい先日友達としたばかりだった。2人でありえないよねって大笑いした話だった。楽しかったので彼にも同じを話したら先の返事が返ってきたのだった。いつものフレーズを言われた時いつもなら言葉を受け止め、反省して、もっと明るい話をしなくてはと思っていた。でも今回は違った。ハッと我に返ったと同時にとても冷静になった。私がネガティブなのではない、彼の捉え方がネガティブなのだと気がついた。

「アナタの捉え方が、暗いのよ。今の話はあり得ないような大失敗だったね、って笑う話だったのよ」

彼は激昂した。私はこれを恐れていたのだった、この何年もずっと。それに今気が付いた。怒らせないように、機嫌が悪くならない様に、ずっと怯えて暮らしていたのだ。自分のプライドから彼に怯えていると言う事実を認められなかった。そして時にその恐怖ゆえに彼の放つ子供への罵倒にも目をつぶっていたのかもしれないと、頭が意図的に消去した記憶がさーっと頭に蘇る。そのときの子供達の顔が記憶の中に引っかかる。顔つきが変わったのは私のせいでもあるのだと初めて自覚し呆然とした。


「別れましょう。このままでは家族がダメになる。子供達は言葉づかいが悪くなってきて、目つきも鋭くていつも攻撃的になってきてる。」

「オレがそうさせたって言うのかよ!なんでも人のせいにして!お前がネガティブだからだろう。それに俺はずっと別れたかったのにお前が引き留めたんだろう、いつも。」

「分かった、今回は止めない。私が出ていく?それともアナタが出ていく?」

「…」

急に勢いが止まった。私が別れるなんて本気で言うなんて思っていなかったのだろう。

「今すぐにじゃなくてもいいだろ」

「今2人で決めたでしょ、時間を置いても結論は変わらないから、どうする?でも、申し訳ないけどアナタ1人で子供達の面倒見れないでしょう。明日学校もあるしとりあえず私が残るのが現実的だと思うけど。私はどっちでもいいわ。幸い帰る実家もあるし、稼ぎもあるから子供達と3人でどうにかやっていける。」

「子供達はオレに付いていきたいかもしれないだろう」

「返ってきたら聞いてみましょう。でもとりあえず、今日どうする?こんな結論になって一緒に過ごすのは残念だけど私は無理。」

「じゃあ出ていく。こんなに頑張っているのにどうして俺は出て行かなくちゃならないんだ!大体家を出て行くところなんてない!コロナだし」

「じゃあ実家に帰れば。私ならそうする。」

「静岡は遠いし、急に行ったら迷惑だ」

「自分の親なんだからいつだって大丈夫よ。言えないなら私から連絡してあげる。別れる事になったから、すみませんがお宅の息子さんは家に帰りますって」

「しなくていい」

「遠慮しなくても大丈夫よ。すぐにメールするからちょっと待ってて。親はいつだって子供を受け入れてくれるわ」

「頼む、お願いだから連絡しないでくれ」

「安心して、迷惑なんかじゃないよ、絶対。娘がそうなったら夜中の2時でもドアを開けて待ってるわ、私。」

「本当にやめてくれ、頼むから」

「じゃあホテルでも取ったら?コロナでどこでも空いているわよ、きっと。」

「分かった、そうする。でも帰ってきてもいい?」

「え!?」

「なんでこんな事になったのかよく分からない。」

「…!!!別れたかったのでしょう、ずっと。今更何を言っているの?」

「急すぎて分からない、時間が欲しい」

「どうしたの、終わりにしたかったのでしょう、ずっと。」

「急すぎる」

「じゃあどれくらい時間がいるの?何に時間を使うの?」

「分からない。」

「じゃあいつまで経っても変わらないじゃない。やっぱり実家に帰ったら。長引きそうだし。」

「頼むからそれだけは辞めて欲しい。何をしたらいい?どうしたら戻ってきてもいい?」

「今終わりにしようって話をしてるのよ。どうやって戻るかの話じゃない。何でこういう話をしているのか分からないのであれば残念だけど、戻る事はないよ」

「オレが態度が悪いから?」

「自分で考えて。何でこうなったのかまず考えて。何がダメなのか。そしてみんなが笑顔で一緒に暮らしていけると思えたら帰ってきて。もう一度話しをしましょう」

「分かった。1週間考える」


そう言うと、いくつかの着替えと仕事用のパソコンだけを持って家を出て行った。あっけなかった。なんだか力が抜けてしまった。とりあえず、景気付けに秘蔵のワインを開けよう。今夜の夕飯は惣菜買ってきてのんびりしよう。久々に女3人でゲームをして盛り上がった。遊んでいる間子供達は一言も父親のことを聞かなかった。

寝る前に、今日はお父さん帰ってくるの?と下の子が聞いた。お仕事忙しくて、しばらく早く行って遅く帰るらしいから会えないかもね、と伝えるとそっか、と言って布団に潜り込んだ。何かを察知した様だった。

とりあえず朝からワンオペ生活が始まる。


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