「サラダバー!」それが彼の最期の言葉でした(大嘘)
「お、お父様っ!?」
「フハハハ! しかと撮らせてもらったぞ未来の勇者よ!」
「一体いつの間に入って……というか、どうやって入ってきたんだよ! オートロックだぞ!?」
「この俺にオートロックなど役に立つと思ったか? これだこれ、マスターキーで突破させてもらった。俺の権力を持ってすればこれくらい朝飯前さ。勇者の権力の凄さが身にしみてわかったろ? 師炉琴也よ」
師炉極はマスターキーカードをひらひらさせて、不法侵入したとは思えないほどさわやかに笑って見せた。
やっぱりやべーなこいつ。権力をもたせちゃいけない人筆頭だわ。三権分立だけじゃこの男の暴走は止められないのか……いや、つーか、
「誰がむすこだ誰が!」
「知らないのかい? 娘婿のことを娘の親はむすこと呼ぶのだ。家族が増えるよ!! やったね勇魚ちゃん!」
あ、そのことか……!
たしかに勇魚の気持ちは嬉しいけど、やっぱり結婚は早すぎる気がするんだよなぁ……。だってまだ高校生だし。ここはゆっくりと時間をかけてお互いを知りつつ愛を育むべきだし、それが常識かつ一般的だと思うんだけど、果たしてこの暴走強権男、師炉極にまともな理屈が通用するのか……。
「おやぁ? なんだいその顔は? まさか君は我が娘を弄ぶだけ弄んだ挙げ句、結婚せずに捨てるとかのたまってくれるんじゃないだろうねぇ?」
「えっ……そうなの? 能見くん……? 私、捨てられるの……?」
勇魚がヤンデレ目で俺を見つめる。こ、怖いよ勇魚ちゃん!
俺の身体に回した腕も、その細腕から想像付かないほど力が入ってるんですけど! 万力くらいキリキリ締めてきてるんですけど!
俺がガチムチマッチョだから良かったけど、一般ヒョロガリならそれだけで背骨が粉砕するかもしれないよ!?
たとえばグラだと『く』の字に折れ曲がりそう。でもあいつはメンヘラ好きだから、それで絶命と同時に絶頂してそうだから、それはそれでいいのか。
いや、グラのことなんかどうだっていい。今は勇魚のヤンデレモードを解除しないと! じゃないと俺が死ぬぅ!
「も、もちろんそんなことはないぞ! 俺は勇魚のことが大好きだし、真剣で清い交際ができたらって――」
「交際ぃ? 寝ぼけたこと言っちゃあいけないな、我がむすこよ。君はもう婚約しているんだよ。結婚秒読みなんだよ。その証拠がここにある」
師炉極は一見天使に見える悪魔の笑顔を浮かべ、一眼レフを軽くトントン指で叩いた。
「こいつにはホテルの一室でキスをする二人とその背後のベッドがバッチリ写ってる。意味、わかるよなぁ?」
絶句。
まさか娘のキス写真で脅しをかけてくるなんて……それが人の親のすることですかぁ!? テメェの血は何色だーッ!?
「お、お父様、それはどうかと思います……」
ほらほら、その肝心の娘が引いてるぞ? 愛する娘に言われちゃってるぞ? 人倫にもとるやり方を品行方正な美少女優等生の勇魚が認めると思ったか? 恥を知れ恥を。
第一、そんなやり方、今の俺と勇魚には全くの無意味なんだよ。
「師炉極、アンタは勘違いしてる。そんな写真で脅さなくたって、俺は勇魚を捨てたりなんかしない。だって俺は世界で一番勇魚のことが大好きなんだからな」
「能見くん……」
うっとりと潤んだ目で俺を見る勇魚。
あー、勇魚かわいすぎ! そんな目で見られたら法律を無視してでも今すぐ結婚したくなる!
俺は勇魚の手を取った。勇魚の目がそっと閉じられ、唇がツンと上がった。キス待ちだ。そんなんされたらもうどうにも止まらない。据え膳食わぬは男の恥というわけで、俺はそのぷっくりかわいい桜色の唇に自らの――
「おいおい君たち、いくら若くて青臭い性欲を持て余してるからってよく親の前で堂々とキスできるな~?」
その言葉に俺たちは磁石が反発するようにバッと離れた。
うおっ、あぶね! 忘れてた! 師炉極がすぐそこにいるんだった。しかもカメラ付きで。
勇魚が顔を真赤にして俯いた。多分、俺も同じ顔色だろ。顔が熱くて仕方がない。
しかし勇魚は照れてるときもかわいいなぁ。あー、マジ結婚したい。早すぎるけど結婚したい。なんか常識とかどうでもよくなってきたな。あーあ、今すぐ法律変わんねーかな?
「あとな、勘違いしてるのはそっちだぞ、我がむすこよ。俺は何も写真で君を脅すつもりなんてない。そんなこと一言も言ってないだろう?」
「ん? じゃあどうして写真を?」
「これは週刊誌に売るんだ。週刊文◯とか週刊新◯とかそっち系にね。あ、あ、間違ってくれるな? 小銭を稼ぎたいわけじゃないんだよ? これは君たち夫婦のためなのだ。ま、聞きたまえ。君たち夫婦は既に親公認だが、そうは言っても我がむすこは英雄の器、他人の旦那様でもおかまいなしなんて変な虫がつかぬとも限らん。つーわけで、できたてほやほやのこの生々しい写真と記事をばらまくことで虫たちにその気を起こさせないようにするわけだな。こんなに熱いキスを交わす二人に入り込む余地なんてないんだぞ、って世界中に知らしめてやるわけ。名付けて虫除けスプレー作戦! な? いいアイディアだろ?」
「ちょっと何言ってるかわかんない」
どこがいいアイディアだ。駄目だこいつ…早くなんとかしないと…週刊誌にキス写真を売るなんて直接脅されるよりタチが悪いわ! 仕方がない、このムキムキ筋肉に物を言わせてカメラごとデータを奪取するしかないな。
「お? その目はこの私の大事なニコンの一眼レフごと大事な画像データを奪取するつもりだな!? ならば三十六計逃げるに如かず! そうはさせぬぞアディオスアミーゴ!」
師炉極は突然、くるりと踵を返して脱兎のごとく部屋を飛び出していった。
チッ、感づかれたか。さすがは英雄逃げ足も早い。とても四十過ぎとは思えない身のこなしは凄いを通り越してキモチ悪くて呆れるばかりだが呆れてばかりもいられない。今すぐあの盗撮野郎をとっちめないとキス写真が世の中に出回ってしまう。
もしそんなことになった日にゃ恥ずかしくって近所すら歩けないよ。グラを筆頭にクラスの皆にもめちゃくちゃイジられるだろうし、良いことなんて一つもない。
「俺、捕まえてくるわ」
「うん、お願い。ごめんね、父がバカで」
父、師炉極に心底呆れ、すごく申し訳無さそうに言う勇魚に俺は心から同情した。
わかる、わかるぞ勇魚、変な親父を持つと苦労するよな。こっちの両親も及ばずとも似たようなタイプだからよーくわかるぞその気持ち。
でも安心してくれ、ゆくゆくはその重荷の半分を俺が一緒に背負ってやれる。結婚ってそういうことだろ……てことは師炉極が義父になるのか……で、こっちの両親が勇魚の義両親になるわけで……あれ? 別に重荷軽くなってなくね……?
そ、それでも愛があればなんとかなるよな……うん、今は深く考えないでおこう。
俺は苦笑いとサムズアップを勇魚に返し、英雄改めパパラッチ師炉極の後を追った。ホテル内でいい歳をした中年との鬼ごっこが始まる。高校生にもなってホテル内で鬼ごっこなんて俺恥ずかしいよ……。
「追ってきたか! さすがはマッチョくん、いい反応だな! それでこそ英雄の器だ!」
「そー言うアンタは全然英雄らしくないよな!? 盗撮なんてまともな大人の、ましてや国を代表するようなご立派な人のやることじゃないぞ!!」
「違う、違うぞむすこよ! 英雄たるものちっちゃなことに拘るな! 正義のために小悪をなすことを恐れないのが英雄なのだ!」
「盗撮のどこが正義だ!! そんな低俗週刊誌みたいなバカな理屈こねくりまわしてないでさっさとカメラを渡せ!!」
「ぬおおっ!? さすが速い! さすがマッチョ速い! くぅっ、かくなる上は……!!!」
師炉極は突き当りを曲がると階段を上に登っていく。その後を追いかけていくと屋上へ出た。屋上はこじんまりとしたテラスなっていて、師炉極が逃げられそうな通路や階段はない。
「追い詰めたぞ……いよいよ年貢の収めどきだな!」
俺は手をボキボキ鳴らしながら師炉極へとゆっくり近づいていった。さぁ~て、どうお仕置きしてやろうかな? ドクロベエ様スタイルがいいか? それとも花京院典明スタイルでやったろうか?
一瞬、師炉極は焦った表情を浮かべたが、
「フッ……く、ククク……はっ、ハハハ! アッハハハハハハ……!!!」
その直後、突如哄笑。
「な、なにがおかしいっ!?」
「追い詰めただって? フハハハハハ!! 俺は最初からここを目指していたのだよ! こここそが我が逃走経路だ!!!」
「なにぃっ!?」
「そいやっ!」
師炉極はなんと屋上を囲う柵を軽やかに登り始めた。
こいつ、転落防止用柵を乗り越えてどうするつもりだ……その先は行き止まりだぞ? マンションの周りには飛び移れるような建物もなければ、屋上から地面まで軽く見積もっても二十メートルはあるが……いや、まさか……さすがにそんなことはないよな……いくらなんでもアニメやゲームやマンガじゃあるまいし、ここから……なんてことをいい歳した中年がするわけが……、
「嘘だろ……おい、まさか紐なしバンジーするわけじゃ――」
「そのまさかだよ……!」
柵の向こう側に降りた師炉極は不敵な笑みをこちらに向け、すぐに背を向けると、
「さらだばー! 明智くん!!」
叫ぶと、師炉極は屋上から飛び立った。
柵の向こうの師炉極の姿が、ビルの下へと一瞬にして消える。
や、やった……ッッ!!
た、たかだか盗撮写真くらいでホテルの屋上から身を投げるなんてこいつ正気か!? イカレ過ぎてる。
いやまぁ、たしかに元々イカレてた人だけど、まさかそんな自暴自棄をするなんて……俺、勇魚に合わせる顔がないよ……い、いや、そんなわけない。あの英雄師炉極がそんな文字通りの自殺行為をするわけがない。
そうだあのセリフ、さらばだ明智くん(師炉極はサラダバーって言ってるけど)は怪人二十面相お得意の逃げ口上。ということは怪人二十面相よろしく気球とか使って無事脱出という手筈か!? または怪盗キッドみたいにハンググライダーか!? もしくは俺の想像もつかないようなあっと驚く奇想天外な手段があったり……!?
ありうるな……いや、間違いなくそうだろう。なんたってあの師炉極だからな。さすがは稀代の英雄、筋肉だけのマッチョ若造を出し抜くなど朝飯前ってわけか。
やられたよ、完敗だ。なんて鮮やかな手口なんだろう。ここまでやられたらもう負けを認めるしかない。ふーっ、悔しいけどなんだか爽やかな気分だ。なんだかんだ言ったけど、久しぶりに憧れてた人のかっこいいところが見られて俺、今ちょっぴり嬉しくすらあるもんね。
そういえば、さらばだー(本人はサラダバーって言ってるが)なんて叫びながら飛ぶシーンをどこかで見たことがある気がする。あ、そうそう北斗の拳だ。北斗の拳のシンがたしかそんな死に方を――
グシャボキベキグキバキメキョキョ!!!!
「えっ」
不意に何やら物騒な音が辺りに響き渡った。
面白いと思った方、ブクマ、評価お願いします! モチベに繋がりますので!




