勇魚と物理的に急接近! 感動のフィナーレはすぐそこに!?
「あ……!」
生勇魚だ。
やっぱ生は違う。かわいすぎる。
スマホの画面で見るより圧倒的にふつくしい。
ちょっと憂いを帯びた硬い表情をしているけど、それもまたグッド!
美人ってどんな表情でもいついかなるときでもかわいいからズルいよな。
『私、師炉勇魚は能見琴也くんと婚約しております……!』
さっきの勇魚のセリフが蘇る。
えっ、マジ?
俺、こんなかわいい子と婚約してるの?
婚約してるってことは結婚できるってことだよね?
小泉進次郎的にはそういうことだよね?
勇魚と結婚、つまりそれは俺が勇魚の旦那様になって勇魚は俺の妻になるということ。二人で一つの家庭を持ち、病めるときも健やかなるときも互いに愛し慈しみ敬うということ。
リンゴーン、と教会の鐘の音が聞こえてきそうだった。本番は神前の可能性もあるがこの際は妄想の赴くままに俺は脳内シミュレートを続けさせてもらうのでご了承を。
結婚といえば純白純潔のウェディングドレス。それを身に纏った勇魚の姿が鮮明に頭に浮かぶ。マンガ、ラノベ、ゲームで培ってきた妄想力の為せる業。
おいおいおい、勇魚とウェディングドレスの組み合わせはやべーよ。絶対に綺麗に決まってるじゃん。タルタルソースとエビフライくらい完璧な組み合わせじゃないかしらん?
実際に見たらきっと息を呑むどころか息が止まりそうなほど美しくてかわいいんだろうなぁ。そんで、俺たちはバイト神父の前で使い古された誓いのテンプレートを型通りに交わしあったあと、ついにお約束のご褒美タイム、すなわち接吻……長く甘い口づけをかわす二人……これぞ究極のオリジナルラヴ……!
くおおっ、ただの暴走妄想なのに頭がフットーしそうだよぉっっ!
落ち着けハマーD! もとい俺!
うろたえるんじゃあない! キスはあくまでも前座に過ぎないんだぞ!
そう、結婚式を終えればついにあの夜を迎えることになる。
結婚初夜だ。ファーストナイト。始まりの儀である。
結婚初夜が本当に初めてだなんてありえないって?
バージンロードは名ばかりで処女はいないって?
一般的にはたしかにその通りだろう。
だが、それはあくまでも一般的なお話。
うちの勇魚ちゃんは違うぜ?
なんたってあんなにピュアピュアなんだからな?
えっ? 勇魚のどこがピュアかって?
いや、見たまんまそのまんまじゃないか。
勇魚はピュアの化身さ。
ピュアのアバター、ピュアバター勇魚さ。
ピュアバター勇魚って美味しそうな響きだよね。
ま、そんなわけで俺たちはこの夜、晴れて身も心も戸籍も結ばれることになるだろう……ああ、素晴らしき哉、人生!
そういえば、俺がまだ小学生の頃、好きな映画で作文を書く授業があり、俺は映画『のび太の結婚前夜』を『のび太の結婚初夜』と書き間違え、それをしかも担任のアホ教師が面白おかしく皆の前で晒すという辱めにあったことをふと思い出した。
ああっ、今思い出しても恥ずかしいっ!
なんだよ『のび太の結婚初夜』って!
そんなのあるわけないだろ!
ドラえもんにR18は食い合わせが悪いよ!
同人誌でもレアジャンルだろ!
当時の友達と会ったら未だにこの話でからかわれるのがつらたにえん。つらたにえんって古いね。今どき流行ってないよ。ま、本作は古いパロディとギャグに溢れてるので今更か。
いや、でもそもそもややこしいタイトルを付けてるドラえもんも悪いね。『あんなコといいな、できたらいいな』とかOPで言ってるのもどうかと思う。まだ幼く素直な少年に毎回聞かせられたら頭に刷り込まれちゃうって。
その上しずちゃんはしょっちゅう風呂に入って惜しげもなくその肢体を視聴者に見せびらかしてくるし。もう洗脳でしょ。これ有害図書でしょ。PTAはもっと怒ってもいいんじゃない?
あやっぱダメ。ドラえもんまで規制されたら俺の好きなアニメもラノベもゲームも全アウトだわ。
表現規制反対!
表現の自由を守れ!
この世界をレイ・ブラッドベリの小説みたいな世界にするな!
ユートピア作ろうとするとほとんどディストピアが出来上がるって相場が決まってるんだから!
ところでユートピアを目指すほどディストピアに近づくのなぁぜなぁぜ?
「能見くん? どうしたの? ぼけーっとして」
気がつくと勇魚が憂いの面持ちはそのままに、不思議そうな目をしていた。
「えっ、あ、ああ。いやぁ、なんでもないよ。あははは……」
まさかキミとの結婚を妄想してキマっちゃってたなんて正直に言えない。
「入れてもらえると嬉しいのだけど……」
「お、おおう、オッケーオッケー、どうぞどうぞ!」
たしかにホテルのドア前で立ち話も無いだろう。デリヘルをキャンセルするんじゃあるまいし……あ、もちろん俺は高校生だからデリヘルなんて頼んだことないよ? 高校生なんだから頼めるわけもないですしおすし。マンガとかの知識で知ってるだけさ。近頃のサブカルチャーはなんでもアリなんだよ? マジで。
「あ……見てたんだ……」
部屋に入るなり、勇魚はベッド上に放置されたスマホを見て言った。スマホからは『師炉ばんざい! 師炉ばんざい!』の唱和が聞こえてくる。まだ師炉極ワンマンショーが続いているらしい。いつの間にやら新興宗教の様相を呈し始めてる。カリスマもここまできたか。頼むから事件だけは起こしてくれるなよ。
「う、うん、今見てた」
フツーに言ったつもりなのになぜか声が震えた。あれ、俺緊張してる?
そういえばホテルの一室で女の子と二人きりなんて高校生にあるまじき凄いシチュエーションだ。
その上相手は学校一の美少女ときたら緊張しないほうが無理な話。まるでラブコメみたい、いや、まんまラブコメそのものの状況だ。これがラブコメならきっとこの先ギリギリでエロエロな展開が起こるんでしょうな。数々のマンガ、アニメ、ラノベで履修済みの俺にはわかる。
でもあくまでもこれは現実。
現実はマンガでもアニメでもラノベでもない。
そーゆーのはダンジョンだけのお話です。
それに勇魚は美少女だけど、その辺の顔だけのちゃらんぽらんなのとは違っってちゃんとしっかりした美少女優等生だ。優等生でしっかり者でクラスでも頼れる秀才がそんな展開を起こすわけがない。そこんとこ、ちゃーんと俺はわきまえてるよ。伊達にマッチョじゃないんでね。
たとえばあの勇魚が俺の胸元に飛び込んでくるなんてことは絶対に――
「能見くん……!!」
絶対にない、と思った瞬間だった、勇魚が俺の胸の中に飛び込んできたのは。
「い、い、勇魚……!?」
【速報】ラブコメ展開、唐突に始まる。
勇魚の小さな身体 が俺のマッチョボディにぴったりとくっつく。華奢に見える細腕なのに俺の背を抱きしめる力が恐ろしく強い。まるで二人の間に一分の隙間も許さないかのように。
な、なんだこの展開!?
本作はラブコメだったのか!?
マッチョが美少女優等生とイチャイチャするラブコメ、そういうのもアリなのか!?
ど、ど、ど、どどどどうしよう……!?
数々のラブコメを履修してきた俺だが、いざとなるとパニックパニックパニック全俺が慌ててる。
頭は真っ白だしヤバいくらい顔が熱い。いや、顔だけじゃない。どことは言わないが身体の一部がホットホット! 心臓も16ビートドコドコ刻みはじめた。喉もさっきコーラ飲んだのにもうカラカラ!
嬉し恥ずかし緊張感マックスなこの急展開は今まで恋愛したことのない年齢=童貞にはちょっちハードルが高すぎる。
そうだ、こんなときは素数を数えるんだってプッチ神父が言ってた。
えーっと………………素数ってなんだっけ?
やべぇ、素数すら出てこない!
素数の意味すらわからなくなってる!
それもこれも勇魚のせいだ!
だって勇魚の身体が柔らかいし、いい香りがふわぁ~って漂ってくるし、温もりが直に伝わってくるしでもう俺の全神経細胞が弛緩して麻痺状態。下手したら呼吸すら止まって死にかねない。この場合死因ってどうなるの? エロい人おしえて。
「ごめんね……」
勇魚は俺の身体に顔を埋めながら消え入りそうな声で言った。
「な、なにが……?」
素数すらわからないほど脳をヤられた俺に唐突な謝罪の意味がわかるはずもない。
「記者会見で勝手なこと言って……困るよね、嫌だったよね、怒ってるよね、あんな自分勝手なこと言ったら嫌いになるよね……」
ん? 全然嫌いになんてなってないんですが。むしろ舞い上がって有頂天状態でそんなこと思う余地すらなかった。
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