勇魚の婚約宣言
なので当然、記者会見で師炉極が言ったような婚約の事実はないし、そもそも恋愛関係なのかどうかすら怪しい。だからこそバカ親の奇行に勇魚はあーやって頭を抱えているんだろう。
「お、お父様! 突然何を仰るのですか!?」
勇魚はバッと立ち上がり、正面きって父を睨みつけた。目を吊り上げ、プンスカプンと怒っている勇魚もやはりかわいい。凛とした眼差し、キュッと結ばれた唇がなんとも言えませんなぁ。
結論、ボンカレーがどう作っても美味いのと同じく、勇魚はどうしたってかわいいのだ。
こんな娘と結婚できるんならそれに勝る幸せなんてないんじゃないでしょうか? 勇魚が怒っているところ申し訳ないが、不謹慎にもそんなことを考えてしまう俺がいる。
「フッ……」
そんな愛娘の眼差しを真っ向に受けても、師炉極は気圧されることなく、むしろ慈愛に満ちた優しい眼差しで勇魚に微笑みかけた。
「勇魚ちゃん、本当にそれでいいのかい?」
どういう意味だ? 勇魚も俺と同じことを思ったのだろう、怒り顔からキョトンとした表情に変わった。
「能見琴也はやがて英雄となる男だ。それもごく近いうちにね。英雄がモテるってのはパパを見てたらよくわかるだろ? 俺には小百合子ちゃんという最愛の妻がいると声を大にして公言しているにも関わらず言い寄ってくる女の子が今も絶えないんだぞ? もう四十過ぎのおっさんなのにね。それがまだ若くムキムキマッチョの童貞ヅラだとどうだ? 肉食系女の格好の餌食じゃないか。クラスメイトなんて関係性に甘えていたらトンビがパンを盗むように横からかっさらわれちゃうぞ? 親の贔屓目抜きにしても勇魚ちゃんは誰にも劣らない人類史上最強のかわゆ~い美少女だとパパは思うけどね、悲しいかな、男の方に見る目があるとも限らない。特にあーゆー童貞野郎はね、糸の無い凧みたいにすぐあっちにこっちにフーラフラ。だったら、そうなる前に唾を……じゃなかった、糸を付けてやったらいいと思わないか? 縦の糸はあなた横の糸は私ってな具合にね。俺が勇魚ちゃんならそうする。勇魚ちゃんにはそれだけの器量があるわけだし」
「私があなたにしてあげたように?」
横から参甲小百合子がいたずらっぽく口を挟んだ。
「何言ってんだ、僕が小百合子ちゃんに糸を付けたんだよ。君は美しくて、たくさんの野郎どもから言い寄られて蚊柱みたいになってたからね」
「あら、あなたなんか今もそうじゃない? パーティのたびに厚顔無恥なメス猫どもが盛りに盛ってるように見えるんだけど?」
「でも僕はなびいてないよ。不動の姿勢でちゃんと誠意をもって丁重にお断りするから彼女らも納得してあっさり引き下がってくれる」
「それは私が裏で糸を引いているから。ちゃんと紐付きだって、あの子たちに私がしっかり教えてあげてるの」
「へぇ、それはどんな色の糸? 多分燃えるような色なんだろうね」
「もちろん血のように赤い糸。あなたの心と同じ色」
「俺の心は君の唇色に染められたんだよ……」
二人は引き寄せられるようにひしと抱き合った。眩いフラッシュに包まれ、絡み合う二人がキラキラ光る。
ってなんじゃこりゃ。記者会見が安いメロドラマに早変わり。このバカップルめ。いい年こいていい年頃の娘の前でよくそんなことができるな。見てるこっちが恥ずかしいよ。
ちゅーか『イイ男には今のうちに唾を付けとけ』なんてアドバイスするって親としてどうなの?
そんな不純で不埒なことを娘にさせようなんて本当にけしからんヤツだな。この頭のイッちゃってるご両親は互いに唾を付けあって結ばれたのかもしれないし、それが二人にとっては素晴らしい思い出なのかもしれない。
だけどあいにくなことに勇魚はピュアにして清楚。そんでもってどうしてこんな両親から生まれてきたのか不思議なほど気立ての良くて素晴らしい女性だ。そんな策略は世間ずれして打算的になった婚活中おばはんに任せとけ。
勇魚、ここは親相手だからって遠慮せずガツンとハッキリ言ってやれ。俺たちはどこに出しても恥ずかしくないプラトニックな関係だって。そう、二人は手を取り合っただけで恥じらうようなピュアピュアな間柄、結婚なんて早すぎるし、そもそも物事には順序ってのが……、
「私、師炉勇魚は能見琴也くんと婚約しております……!」
勇魚が満面の笑みで高らかに宣言した。
そうそう、俺と勇魚はプラトニックな関係だから既に婚約……、
って、えぇッーーー!!??
何を仰る勇魚さん!?
まさか師炉極の口車に乗ったんじゃないだろな!?
でも、堂々と嘘婚約発表する勇魚もやっぱりかわいい……いかん、情緒がおかしくなってきた。なんとなく軽い目眩もするような。昨日疲れ果てて爆睡し目覚めた直後にこの記者会見はちょっと重い。胃とか頭にクる感じ。ステーキとかラーメンとか天ぷらをミキサーにかけて口からブチ込んだような、そんなゲロゲロなヘビーさ。
起きぬけなのに僕もう疲れちゃったよパトラッシュ。天使がお迎えに来たらそのまま連れてかれちゃいそう。でも俺マッチョだから天使もマッチョじゃないと厳しいぜ? そこんとこ神様はわかってるかい?
勇魚の婚約発言があまりにも勇魚らしくなくて不可解過ぎて、ついつい思考もあさっての方に飛びガチ。
と、そんなとき、
コンコン。
ノックの音がした。
誰だこんなときに? こっちは今した覚えのない婚約話で激しく脳みそが混乱して忙しいどころの話じゃないんだけど?
とは思いつつも、
「はいはい、今開けますよー」
部屋のドアを開けると、
「能見くん……」
つい今しがたスマホの画面に映っていたあのかわいらしい顔がそこにいた。
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