師炉極の引退記者会見。そこで明かされる勇者を継ぐ者の名は……えっ、俺!?
『師炉極緊急記者会見 ~嗚呼、生ける伝説よ永遠に~』
というタイトルの動画が出てきた。タイトル文字だけのサムネイルの下に小さい文字で『三分前に配信』とある。親父の言ってたのは多分これだ。
早速、タップして動画を開く。既に配信が終わっているので適当にシークバーを動かして見たい部分を探す。シークバーの上部に視聴回数の多い部分が山なりの折れ線グラフで表示されているので、いわゆる山場がわかりやすくて助かる。特にピークの高いところを順に見ていくとしよう。どれどれ、最初の山場はと……。
「私、師炉極は今日この日をもって、ダンジョン攻略の第一線から引退します」
神妙な顔をして師炉極が言うと、会見会場にどよめきが起こった。無数のまばゆいフラッシュが神妙面の師炉極目掛けてたかれる。
正直なとこ、驚きはない。引退話はダンジョンで本人から聞いていたし、動画のタイトルからもなんとなく察しがつくし。
でも、ほんの少しだけど寂しさはある。引退、か……。
物心ついた時から既に第一線級でバリバリ活躍していて、俺も含めて世界中の少年少女の憧れの象徴たる偉大な冒険者師炉極の引退は、やっぱり心にクるものがある。
たとえそれが俺に巨額の詐欺的行為を働いた男であっても……って待て! そうだった! こいつ俺に百億も借金を負わせた大悪党だったわ!
ヤツの神妙な表情と引退の言葉についうっかりヤツのこれまでの悪行を忘れかけてしまってた!
危ない危ない、いくら引退するからといって犯罪者に油断や同情は禁物だ。そのこと、ちゃんと心に戒めておかないとな。
とりあえず引退話は一先ず置いとこう。俺はシークバーを動かして、次のピークを見てみる。
「えー、色々と述べましたが、実はそれらは引退の大きな理由ではありません。一番の理由はまた別にあります。私がこれまで引退できなかった最大の理由としましては後継者の不在です。超一流にして超絶イケメン、世界最強かつ最高峰冒険者であるこの私、師炉極に比肩する優秀な人材が出てこなかったために、私はこの歳まで第一線を張り続けなければならなかったのです。まぁ、世紀の天才と言われたこの私に並ぶ人物など、そう簡単に見つかるわけないのは当然といえば当然のことでありますが」
相変わらず不遜な物言いだけど、事実その通りなのだから反論できない。無理に反論したところで嫉妬と見られるだけだ。だが天才が自らの天才性をひけらかすのも嫌味であることもまた事実。本当に師炉極ってイヤ~なヤツ。でもそこにシビれて憧れた時代が俺にもありました。黒歴史です。
「ということはついに師炉極の後継者が現れたということですね?」
記者の言葉に師炉極が爽やかな笑みで頷いた。
ほほー、ついに後継者が現れたのか。師炉極を継ぐ次世代の勇者ってどんな人だろ。すげー興味ある。誰だろう? いくつか有名なダンジョン冒険家の名前が頭に浮かんできたが、誰が後継に就任するかはさっぱり予想がつかない。
おそらくその答えはもうすぐわかるはず。動画の長さ的にも会見中に後継者の発表かお披露目は間違いないだろう。なんだか借金を忘れて楽しくなってきたなぁ。
「はい、ついに素晴らしい逸材が現れてくれました。この場を借りて皆様にご紹介しましょう……出ろぉぉぉぉモニタァアアーーーーァァ!!!」
師炉極は指をパッチンして高らかに叫ぶと、天井からスーッと巨大モニターが降りてきた。シャイニングガンダム呼び出すときのドモン・カッシュくらいのテンションなのに、モニターが静かにゆっくりと降りてくるのがシュールすぎる。降りきったモニターの真っ暗な画面がパッと点いた。すると、
「ぉわっ……ッ!?」
喉から思わず変な声が出た。なんとモニターにはデカデカと俺の全身画像。しかも何故か全裸だ。いつこんな写真撮ったんだろう? 全く見に覚えがない。
つーか人の全裸を全国放送+ネット配信って正気か? これ訴えたら勝てるよね?
いや、そんなことよりここで俺の画像ってことは……後継者って俺!?
あ、たしかにダンジョンでそんなこと言ってた気がするけど、あれってマジで言ってたのか……!
「彼の名は師炉琴也。新時代のニューヒーロー、人類を勝利へ導く真の救世主です!」
めちゃめちゃテンション高く、かっちょいい美辞麗句を並べて紹介してくれたのはありがたいけれど、会場のテンションは師炉極のノリノリな口上とは真逆にイヤ~な感じでざわついていた。
「え、誰あれ?」
「まだ学生に見えるが冒険者なのか?」
「というかなぜに全裸?」
「筋肉のイカつさと顔面の幼さがアンバランスでキモい」
「ターミネーターで草」
「強そうだけど、古いタイプの強さだよね」
「今どきマッチョって流行んねー」
「ちゅーか誰なんだよこの筋肉ダルマは」
うん、会場の人たちの気持ちは俺にもよくわかる。
だって普通は世間に名の知れた有名な冒険家を予想するところだもんな。そこへわけのわからん筋肉ムキムキのゴリゴリマッチョマンだもんな。俺だって当事者じゃなかったら「は? なにこいつ? 誰だよ? ボディビルダー?」って言ってるもんな絶対。
つか今、師炉琴也って言わなかったか?
記者会見で緊張してたのかな?
それとも俺の聞き間違い?
「あの、そのボディビルダーの方が後継者なのですか……?」
こわごわと聞く記者に、師炉極は満面の笑みで頷いた。
「彼、師炉琴也はボディビルダーでもハリウッドスターでもT-800でもありません。彼は一言で言うなれば最強の冒険者です」
「最強ということですが、この筋肉男は本当にあなたに並ぶ実力の持ち主なのでしょうか?」
「いいえ、彼は齢わずか十六にしてその実力は既に私を凌駕しています」
師炉極の言葉に一層どよめきが大きくなった。いや、めっちゃ持ち上げてくるやんけ。
たしかに俺は師炉極でさえ歯が立たなかったメスガキを倒したけれど、実績という点では幾多の冒険を繰り広げ幾度もボスを斬り伏せてきた師炉極には及ばない。なのにこんなに持ち上げられていいんだろうか?
俺自身師炉極を越えた自覚がないだけに、あんまりヨイショされても素直に喜べないというかなんだかむず痒いというか、そわそわするというか……。
「つまり我が国最強の冒険者は師炉極ではなく、そのマッチョマンなのでしょうか……?」
「彼は我が国最強ではありません……世界最強です!」
会場がどよめく。
えぇ……俺って世界最強だったの……!?
自信満々に堂々と爽やかな面構えで高らかに宣言されても困りますよ師炉極さん。正直引くわー。
だってそうでしょ? たしかに俺はSSS級とかいうインフレボスを倒しはしたけど、それでもたった一回ダンジョンをクリアしただけ。そんなんで世界最強とか言われても俺自身全然納得できないし、実感もない。むしろイジられてるような気がして良い気がしない。
会場の人たちだってこんなどこの馬の骨とも知れない筋肉マッチョマンが世界最強だとか言われても信じるわけないに決まってる。なのに師炉極ときたら好き勝手言ってくれちゃって……あぁ、なんかもうこっちが恥ずかしくなってきたよ……。
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