寝て起きたら借金はあるわ結婚話が持ち上がってるわでもうめちゃくちゃです。
目が覚めた。
「うぅ~ん……」
ガバッ、と起きてノビをする。気持ちがいい。カーテンを開けると外はまだ暗かった。あら、結構寝た気がしたんだけどなぁ。ま、いいか。頭はスッキリだが昨日の疲れが多少身体のそこかしこに残ってるけど、それも気になるほどじゃない。
しっかしよく寝たなぁ。寝すぎてしまったかもしれません。
えぇと、たしか昨夜は早めの夕食をとってすぐに風呂入って『ヨーツーベ』でテキトーに動画見ながら歯を磨いてすぐベッドにだったから……多分午後八時には寝たと思う。
さて、ベッド備え付けのデジタル時計を見ると現在時刻は16:55分……えっ、に、二十一時間弱寝てる!? もちろん俺の睡眠の最長記録を大幅更新だ。よっぽど疲れてたんだな俺。
無理もないよな。昨日は初めてのダンジョン攻略なのに、いきなりSSS級とかいうインフレボスと戦わされて、なんとか死闘の末に倒してクリアしたけど何故かその後、公衆の面前で全裸を晒す羽目になってタイーホされて即連行からの即釈放という激動の一日だったからなぁ。さもありなんて感じ。
いや、ホントマジで疲れたよ。そりゃ約一日泥のように眠るよね。
ふと思い出した。
そういえば昨日メスガキが落としたアイテムを確認してなかったな。ドロップアイテムのランクは倒したモンスターのランクに比例するから、ダンジョンのボスでSSS級モンスターのドロップ品なんてそりゃあもう素晴らしいものに決まってる。いやぁ、非常に楽しみであります。どれどれ、早速確認してみましょう。
あとついでにステータスも見ておこう。貰える経験値もやっぱりランクに比例するから、きっとレベルもステも爆上げでしょう。ひょっとしたら新スキルも習得したかもしれない。ダンジョンクリア後はお楽しみがいっぱいさ。
わくわくしながら<デバイス>を開くと、画面上部に『!』マークの重要通知が表示された。
なんじゃろな? と思いつつ『!』マークをタップ。
すると、凄い桁の数字が表示された。
なんじゃこりゃ?
よく見れば明細って書いてあるけど、全く身に覚えがない。えぇーと……、
「いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、じゅうまん、ひゃくまん、せんまん……お、おく……! じゅうおく……ひゃ、ひゃ、ひゃ、ひゃくおく……!?」
¥10,000,000,000 とある。
『太陽の刀』の代金を以下の通りに徴収しました。とも書いてある。
ん……?
太陽の刀の代金だって……?
なんだか凄く嫌な予感がする……!
恐る恐るクレジット残高画面を開くとそこには、
¥-10,000,000,000 と表示されていた。
そう、マイナスだ。
クレジット残高マイナス百億だ。
つまり今の俺には百億の借金があるということになる。
は? なにこれ?
なにかの間違いかと思って明細画面と残高画面を行ったり来たりしてみるも、数字が変わるわけもなく……。
そのとき、ダンジョンでの記憶が俺の脳裏に甦る。
そういえば師炉極のやつ、借金がどうのこうの言ってなかったか……?
それに『太陽の刀』をトレードしたときも<<契約完了>>とか表示されてたような……?
あ゛!
……なるほどね、うん、わかった、俺、師炉極に『太陽の刀』を百億で買わされたんだ。
師炉極はあの生きるか死ぬかの切羽詰まった状況で高校生である俺に無料トレードと見せかけて超高額な武器を売りつけていたというわけか……。
「あ、あのヤロゥッッ!!!!」
おいおいおい、これが大人のすることか!?
砂漠の遭難者に五百ミリペットボトルの水を超高額で売りつけるようなもんだ。
しかも、自分で言うのはなんだけど俺は師炉極を助けたんだぞ?
俺は命の恩人なんだぞ!
そんな命の恩人から目ん玉飛び出るような超高額請求って人としてどうなの!?
ましてや勇者がこんな悪質なことをやるなんて!
これもう立派な詐欺だ!
邪智暴虐にも程がある!
俺が許しても俺の筋肉はお前の卑怯で悪辣な人倫にもとる行為を絶対に許さない!
覚悟しろよ師炉極!
この恨み晴らさでおくべきか!
怒りのあまり全身の筋肉をビキビキさせながら俺はスマホを慎重に手に取った。怒りで全身のマッスルがピキッてる俺には金属製のスマホなんて飴細工と変わらない。怒髪天の能見琴也は触れれば全てを破壊する全身兵器の筋肉人間なのだ。
ともかく今すぐあいつに誠心誠意の謝罪と取引の撤回を要求しなければ気がすまないし、筋肉も落ち着かない。とはいえ師炉極の連絡先を知らないのでまずは勇魚に連絡だ。将を射んと欲すれば先ず馬を射よとも言うし。
さていざ通話! と、連絡先から通話をタップしようとしたとき、母からの着信があった。
なんだよ、こっちは今それどころじゃないんだけどな。俺の筋肉は今すぐ師炉極をブチのめしたい衝動に駆られてウズウズピクピク躍動中なのにさ。
でも、母から連絡をよこすなんて珍しい。
学校帰りにスーパーで醤油を買ってこいとかお使いを連絡してくることは多々あるけど、それはだいたいメッセージでやり取りすることがほとんどだ。
わざわざ通話なのは何か緊急かつ重大事なのかもしれない。じいちゃんでも死んだかな? いや、縁起でもねーな。しゃーない、とりあえず出てみるか。通話許可をタップする。
「はいはい?」
「琴也! アンタ結婚するんだって!? なんでそんな大事なことお父さんとお母さんに相談せずに決めるのよぅ!!」
「はぁっ?」
何言ってんだこいつ。朝っぱらからわけのわからんことを……あぁ、師炉極への怒りと相まって頭痛がしてきた。
つか結婚ってなんだよ?
俺まだ高校生だよ?
どっかの誰かと間違ってるのかな?
もし俺が結婚するなら親に相談もすると思うし、報告だって直接する。法的にもまだ結婚できる年齢じゃないんだから俺が結婚なんてありえないってわかるだろ。
「どっかの誰かと間違えてない? 俺、まだ高校生なんだけど」
「でも今テレビで言ってたよ?」
「て、てれびぃ?」
テレビで言ってた? 重ね重ねわけのわからんことをのたまう母親に、俺は思わず噴き出しかけた。テレビで結婚報告なんてタレントじゃないんだから。
たしかに俺はシュワちゃんばりのスーパーマッチョボディだがシュワちゃんと違ってハリウッドスターじゃないのでテレビで結婚報告なんてありえない。
ふっ、あまりにもくっだらなさすぎるボケで逆に笑っちゃうね。前々からおかしな親だとは思ってたけど、こんなギャグを大真面目に言うなんて……ハッ! ま、まさか……!
そのとき、俺の脳裏に嫌な想像が雷鳴のように閃き駆け巡る。
まさか母上、ボケちゃった……?
あり得る。年老いた親がわけのわからんことを大真面目に言ったりしてたら要注意、痴呆の可能性があるとたけしの家庭の医学でやっていた。
母はまだ四十代だが、若年性認知症という病気だってある。
恐ろしい未来予想図が頭の中に浮かんでくる。
徘徊する母親を探す俺。帰り道がわからなくなってしょっちゅう電話する母親を迎えに行く俺。用便もできなくなった母のシモの世話をする俺……。嗚呼、めくるめく介護地獄絵図。
Nスペのヤングケアラー回を見て「大変だなぁ~」なんて他人事に思ってたけど、まさか自分がヤングケアラーになっちゃうなんて……。
いや、待て待て、まだそう決めつけるには早い。医者の診察もまだだし、母のボケ発言だって何かの間違いかもしれないし。
そうだ、とりあえず父に相談しよう。どうせ母と話してたってらちがあかないし。
「父さんに代わってくれない?」
「はいはい~。おとうさ~ん、琴也よ~」
少し間があって、父が出た。
「おう、琴也。お前結婚するんだってな? 水臭いぞ~? まずそういうことは親に相談してからだろうが」
開口一番、母親と同じことを言った。
ブルータスお前もか!?
まさか夫婦揃ってボケ発症進行中なの!?
そんなことってある!?
ひょっとして俺の青春は両親のシモの世話で消費されちゃう感じですか!?
アオハルなカップルたちが教室のすみや校庭で隠れてキスしたり、夕暮れの堤防沿いを二人乗りしたり、冬は手を繋いで「冷たいね」「でも繋ぐと温かいね」なんて言ったりしてキャッキャウフフしてるのを横目で羨ましながら俺は双子の赤ちゃんのオムツ替えするように両親のシモの世話ですか!?
うあああああイヤすぎるぅっ!!!
青春はクサいもんだけどクサいの意味が違うっ!
「お~い、どした? 聞こえないのか~? 返事しろ~? スネーク応答しろ! スネーク! スネェェークッ!!」
俺が絶望の未来に絶句してるってのに、急に親父がメタルギアネタをぶっ込んできた。人がシモの世話の心配をしてるってのに青野武のモノマネなんて元気そうでなによりだ。
「一応聞きたいんだけど、俺が結婚って誰から聞いたの?」
「テレビで言ってたぞ。ほら、あの有名なダンジョン冒険者の師炉極の記者会見で」
「師炉極……!?」
ティンときた!
親がボケてんじゃない!
師炉極が何かやってるんだ!
あの野郎、俺からぼったくるだけでは飽き足らず、俺を結婚させようとしてるのか!?
しかしなんでそんなことを企んでいるんだ?
あ、借金のカタに結婚てことか? 今の時代にそんな『おしん』みたいなことあってたまるか。
というか、そんなことをして師炉極に何のトクがあるのかもさっぱりわからない。
本当に俺を結婚させようとしてるのか?
なにかの間違いってことないか?
うちの親の言うことだから、信憑性にいまいち欠けるんだよなぁ。なんせ自分の息子が宇宙人と入れ替わってるなんて本気で言っちゃうようなイカレた親だからなぁ。
師炉極に連絡を取る前に、一応その記者会見とやらを確認しておきますか。
「記者会見ってもう終わったの?」
「なんだお前見てなかったのか? お前、師炉極に憧れてたからてっきりばっちり見てるもんだと思ってたよ。たしか『ヨーツーベ』で地上波と同時中継だったはずだから、『ヨーツーベ』にあるんじゃない?」
「ありがと、じゃ、またこっちからかけるから」
「あ、お前まだ結婚の話が――」
「それについてはまた今度!」
今は親父にかまってる場合じゃない。通話を切って『ヨーツーベ』にアクセスし、『師炉極 記者会見』で検索した。
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