ダンジョンクリア! ふーっ、無事に帰ってこられた……と思ったら無事じゃなくて警察沙汰に!?
<<ダンジョンを掃討完了しました>>
と、その時突然、俺たち全員の<デバイス>から合成音声が鳴り響いた。
「え、クリア?」
クリアってことはさっきのメスガキが――
「さっきのメスガキがこのダンジョンのボスだったようだな。よくやったな、マッチョくん。君のおかげでダンジョンクリアだ」
「こんなあっさりクリアできるなんて……」
「言ってくれるねぇ。俺と小百合子ちゃんの二人がかりでも手も足も出せなかった怪物をあっさりとはねぇ」
「あっ、すみません、そんなつもりじゃ……」
「ははは、いやいや、冗談だよ! しっかし俺もそろそろ身の振り方を考える時なのかもなぁ。もう四十も過ぎて立派な中年だしな。プロスポーツ選手なら引退してていい歳だもんな」
「そうですねぇ。娘もこんなに大きくなりましたし、ここらで一休みしてもいいかもしれませんね」
「小百合子ちゃんもそう思うかい? よし、決めた。俺、冒険者引退するわ。後はマッチョくん、君に任せた。今から君が正式に勇者だ。俺の代わりに勇者としてこの世界を救ってくれたまえ」
師炉極が相変わらず爽やかな笑顔で俺の肩をポンと叩く。
「正式に勇者ってなんですか。指名されたからって勇者になれるわけじゃないでしょ?」
今から君が勇者だ! なんて言われて、はいわかりました、今からボクが勇者です! とはならない。
勇者ってのは数々の冒険をくぐり抜けた先にあるものだ。敵を倒し、仲間と世界からの信頼を勝ち取って初めて勇者と呼ばれるべきだし、たかが一つのダンジョンをクリアしただけじゃ誰も勇者なんて認めてくれるわけがない。
「なぁに、君なら問題ないって。なんせもう俺より圧倒的に強いんだからな。勇者の肩書は役に立つぞ? 『ギルド』にもウケがいいし、政府からも一目置かれ上級国民扱いだし、メディアにも引っ張りだこでガッポガッポに儲けられるし! 勇者ってのはな、借金を返すにはもってこいのステータスなんだぜ?」
たしかに勇者の肩書はメリットがたくさんあるのは俺も認める。師炉極みたいにテレビや色んなメディアに出演すればそりゃあ借金だって……ん? 借金……?
「借金……? 借金ってなんですか?」
「おっと、ダンジョンが崩壊するぞ。強制離脱の時間だ。ま、後のことはダンジョンを出てからにしようや」
爽やか風に微笑む師炉極。
だが、俺は騙されない。その目にいやらしく怪しい光が宿っているのを俺は見逃さなかった。
こいつ……また何か企んでやがる!
嫌な予感がプンプンしてきた。良い予感は全然当たらないくせに嫌な予感ってめちゃくちゃ当たるのはなぁぜなぁぜ?
色々と聞きたいことはあるが、師炉極の言った通り、ダンジョン崩壊が始まったので、今はそれどころじゃなかった。
目に見える景色の全てが急に色褪せ、やがて徐々に暗くなっていった。そして最終的にはモノリスに触れてダンジョンを出る時と同じ現象が起こった。
そこでようやくダンジョンをクリアした実感が湧いてきた。嬉しいけど、嬉しさよりも安堵が強かった。良かった、誰も死ななくて、無事に皆でダンジョンクリアできて……。
おっと、アイテム回収を忘れるところだった。SSS級のモンスターのドロップアイテムを取り逃したらもったいなさすぎる。あぶねあぶね。ちゃんと回収しとかないとな。俺はアイテムボックスを開けて<デバイス>にしまいこんだ。
直後、キィィィンと鈴の音が聞こえたかと思うと、次の瞬間には目の前に元の世界が広がっていた。無事帰還。ホッとするね。
『ダンジョン攻略研究調査室』のスタッフが集まっていた。彼らは今回のダンジョン攻略の外部サポート班で、ダンジョンの外から可能な範囲でダンジョン内の俺たちをモニタリングしてくれていた。
きっとダンジョン攻略完了を察知してわざわざモノリス前まで出迎えに来てくれたのだろう。嬉しいね。ありがたいね。たった一時間ちょっとしかないこの記録的な超短時間攻略に一体どんな称賛と労いの言葉をかけてくれるのかとワクワクしていると、
「きゃあー!」
「うわー!」
早速女性陣の黄色い歓声と野郎どもの野太い歓呼の声があがった。ふふふ、そうだろうそうだろう、そうでなくっちゃいけないよ! なんせあの英雄師炉極も認めた新たな英雄、能見琴也様の凱旋だもんな。うーん、囃し立てる声と集まる注目が気持ちいい! 承認欲求満たされまくりだ! 今日は人生最良の日だ!
「変態よー!」
「変態がでたぞー!」
「早く通報! 警察に通報だー!」
「いやアレはターミネーターだ! 軍隊持って来い! サラ・コナー連れてこい!」
歓声の中から何やら物々しい叫びが聞こえる。
おやおや、この新英雄、能見琴也の登場に興奮のあまり服でも脱いじゃった困ったちゃんでもいるのかな?
ま、気持ちはわからんでもない。俺みたいなガチムチマッチョ英雄を見れば、女性だったら、いや男であっても身体が芯から火照るのは仕方がない話。
なーんて思ってると、観衆の中から四人の男がいきなり俺に抱きついてきた。
おいおい、いきなり抱きついてくるなんて興奮し過ぎにもほどがあるだろう。ムキムキマッチョの俺だから四人にいきなり抱きつかれてもビクともしないからいいけど、俺じゃなかったら大変なことになってるぞ?
そりゃこのマッチョ英雄に触れたいって気持ちはよくわかるけど、だからといってそれはちょっとやり過ぎ。あとこっちとしては男に抱きつかれても全然嬉しくない。マッチョだけど俺にそっちのケはないんだ。マッチョが皆、ガチムチパンツレスリングが好きだと思ったら大間違いだ。
でも抱きつく衝動が抑えられないってことは、それだけ俺の熱狂的なファンってことでもある。その信仰心に免じて今日のところは大目に見てあげよう。マッチョは筋肉だけじゃなく器もデカいのだ。
「あの、すみませんが離れてくれませんか? 興奮しているのはわかりますが、そういうのは困るので」
と、いかにも真摯かつスマートにやんわりとお断り申し上げる。筋肉たるもの紳士たるべしだ。
「なに! 興奮してるだとこの変態め!」
「警察はまだなの!?」
「大人しくしろ! この筋肉モリモリマッチョマンの全裸変態野郎!」
抱きついてきたファンが実にファンらしくもない悪態をついてきた。
あれ?
どゆこと?
俺のファンじゃないの?
それとも近ごろは推しに暴言吐くのが流行りなの? んなわけねーか。
ん……?
筋肉モリモリマッチョマンの全裸変態野郎……?
まさか……まさかね……そう思いつつ、俺は自分の目線を自らの局部に移す。するとそこには元気にブラブラ揺れるムスコの姿が!
アイエエエ!? 全裸!? 全裸ナンデ!?
そう、変態は俺だった!
何故か俺は一糸まとわぬ生まれたままのあられもない姿を惜しげもなく衆人環視の中、堂々と晒してしまっていた。
皆がわーきゃーしてくれてると思ったらそれは俺の大間違い。皆は突然の全裸マッチョの登場に阿鼻叫喚していただけだった。なるほど、ターミネーターとか叫んでるのがいたけどそういうことだったのね。たしかに突然全裸マッチョが現れたらそれはターミネーターだわ。妙に納得。
そんなわけで、とんだ勘違いだったわけだ……あぁっ、クッソ恥ずかしい! 歓迎されてると思ったら真逆でしたなんてめちゃくちゃ恥ずかしいやつじゃないですか!? あぁ……穴があったら入りたい! 裸も隠せて一石二鳥だし!
つーかどうしてこうなった?
ダンジョンを出る際には入場前の格好が自動的に復元されるはずなんだけど、ご覧のとおり今の俺は筋肉モリモリマッチョマンの変態だ。全く意味がわからない。
俺の<デバイス>だけ壊れてるのかな? それともバグ? どちらにせよ、致命的過ぎるぞこの展開。
新たに加勢、さらに四人の野郎どもが俺を組み敷こうと飛びついてきた。合計八人が俺に纏わりついているが、その程度じゃ俺は倒せない。
しかし、かといって抵抗するのもなんだかなぁ。この程度ならちょっと筋肉に力を入れるだけで弾き飛ばしてやれるけど、それやると「筋肉モリモリマッチョマンの変態がついに暴れ出した!」なんて言われた日には公然わいせつ罪にプラス暴行罪まで付いちゃって余計こじれそうだ。
うん、下手に抵抗するのは得策じゃない。でもこのままだと変態扱いだ。野郎どもも暑苦しくて気持ち悪い。警察沙汰もイヤだし……うぅん、どうしたものか……。
「待てェい!!!」
高らかと響き渡る声に、俺を含め皆の視線がそこへ一斉に向いた。
「皆落ち着け! そいつは変態じゃない!」
そうのたまうのは世界的英雄の師炉極。
さすがに英雄、師炉極の言葉なら皆従うだろう、
と思ったら、
「うわー! 変態がもう一人いるぞ!」
「なんてこった! 同時多発全裸テロか!」
「あっちは細いぞ! T-1000タイプだ! 液体金属のクソ強ターミネーターだ!」
「至急溶鉱炉用意しろー!」
そう、なぜか師炉極も全裸でした。ブルータスお前もか。
全裸が全裸マッチョを「変態じゃない」と庇ったところで、それはただの変態が変態を擁護しただけ。変態の変態による変態の擁護を誰も聞くわけもなく、師炉極はあっという間に二人の男に飛び掛かられ、組み敷かれてしまった。
「アーッ!!! 待て! 待ちたまえ! 俺はそっちのケはないぞ! 俺には妻も娘もいるし、なんならすぐそこで見てるし! やめてけれ! 妻と娘の前でやめてけれ!」
俺と違って細くて非力な師炉極は抵抗虚しく押さえつけられちゃって身動きもとれない。
「君たち、何を勘違いしている!? 俺は師炉極だ! 国家に認められたあのS級イケメン冒険者師炉極だぞ!」
「バカ言うな! あの師炉極が公衆の面前で全裸になるような変態なわけないだろ!」
「そーだそーだ! 俺たちの師炉極がそんな変態ストリーキング野郎だって言いたいのか! これでもくらえ!」
ポカッ。
「いでっ! 暴力はやめてー! おとなしくするから……」
哀れ師炉極、ぐったりとしてしまった……。
ただ全裸で登場しただけなのに、こんな悲惨な目に遭わされるなんて……いや、全裸じゃしょうがないか。俺だって他人事なら変態扱いしてただろうし。
「あの、これは私の夫で……」
「あの、これは私の同級生で……」
と、参甲小百合子と勇魚の親娘が弁解を試みるも、周囲の人々は全裸変態二人組から女子供を守るため、親娘をどんどん俺たち全裸二人組から遠ざけてしまう。多分周囲は善意でやってるんだろうけど、おかげで俺たちが困りまくり。善意って悪意がない分タチが悪い。
そうこうしているうちにけたたましいサイレン響かせパトカーがやってきて、俺と師炉極はあっという間にパトカーに乗せられ連行されてしまった。
英雄の帰還が一転して変態犯罪者扱いだよ。
せっかくダンジョンをクリアして人類の存続に貢献したのにこの仕打ちは酷いんじゃないですか?
闇堕ちってこういうところから始まるんだよなぁ……。そう思いながら、パトカーの中から両脇の警官越しに流れる窓の景色をぼんやりと眺めることしかできなかった。
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