マッチョ、自称不死身相手に大暴れ
「能見くん!」
勇魚がこっちに走ってきた。俺は振り向いて、胸に飛び込んでくる彼女を優しく抱きとめる。
強敵を倒す→決め台詞を言う→ヒロインといちゃこらタイムは黄金パターンだ。漫画やラノベだけでなく、映画でもドラマでも小説でもどのジャンルでも存在する最強の流れ。それはもちろん現実であっても同じこと。
しかしここで一つ問題が発生した……なんかすっごく勇魚にムラムラしちゃってる……!
いや、この現象はなんらおかしなことじゃないと思うんだ。
初代ドラクエでもローラ姫を救出した後宿に行くと「ゆうべは おたのしみでしたね。」って宿の主人に言われるんだし、つまり黄金パターンってフィクションだと露骨には表現されないけど、実際のところそういうことなんだよね。
それに俺はバリバリ思春期バキバキ童貞だから、勇魚みたいな素晴らしい女性が、それも俺の胸に自ら飛び込んで来ちゃったらこれはもう簡単には抑えられないんですよ。男子高校生の悲しい性質と笑ってやってください。
もちろん俺は理性をフル動員して獣のごとき劣情を抑えようとするんだけど、困ったことに勇魚の香りがヤバすぎる。
ああ、勇魚ちゃん、キミはなんでそんなにかぐわしい上に無防備なんだ。
俺の理性を完膚なきまでに破壊する作戦なのか?
キミみたいなかわいい女の子に抱きつかれたら、いくら俺がジェントルマッチョといえど理性が危なくなる。
酔わせる香りに頭がクラクラしてきた。思わず勇魚を抱く両腕に力が入りかけた。
そのときだった。
「イった~~~~い!!!」
その声に、全身の筋肉がビクッと跳ねた。
ヤバッ! 強く抱きしめて勇魚を怒らせちゃった!
と思ったのもつかの間、その声は前の勇魚からではなく背後からだった。
「勇魚、離れて!」
俺は勇魚を放し、振り返るとメスガキ悪魔巨人がゆっくりと立ち上がろうとしていた。
「マジで痛い!!! 全身バキバキで死ぬほど痛い!!! そこのクソガキ! アンタどんな教育受けてきたの!? どんな親に育てられたらこのかわいいセクシープリモンちゃんにジャイアントスイングからの地面叩きつけなんてカマせるの!? かわいいオンナのコには優しくしろって教わらなかったの!? アンタそんなんじゃ永久にモテないよ!!! ただでさえマッチョでキモいのに!!!」
口じゃ死ぬほど痛いとか言ってるけど元気そうだ。わりと全力で叩きつけてやったのにな。
つーか、今の姿は別にかわいくないし、むしろ俺よりよっぽどキモくてグロいだろ。見るからにバケモンだし性格も終わってるし、そんな女にモテないなんて言われても全然響かない。
あと、うちの親は立派な教育を施してくれたぞ。あるとき親父はこう言いました。
「いいか琴也。女の子に優しくするのはいいことだが、甘やかすのはダメだぞ。優しさと甘やかしはぜんぜん違うんだ。えっ、なにがどう違うかって? それを口で言うのは難しいな。時と場合によるんだ。ただ女の子ってやつはその二つの区別がついていないことが多々あるんだ。『なんで優しくしてくれないの』とか『もっと優しくしてよ』とか甘ったれたこと言ってくる女がいる。そんなときに女の子が求めてることをするのが甘やかしだったりする。そのときにビシッと厳しく言ってやれるのが男の優しさだったりするんだ。わかるか? いや、わからなくていいんだ。今はまだな。だがいずれわかるようにならないと、お父さんみたいにお母さんの尻に敷かれる一生を送ることになるぞ。お母さんは平日の昼に三千円のランチを食べるのに、お父さんの昼飯は五百円のコンビニ飯なんて悲惨なことになりたくなければ、お父さんの言ったことをときどき思い出して考えるようにするんだぞ……うぅっ……」
そのときの父は朗らかに笑ってみせたが、その目は寂しげな漣がきらりと光っていた。大人の世界って大変だ、当時ガキだった俺はそう思ったものだ。
そんなわけで俺はこのメスガキを甘やかすつもりはない。
そもそも敵なんだから甘やかすどころか優しくしてやる理由もないわけで。
「それは悪かったな。次は俺に出来る限り精一杯本気でやらせてもらうよ」
言って、俺は素早くメスガキの顔面めがけて跳躍した。
メスガキの驚きに目を見開いた顔面が眼前に迫った瞬間、その顎に蹴りを入れてやった。グキグキと耳障りな音を立ててメスガキの首に何回も回転し、そのまま仰向けにドッと倒れた。
痛みも感じる間もなく一瞬であの世に送る、それが俺にできる唯一の優しさだ。
ただかわいらしかった唯一の部分の顔面を悲惨なことにしてしまった点だけは優しさに欠けたかもしれない。ちょっと反省。
だが、反省する必要はなかった。
メスガキ悪魔巨人はすぐにむくりと上体を起こすと、ねじれた首が逆回転してもとに戻った。すっかり元通りになったメスガキの顔がニヤッと笑って俺を見下ろす。
「イッたいって言ってるでしょ☆ もぅ、死んだらどうするの~? いくらアタシが不死身でも痛いもんは痛いんだからねぇ~きゃハッ☆ キミぃ、ひょっとしてかわいいオンナのコをいたぶるのが趣味のヘンタイさんだったりする? アタシ、筋肉モリモリのヘンタイはゴメンなんですけどぉ~☆」
SMボンテージのヤツに変態なんて言われたくない。
百歩、いや万歩譲って俺が変態だとしたらそっちはド変態だろうが。
しかし、こいつ不死身か……!
いわゆる不死身と呼ばれる<スキル>はいくつかあるが、どれも基本的に物理でどうにかなるもんじゃない。
弱点属性の<特効スキル>で攻めるのがセオリーだが、俺はマンポ(呆)だからその類のスキルはないし……うーん、困った。正直お手上げだ。
「あ、その顔! その顔! アタシ、その顔大好きなんだぁ☆ 今まで散々イキって余裕ぶってたしたり顔がピンチになった途端に情けなく青ざめるその顔が大好物なのぉ~☆ ねぇ、もっとよく見せてよ!!!」
メスガキ悪魔巨人の手が凄まじい速度でこちらに迫る。
それを俺は余裕をもってかわしつつ、メスガキ悪魔巨人の土手っ腹に向かって全力で飛び込んでいった。人間砲弾だ。そのままヤツの腹にタックルを食らわす。
「グェぇッッッ………!!!」
女の子には似つかわしくない声を上げ、メスガキ悪魔巨人は腹を抑えてうずくまった。
「げっ、げぇぇぇ……。い、イタ気持ち悪いぃぃぃ……。女の子に優しくしろって言ったばかりなだるろぉぉぉ……この筋肉クソ野郎ぅ……!!!」
かわいらしかった顔を醜く歪ませて俺を睨みつけてきた。口調も変わってるし、いよいよ化けの皮が剥がれてきたか。
「人に優しくしてほしかったら、まず自分から他人に優しくすべきだろ?」
「ナマイキ言ってんじゃねぇぇぇーーーー!!! このクソガキぃぃぃ!! お前はぶっっっ殺す! 絶対ぶっっ殺して骨の髄まですすり尽くしてくれるッ!!!」
おおこわ。SMメスガキの正体は食人鬼だったか。
ま、正直負ける気はしないけど、勝てるビジョンも今のところない。いくらボコっても復活するんじゃ埒が明かない。
しっかし、これどうすっかなぁ?
機を見て逃げ出すべきか?
師炉極の命令も「勇魚を連れて逃げろ」だし。
でもモノリスがどっかいっちゃってるんだよなぁ……うぅん、ホントどうしたものか。
「隙ありぃぃぃーーーッッ!!!」
突然、メスガキが雄叫びを上げたかと思うと、巨人の両腕が自らの身体を掻きむしった。傷ついた身体から滴る血を指につけ、血の付いた手を勢いよく振るい、こちらに血の雫を放った。
「<自傷炎血驟雨>! 死ねぇぃ!! このクソ筋肉野郎ッッ!!!」
こちらへ向かって降り注ぐ無数の血の雨粒が、突如光ったかと思うと勢いよく燃えだした。まさに炎の雨。まるでナパーム弾だ。
「危ない! <魔力の鎧>!!」
勇魚が俺に防御スキルを使ってくれた。<魔力の鎧>は非物理系スキルによるダメージを軽減させてくれる。
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