筋肉は激怒した。必ず、かの邪智暴虐のドSメスガキ悪魔を除かねばならぬと決意した。
「はっ、ははははっ……」
勝手に笑いが口をついて出た。どうしようもないとき人は笑うって聞いたことがあったけど、あれって本当だったんだな。
「の、能見くん……」
傍の勇魚が心配そうに俺を見る。
「あっハーーーーー!! 筋肉ちゃん、壊れちゃったのォーーーぅ!? アタシなんにもしてないのに!! クッソウケるぅ~! ねぇねぇ、逃げろって言われてるんでしょ? 逃げていいんだよぅ? ま、絶対に逃さないんだけどね! あハっ☆ でもアタシって無抵抗な人間より無様に逃げ惑う人間のほうがだーい好きなんだよねぇ? だからさぁ、アタシのためにもさっさと逃げ出してみてよ? そしたら虫けらみたいに弄んであげるからねっ! 四肢もいだりしちゃったりして! きゃハっ☆」
別に俺は壊れてないし、どんだけ煽られても不思議となんとも思わなかった。逃げても無駄なのもわかってる。絶体絶命の最悪の状況だなんてわかりきってる。だからむしろ吹っ切れた。土壇場の開き直りってやつかな。
だから、俺は……、
「勇魚、俺行くよ」
「えっ……」
驚きにかわいらしい大きな双眸をより大きく見開いた勇魚に軽く微笑んでから、俺はメスガキ悪魔巨人に向かってゆっくりと歩き出した。
「あ~ラ~!? 向かってくるんだ!? きゃッハハハハハハ!!! アタシ、そういうのも好きだよ? そういうカッコつけて勇ましくて騎士気取りの愚かなバカってチョー大好き! そういう愚バカの凛々しい表情を泣き顔に変わる瞬間、もースッゴくたまんないの! アンタもさっきのダサ勇者気取りのノロマバカと同じように、アタシの慰みものにしてア・ゲ・ル☆」
「さっきのノロマバカだと……?」
なんか知らんがすっげー頭に来た。キレちまったよ。屋上があったらぜひ呼び出したいくらいに。や、もちろん愛の告白じゃあないよ? もちろんその逆だ。
俺にとって師炉極はガキの頃から憧れた英雄だ。それは今も変わらな……うん、そりゃあちょっとはイタいところを見せられたけども……いや、ちょっとでもないか……ま、まぁともかく、それでも俺の師炉極に対する憧れは今もたしかに存在する。それはホント、マジだから。
こいつは俺の憧れを俺の目の前でバカにしやがった。
たしかに半裸で斬り掛かってデコピン一発で返り討ちにあい、ジオンのMSみたいな断末魔上げてバイキンマンよろしく山の向こうのお星さまになってしまったのはお世辞にもかっこよくはない。むしろダサい。イケメンなのに滑稽だからなんなら面白いまであった。それは俺も認めざるを得ない。
だからと言ってバカにしてもらっちゃ困る。あんなのでも俺の憧れだし、俺の憧れの女の子の父親でもある。
バカにされていいわけがない。
バカにされて許せるわけがない。
バカにされたまま黙っていられるわけがない。
メスガキごときにバカにされて、笑って済ませるほど俺は人間出来てないんだよ。
それにバカって言うやつがバカなんだってうちの両親も言ってたし。
ああ、マジでキレちまったよ。温厚でクラスじゃ定評のある俺をここまで怒らせたのはテメェが初めてだよメスガキ。普段温厚なやつを怒らせたら恐いんだぞ?
俺がどれだけ普段温厚かっていうと、温厚過ぎてクラスじゃ全然話題にならないほど温厚なんだ。よく「あ、いたんだ?」って言われたし。
ただ空気なだけだって? く、空気でいられるのも温厚の証だから……。
ま、ともかく俺は激怒した。キリストも岩を投げつけるレベルのブチギレだ。メスガキ、テメェは俺を怒らせた。かの邪智暴虐のクソメスガキを除かねばならぬと決意した。
いくら激怒したとしても俺はメロスほど単純な男じゃない、と、このときまでは思ってました。
ブチギレって恐いね、俺、気がついたらもう走り出してました。
走れメロスを読んだときさ、「メロスってバカだなぁ、単純バカじゃん。俺ならもっと上手くやるわ」とか思ったんだけど、俺も負けないくらい単純でした。
メロスの気持ちがようやくわかった、そんな思考が頭の片隅をよぎったとき、俺は既にメスガキ悪魔巨人の足元に取りついていた。
「えぇッ!? ちょっと早くなぁ~ぃ!? あんまり早いとオンナのコに嫌われちゃうよッ!!!」
メスガキのデカすぎる屋久杉のような足がサッカーボールキックの要領で俺に向かって蹴り出される。避けられない。俺は一瞬で悟った。
避けられないならガードか?
いや、違う、避けられないならあえて攻撃する。
どうせ守ったって勝てないなら、この一瞬の接触に俺の全てをかける。
一死を覚悟し、一命を賭し、せめて一矢でも報いるべく、俺は向かってくるデカ足に右ストレートを放った。
「うらぁッッッ……!!!」
バキゴキャメキョグシャ!!!!!
肉がひしゃげ、骨が砕ける音が聞こえてきた。でもそれは、右ストレートを放った俺の腕からじゃなかった。
「あ、あれ……?」
砕けたのは俺じゃなく、むしろ俺の腕がメスガキ悪魔巨人の足の肉を潰し、骨を粉砕していた。メスガキ悪魔巨人は足払いでもかけらみたいに派手にすっ転んだ。ずずーんと地鳴りが響き、土煙がもうもうと上がる。
「す、凄い……凄い! チョー凄すぎるよ! 能見くん! 凄い凄い!!!」
後ろで勇魚がぴょんぴょん跳ねて大興奮のご様子。
「ま、まぐれ……なのかな?」
自分でやっときながらなんなんだけど、正直何が起こったのかわかりません。
我が国を代表する世界的S級冒険者の師炉極と参甲小百合子の二人をデコピンで吹っ飛ばした敵を、まさか俺がたった一発殴っただけで倒すことができたなんて……これ、ドッキリとかじゃないよね? どっかにカメラが隠れてて、師炉夫妻が「ドッキリでした~!」って看板持って現れるとかないよな?
「ねぇ~、もう勝った気でいるつもりぃ~?」
メスガキ悪魔の声だ。さすがに死んでなかったか。そりゃそうか、あの師炉夫妻を倒すようなヤベーヤツが俺ごときのパンチでどうにかなるわけないよな。
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