ラブコメの波動をビンビンに感じるムキムキ男
その直後、俺は不意に脱力感に襲われた。極度の緊張の糸が切れて、気持ちも全身の筋肉も弛緩してしまって、俺は思わず前のめりにコケて、両手を地面についてしまった。
「大丈夫……!?」
俺の下で勇魚が心配そうにこちらを見上げた。地面に手をつく俺の両腕の間で仰向けに寝転がっている勇魚。
これってアレじゃね? いわゆる床ドンってやつでは?
やべっ、早く離れないと! いくら不可抗力とはいえ、マッチョ男が女の子の上にのしかかるような体勢は良くない。俺は慌てて離れた。
「ご、ごめん! わ、わざとじゃないんだ!」
「え? なにが?」
「な、なにがって……その床ドンみたいになっちゃったからさ……」
自分の口で説明するのは超がつくほど小っ恥ずかしい。おそらく天然なんだろうけど、勇魚も意外と小悪魔的なところあるよな。
「そんなの全然謝ることじゃないよ」
勇魚はゆっくりと上体を起こし、
「それに私……ちょっと嬉しかった……」
頬を染めた勇魚の潤んだ大きな瞳で真っ直ぐに見つめられ、俺の心臓は胸膜を突き破らんばかりに飛び跳ねた。
か、かわいい! かわいすぎて心停止しそうだ。
隕石で死ぬのはごめんだけど、勇魚にLOVEでキュン死するのはそう悪くないかもな……っていうか、床ドンで嬉しいってことはさ、それってつまり勇魚は俺のことが……。
「能見くん……私、能見くんのことが……」
むくりと上体を起こしいた勇魚が顔をほのかに染めながら言った。
言葉の続きを期待したが、やってきたのは言葉ではなく勇魚の身体だった。突然、勇魚はふらっと俺の胸に倒れ込んできた。
「勇魚……!」
「あ……大丈夫……まだダメージが残ってるみたい。だけど全然平気だから……でも、ちょっとだけお願いしていい?」
「ああ、俺にできることならなんでも言ってくれ」
「ありがとう……じゃあ、少しの間だけこのままでいさせて……」
上目遣いのその瞳に俺は身も心も吸い込まれそうになった。うるんだ瞳がかわいすぎて息をするのも忘れそうだ。なのに俺の両腕は半分無意識に彼女を強く抱き寄せた。
うわぁっ、さっきまで全然気づかなかったけど、女の子の身体ってこんな柔らかいのかぁ。ちょっと感動。言う慣れば人間マシュマロって感じ?
いや、人間マシュマロって言ってもミシュランマンじゃないよ? あんなのと勇魚を一緒にしてもらっちゃ困る。あんなのより勇魚のほうがよっぽど柔らかいよ。ま、ミシュランマン触ったことないけど。
しばし見つめ合う。なんだか呼吸が苦しくなってきた。胸も高鳴る。顔も熱い。勇魚も同じように顔を赤らめている。互いに顔を赤くして至近距離で見つめ合う二人……あ、これ、進研ゼミ……じゃなくてラブコメで見たことあるやつじゃないか……!?
ラブコメの波動を感じる……そうだ、これはおそらく『キスチャンス』!! I"sとかいちご100%とかニセコイとかで見たことあるやつだ!
数々のラブコメを読んできた俺にぬかりはない。履修だけはばっちりさ!
えーと、こういうときラブコメ主人公はどうするんだっけ?
思い出せ俺、今が大チャンスなんだ。これを逃すと一生キスできないかもしれないぞ!
えーとえーとえーと……アカン! 何も出てこなけりゃ何も思いつかん!
こうなりゃ最初は強く当たって、後は流れの相撲方式で行くしかない! どすこいを漢字で書くと多分どす恋だ!
「勇魚、いいか……?」
こんな言葉が口をついて飛び出してしまった。
うん、がっつきすぎだよね。正直自分でも引いちゃってる。
もっと気の利いたセリフが言えればいいのに……あー俺のバカバカ! こんなんで上手くいくわけないよ。
せっかくの大チャンスも水の泡か……まぁ、所詮童貞なんてこんなもんですね、はい。
「うん、いいよ……」
勇魚が目を閉じる。彼女の腕が俺の背中に伸びてきた。
っておいおいおいおい、イケてるじゃん!?
これはもうOKってやつでしょう!?
「いい」って言ってるもんな!
「いい」はOKだもんね!?
こりゃもう行くしかないですよね!?
俺も彼女を支えるようにその細い背に腕を伸ばす。拒否られない。はい、確定です。間違いなくOKです。完全勝利です。対局ありがとうございました。
ピッタリと寄り添う二人。勇魚は頭を反らすように軽く口を上げた。そして動かなくなった。
受け入れ態勢完了のサイン。
後は俺がイクだけだ……。
やべっ、すげー緊張する……。
ラブコメのファーストキスシーンで主人公がすっごくドキドキしてるシーンが多いけど、あれってマジだったんだ……大げさだろ(笑)俺ならもっと上手くやるわ(プゲラ)とか思っててすんません。俺がバカでした。
し、心臓がうるさい。クソッ、ビビるな俺!
それでもマッチョか!?
映画のマッチョたちがキスくらいでビビったか?
お前はドラゴンを一発で倒したんだぞ?
それに比べるとキスぐらいどうってことないだろ!
よし、イけ!
そーっとゆっくり勇魚の唇へGO!
いざ、ゆかん、勇魚の元へ!
愛が呼ぶほうへ!
俺はプルプル震えながらもなんとか勇魚の唇に唇を近づけようとした。互いの吐息を感じる距離、もうあと一センチにも満たない距離まで来た、そのとき、
「あらあら、ダンジョンで不純異性交遊とは感心しないわねぇ」
その声に、俺も勇魚も飛び上がりそうなほど驚愕した。
振り向くと、そこには勇魚のお母さん、参甲小百合子が!
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