午後の授業は<ダンジョン冒険> 1
「え、お前本当に能見琴也……?」
鶚が崎高等学校一年C組の担任教師を含むクラスメイト全員の反応がこれだった。
別に傷ついたりしない。寝起きにまず自分で自分を疑い、次に両親に疑われた身としては、先生とクラスメイトたちに疑われたところで今更だ。
そのために予め医者の診断書と本人証明を貰っているから疑惑はすぐに晴れた。
ま、一部の人たちはまだ俺に怪しげな視線を向けていたが、それも今だけだろう。
「なんか声も違くない?」
「ほら、成長期だからさ」
学友の疑問に俺は即答した。
たしかに俺の声は以前と比べて低く野太く渋くなった。以前の声はアニメだと少年役が得意な女性声優が担当しそうな性質だったけど、今は玄田哲章か大塚明夫くらいかっこいい低音だ。
変声期かどうかはわからないが、多分声の変化はライオンとネコの違いと同じだと思う。
同じネコ科だがライオンの声は低く、ネコが高いのは単純な話、身体の大きさの違いだ。
身体が大きくなるほど声帯が太く厚くなり、声は低くなる。身体が小さければその逆だ。
多分人間にも同じことが言えるのだと思う。
「それにその服、小さすぎない?」
クラスメイトの一人がからかうように言った。
これには赤面するしかない。親父のトレーナーの中で一番大きなサイズを着てきたけど、それでもピッチピチのパッツパツで、どこかのヒーローよろしくボディスーツみたいになってしまっている。
正直恥ずかしい。それも今日だけの辛抱だ。きっと今頃母親が俺に合うサイズの服を見繕ってくれているはず。
「はいは~い! 皆さん、久々の琴也くんに盛り上がるのはわかりますが、午後の授業は<ダンジョン冒険>ですよ~。とっても危険な授業ですので、浮かれ気分はいけませ~ん。ちゃんと気を引き締めていきましょうね~」
担任の先生、石舟才はいつものおっとりとしたまったく緊張感のない声と顔つきで、手をパンパンと叩いて言った。
石舟先生は三十四歳独身。歳の割には若く見え、ややぽっちゃり気味ながら女性らしい膨らみがやたらと際立っているので、先生と生徒を問わず学内の野郎どもの支持が厚い。ぷっくらとした口唇、眠そうに垂れた大きな瞳、ゆったりとした喋り方でいかにものほほんとしているが、こう見えても国定冒険者ランクの二級、いわゆる『Bランク冒険者』であり、この学校の中でもトップクラスの実力者だ。
ちなみにそんなBランク冒険者の石舟先生はさっき久々に会ったとき、俺の激デカバリ厚マッチョ姿を見て眠そうな目をパチクリさせておののいていた。
どうやら今の俺はBランク冒険者すらビビらしてしまう存在らしい。うーん、全然誇らしくない。それってただ見た目が怖いだけだなんだよなぁ。
「それでは皆さん、<ダンジョン冒険>の準備をしてくださ~い」
石舟先生が言った。
準備といってもエベレストとかK2に登るような大層な下準備があるわけじゃない。手甲型の<デバイス>を付けるだけ。
<デバイス>は正式名称<第2世代AI搭載手甲型ダンジョン探索補助多機能支援ツール ガダルカナル2号>という……たしかこんな名称だったかと思うけど、長ったらしすぎて正しいかどうか自信はない。だから誰も正式名称では呼ばず、もっぱら<デバイス>で通っている。
<デバイス>なくしてダンジョン冒険はほぼ不可能と言っても過言ではない。ダンジョン内部のマッピング、自身と対象のステータス確認、手に入れた装備とアイテムの管理、敵味方の位置情報、AIによる戦闘支援機能、えとせとら……まだまだたくさんの機能があるがいちいち説明していたら文字数がかさむので割愛。これだけでも充分<デバイス>の大事さをわかってくれると思う。
俺は鞄からデバイスを取り出し腕に装着した。デバイスはマンポテンツ(笑)でも使用可能だ。
「準備を終えたら出席番号順に二列に並んでください。はい、それでは出発進行~!」
さっきダンジョン冒険は危険だとか言いながら、石舟先生の声はいつものごとくのんきで、まるで裏山にピクニックのノリだ。
まぁ、実際のところ、今から行くダンジョンはいわゆる廃ダンジョンで、すでに攻略されてボスも存在しないからさして危険はない。まだまだモンスターはいるがどれもザコばかりだし、Bクラス冒険者の石舟先生が付いているから怪我をすることはあっても死ぬことはまずない。
だからクラスメイトたちにも余裕がある。緊張感の欠片もない。何度もやりなれた授業だ。
俺たちは適当に雑談しながら、学校の裏にあるダンジョン入り口まで歩く。道中、花神楽省吾に話しかけられた。
「ノーキン……なんだよな? 本当に?」
半分からかうような調子だった。大人しい俺はクラスのいじられキャラなので、皆ちょくちょくイジッてくるが相手に悪意もないし、こっちとしても悪い気はしない。
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