ダンジョン入場直後なのに超大型敵モンスター登場! SMボンテージ風衣装に身を包んでいるけど残念、こいつはオスでした!
とりあえず、戦闘終了後にやるべきことは全て終わった。笑い疲れて地べたでぐったりしている師炉極に声をかける。
「え? あぁ、終わった? ちょっと待ってね。よっこらしょっと……」
ふぅーっ、と大きく息をついて師炉極は起き上がった。
「よし、これで君も立派なダンジョン冒険者だ! おめでとうマッチョくん!」
師炉極が爽やかな笑みを浮かべながら手を差し出してきた。握手だ。が、俺は手を取るのを躊躇った。だって一回それで不意打ち食らってるし。師炉極のことを見直しつつあるけど、やっぱり前科が前科だしね。
俺が躊躇っていると、
「ははは、そうか、また俺がやると思ってるんだな? さすがにもうしないよ。それにあのとき痛い目に遭ったのはどちらかというと俺の方だったしな」
それもそうだ。どう考えたって物理じゃ筋肉に勝る俺のほうが強い。もしまたやってきたら今度は二度とそんなことが出来ないように徹底的に握り潰してやればいいだけの話だ。
俺はそっとその手を取った。がっしりと握手。今度こそ本当に本当のちゃんとした握手だった。
なんだろうこの感じ、すっごく嬉しいのにとっても照れくさい。世界的に有名な超一流冒険者に認められて素直に嬉しいはずなのに、それまでに揉めたり幻滅したりしたせいで、なんだか素直になれないもどかしさがある。
「マッチョくん、君を冒険者として認めたからといって、勇魚ちゃんと交際することを認めたわけじゃないからな? そこんところ勘違いしてくれるなよ?」
師炉極が持ち前の爽やかな笑顔で言った。師炉極に幻滅していた頃の俺ならこんなジョークにも辟易していたんだろうけど、今はむしろ笑って受け流せる。
「ちょっと!? お父様!!」
勇魚がすぐ隣で目くじらを立てた。ジョークだとしても、こんな風に名前を出されるはいい気じゃないだろうな。
しかしどうして男親ってデリカシーに欠けるのだろうか?
漫画とかラノベでもノンデリな男親って多いよね?
娘に対して「太った?」とか「彼氏できた?」とか「今日は赤飯だな」とかそういうの。で、まさに今の勇魚みたいに娘から怒鳴られるのが通例。セオリー化してるのかもな。
でも、まぁ、こんな親娘のやり取りも今じゃなんだか微笑ましく見える。
ほら、なんかのアニメでも言ってたし「仲良く喧嘩しな♪」って。喧嘩するほど仲が良いってことだ。
「あははは、大丈夫ですよ。なんとも思ってないですから」
笑顔でそう言うと、突然師炉極の顔から笑顔が消えた。白皙の額に青い筋が稲妻のごとく走る。
あれ? なんか怒ってます? 俺、また何かやっちゃいました?
「貴様、我が最愛にして自慢の娘の勇魚ちゃんに対して『なんとも思ってない』だと? なんの興味も持ち得なければ食指も働かないくらい勇魚ちゃんはブス、とでも言いたいのか!?」
「えぇっ!?」
師炉極は握手をしたまま捲し立ててきた。やっぱりキレてた。それも斜め上の理由で。
もちろん俺はそんなこと言ってなければ思ってもいない。本当は可愛くてきれいで美しくて、そして何より優しくて素敵な女の子だと思ってる。
そりゃできたら付き合いたいとも思うさ。けれどそれをこの親バカ通り越してバカ親に直接言ったらどんなことになるかわからない。
俺はあくまでも当たり障りのないように言ったつもりだったが、どうやらこの人、勇魚に関しては褒め言葉以外は誹謗中傷に聞こえるイカレたタチらしい。せっかく見直したと思った途端にこれだよ。やっぱりこの人アタオカ(頭のおかしい人)だわ。
「ちょ、ちょっとまって下さい、お父さん……」
俺は冷静にとりなそうとした。相手がアタオカならこっちはむしろ努めて冷静になるべきだ。どっちもヒートアップしたらそれこそ最悪の惨事になりかねん。こういうイカレた人相手だと特に。
「誰がお義父さんだ! お前のようなモンには我が家の敷居は跨がせないぞ!」
あ、やっぱりダメだこの人。
「お父様! いい加減にしてください! ダンジョン攻略中ですよ! 馬鹿な真似をしてるとアタオカだと思われますよ! 」
かわいらしい顔を真っ赤にして烈火の如く起こる勇魚。憤怒の天使勇魚。天使は怒ってもやっぱり天使でかわいらしい。
でもごめんな、俺、既にあなたの親父さんのことアタオカだと思ってます。
ふと、師炉極の顔からアタオカな表情が消えた。代わりに浮かんできたのは射抜くような鋭い目とキュッと真一文字に結ばれた口元。
えっ、ひょっとしてマジギレですか……? ご自慢の愛娘に正論を言われたけど愛娘には言い返せないので怒りの矛先をこっちに向けたとかそういうパターンですか……?
俺が戦々恐々としていると、師炉極は握手をさっと離した。
すわ喧嘩か!?
ヤロー仕掛けてくるか!?
と思って俺は身構えたが師炉極の以前鋭いまま目は遠くの空を睨んでいる。
「勇魚、マッチョくん、敵が来るぞ……それもかなりの大物だ……!」
「え、まだモノリスからそんなに離れてないですけど……」
「モノリス周辺は比較的敵が弱い、たしかにそれがセオリーだ。が、あくまでもここはダンジョン。常識の通用しない場所ということを覚えておくと良い」
至ってマジメでシリアスな声で師炉勇魚は言った。冗談でもなんでもない本気と書いてマジな雰囲気を急に醸し出してきた。
さっきまであんなにおふざけキャラだったのに、今はもう立派な超一流S級冒険者の顔になっている。ギャグとシリアスの境界線を反復横とびするような師炉勇魚のキャラの高低差の激しさに耳がキーンてなりそうだ。
とまれ、敵が来るからには俺もそれなりの備えをしなければならない。一挙に高まりつつある緊張感。勇魚も参甲小百合子も俺も、一斉に師炉極の望む西の空を見やった。
すると、俄に西の空が荒れてきた。黒雲が天高く渦巻き、風が吹き荒れる。幸いにして雨はないが、高空から雷の空気を震わす炸裂音が幾度となく地上へ降り注ぐ。
まさに大物の登場に相応しい雰囲気。まさにお誂え向きな演出だ。ゲームならいよいよボスかとワクワクするところだが、ここは現実のダンジョン。命のかかった戦いだ。ワクワクどころの話じゃない。正直に言えばビクビクしそうだ。
でいや、待て、何をビビる必要がある?
俺は<ユニークスキル>持ちだぞ?
そうだ俺は<魔力筋>のゴリゴリのムキムキのスーパーマッチョメン能見琴也だ。
ドラゴンだって一撃でぶっ飛ばしたし、百人斬りも達成した。もはやビビる理由はどこにもない。どんなやつが来たって今の俺なら勝てる、絶対に。それにあの師炉夫妻と勇魚もついているし、負ける理由を探す方が難しいね。
そう思うとなんだか興奮してきたな。
サンドウィッチマンのネタじゃないよ? さっきまでビビリそうだったのが嘘みたいに気持ちが高揚してきたんだ。オラ、ワクワクすっぞ! てな感じ。俺、ひょっとしてサイヤ人に覚醒めてる? 見た目は北斗の拳だけど。そういえばカカロットもムキムキだけど、ムキムキになると好戦的になるのかな? テストステロンとかの関係で?
そのとき、耳をつんざく雷鳴が轟き、眼前の黒雲が見えない剣に切り裂かれたようにパックリと割れた。その割れ目からゆっくりと何かが降りてきた。
「うわっ……」
思わず声が出た。それは黒くて大きな人型の怪物だった。SMボンテージ風衣装にグロテスクに血の滲んだ生傷だらけの身を包んでいる。
SMだからセクシーだと思ったら大間違いだ。なぜならこいつはオス。胸のあたりを見るに絶対にオス。がっかりなほどオスだ。
ま、その趣味がある人にとってはセクシーかもしれないけど。背中にはコウモリのような翼が二対、鉈を両手に二振り持ち、目隠しされた頭部にはヤギのように曲がりくねった角が二本あった。
SMボンテージ悪魔巨人とでも言うような異様かつ不気味で怪奇なそいつはズンと土煙を上げて着地するやいなや、おもむろに口を開いてえずき似た唸りとも叫びともつかぬ音を発した。
野太い低音が腹の底に響くが、それよりもえずくような音が耳に酷く不快だった。耳元でゲロを吐かれたような不快感と言えばいいか。そんな最悪なサウンドを邂逅一番にカマしてくれたお礼に俺は、絶対にコイツをボコッて泣かすと心に決めた。
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