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そこまでお願いされて断るのはマッチョが廃る

「さて、話がまとまったところでキミには早速モルモット……いや、失敬、貴重なサンプルとして我々の用意した多種多様な実験に付き合ってもらいたい」

　一献寺香良も勝手に話を進めてゆく。しかもこいつ、今俺のことをはっきりとモルモットって言ったぞ！？　やっぱり悪の組織のマッドサイエンティストじゃないか！？　ショッカーみたいな！

「勇魚、本当にこいつらに協力しなきゃなんないの？　人のことをモルモット扱いするやつらに絶対協力しなきゃダメ？」

「香良さんはちょっとイカレてて悪気がないの。だから大目に見てあげて」

　ちょっとでもイカレてる人は人としてどうかと思いますし、そもそもちょっとどころじゃない気もする……。

「経緯が経緯だから、能見くんが協力を拒む気持ちもわかるけどね、でも拒否はできないの。なぜならダンジョン攻略研究調査室は超法規的国家権力なの。一般国民であるあなたに拒否権はないし、たとえ拒否したとしてもダン研は違法合法を問わずあらゆる手段を使ってあなたを無理やり協力させることだってできてしまうの。それにルソーも言ってるじゃない？　国家が死ねと言った場合、それが国家の利益になる場合国民は喜んで死なねばならないって」

「え、えぇ……」

　勇魚の恐るべき発言に俺は軽いめまいを覚えた。

「ま、そういうことだ。能見琴也、君は我々に協力しなければならない。これは決して我々や、ましてや私個人のためではない。国家のため、ひいては世界のためなのだ。世界をダンジョンという脅威から救うため、君の力が、君の協力がどうしても必要なのだよ。不満もあるだろうがこれも世界のため、どうかよろしく頼む」

　突然、一献寺香良は膝をついて俺に土下座してきた。その後ろでメン・イン・ブラックたちも同じ用に額を床に擦り付けている。いい歳の大人にいきなり土下座なんてされてもこっちが困る。

「能見くん、あなたの力は私の目から見てもとっても偉大な力だと思う。その力を研究してもっと上手に使いこなせるようになれば、あなたにとっても世界にとっても素晴らしいことだと思わない？　あなたの力には世界を救う可能性があるの。だから私からもお願いするわ、能見くんダン研にどうか協力してあげて」

　ダン研の連中と同じく土下座しようとする勇魚を俺は慌てて止めた。土下座なんてされたって迷惑なだけだし、それに勇魚の土下座なんて見たくない。土下座なんかより、彼女は常に凛としている方がよく似合う。

　勇魚にそこまで懇願されて応えないのは男が、いや、マッチョが廃るか……頼られたマッチョはいつだって期待に応えるべき、それこそ真のマッチョだろ。

　シュワちゃんだって世界のピンチから逃げない。ならばマッチョな俺だって逃げてばかりいられないよな？　俺が憧れた漫画やラノベの主人公だってそうだ。彼らはかわいい女の子の頼みから決して逃げなかった。

　じゃ、俺もそうするしかないよな？

　だってマッチョだから！

　筋肉はこういうときのためにあるものだからね！

「勇魚がそこまで言うなら、わかったよ。協力する」

　不意に勇魚が俺の厚い胸板に飛び込んできた。俺はそれをマッチョらしくムッチリガッチリ優しく受け止める。

「ありがとう、能見くん。あなた、やっぱり私の英雄(ヒーロー)だわ……」

　たしかに英雄(ヒーロー)なんだろうな、じゃないとこんな役得ありえない。

　美女に頼られ、その身を任されるマッチョ、まさに英雄(ヒーロー)。気分はコナン・ザ・グレート。

　俺が夢見たラノベファンタジーの主人公はもっとスタイリッシュで、筋肉もりもりマッチョメンとはちょっと趣が違うが、ま、どっちも英雄(ヒーロー)には違いない。英雄(ヒーロー)の形は人それぞれ千差万別さ。

　そのとき、背中に何やら好ましい柔らかな感触がギュッと来た。

「さすが能見琴也くんだ、私が見込んだゴリマッチョボーイ……さぁその素晴らしき重戦車の如き肉体で私を完膚なきまでに蹂躙し、汗臭い喜びに悶えさせてくれたまへ……」

　あの変態、一献寺香良が俺の背中に抱きついてきて耳元で囁いた。セリフはキモいのにお胸の感触が嬉し恥ずかしくて複雑な気分。

　前門の美少女、後門の変態。漢字で書くと『嫐』の状態。嬉し悲しや、どっちの感触も男心をくすぐってくる。ある意味両手に花でもある。

　しかし不思議なことに、あの真摯な土下座を見た後のせいか、あんなに気味の悪かった一献寺香良に抱きつかれても前ほど嫌な感じがしない。感触だけでいえばそれはもう気持ちがいいし。

　かといって女体のサンドイッチ状態はちょっと一般童貞男子高校生には刺激が強すぎる。

　決して嫌なわけないのだが、どうしてか血が股間ではなく頭に上ってきた。芳しい女性の香りもあって、頭がもうクラクラのフラフラ。辛うじて立っていられるのはこの鍛え上げられた筋肉のおかげだ。やはり筋肉、筋肉は全てを解決する。

　と、瞬間、両足に妙な感触があった。何かがまとわりつく感じ。でも、勇魚と一献寺香良のように嬉しい感触じゃない。見てみると、

「げぇっ！？」

　メン・イン・ブラックたちがそれぞれ俺の足に抱きついていた。

「素敵」

「惚れちゃう」

　などとほざいた。一気に血の気が引く。おかげで頭集まっていた血が一気に逆流、俺は正気を取り戻した。

「きっしょく悪い！　離れろッ！」

　この際多少の乱暴は致し方がない、俺は足をブンブン、メン・イン・ブラックたちをふっ飛ばした。盛大に吹っ飛んでいくメン・イン・ブラックはどうでも良かったのだが、

「ご、ごめんなさい、私としたことがなんてはしたない真似を……」

　引きはがすつもりのなかった勇魚まで離れてしまった。しまった、俺の拙い言い方のせいで……彼女は悪くないのに……。

「あ、ちがっ、勇魚のことじゃなくて……勇魚は全然悪くないから！　勇魚だけなら全然問題ないから！」

「わ、私はいいの……？　それって……」

　勇魚は顔を赤くして俯いた。照れてるみたいだ。そんなかわいい勇魚を見てるとこっちまで照れてしまう。

　ちなみに背中の一献寺香良とかいう変態はまだ子泣きじじいみたいに背中に張り付いている。すっごく荒い鼻息が首元にかかって気色悪い。この人はこの人で少しは勇魚を見習って欲しい。

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