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第6話 勝利と報酬のレトリック

 奴隷街は大雑把に三つの区画に分かれている。

 奴隷達が寝泊りする「居住区」。帝国の兵士達が寝泊りする「駐屯地」。そして、娯楽施設が立ち並ぶ「歓楽街」だ。


 奴隷達の多くは稼いだ日銭を握り締めて歓楽街へと向かう。歓楽街には酒場に公衆浴場、宿屋に賭博場、娼館と、娯楽施設が充実している。


 過酷な労働環境に、明日生きられる保証のない魔族との抗争の毎日。

 常に命の危機に晒されている奴隷達は休息と癒しを求めて街へ向かい、少ない給料を全て吐き出す。


 なぜ帝国が奴隷にここまで自由を与えるのか。

 それは奴隷達に暴動を起こさせないためだ。

 人は希望がないと動かない。理不尽を感じれば怒りだす。絶望して自ら命を断つ者が増えれば労働力が減る。暴動が起きれば鎮圧する必要がある。そうなっては面倒だ。コストもかかる。

 だから馬鹿にでも分かるように、こうして奴隷達に分かりやすい希望を与えている。


 ——たとえ奴隷であっても「力」と「実力」を示せば自由が得られる、と。


 この奴隷街では力が正義で、金で買えない物はない。

 己が力を示し強者だと認められれば、

 上手い飯がたらふく食える、

 ふかふかなベットで眠れる、

 綺麗な女を抱くことができる、

 畏怖と尊敬の眼差しで見つめられる、

 そして、死刑囚の烙印を押された重罪奴隷であろうと金を払えば『自由民』になれる。


『自由民の切符』を手にすれば、奴隷の身分から解放されて正式に帝国市民となる。地上の帝都に住む許可が与えられ、家と仕事、そして数年遊んで暮らせるだけの金が提供される。


 ここは身分に縛られず誰もが成り上がるチャンスがある平等な世界。

 力ある者が地位と名誉を獲得する弱肉強食の世界。

 結果を出した者は正当に評価され、それに相応しい報酬が支払われる実力主義の世界。


 地下に堕ちた奴隷達は皆、自分の命を担保に弱者を蹴落とし強者になろうと足掻く。力と実力を備え持つ者が正しさを得る世界。

 ——実にシンプルで、平等で、クソったれな世界だ。


 俺とジャックの二人は、戦場で共に戦ってくれる仲間を雇うために、歓楽街のとある場所を訪れていた。


「にしても、リュート。ルーン石なんてレア物どこで入手しやがった?」


「これは地下で拾った青色水晶に文字を刻んだだけのガラクタだ。ルーン石なんて危険物、この街に持ち込めるわけないだろう。バレたら死刑だ」


「なるほど~。へへッ、ギャダルのビクついた顔が見られて清々したぜ!」


 地下街で奴隷同士の争いはご法度。

 奴隷の役目は魔族と戦うことであり、戦う前に奴隷同士のいがみ合いで死んでしまえば意味がない。奴隷を食わせている食料分の金が無駄になる。

 だから、衛兵に見つかれば容赦なく罰則を受ける。別の階層を出入りする際、入念に持ち物をチェックされるのもそのためだ。


 地下迷宮を探索する際、奴隷は衛兵から帝国製の量産武器を支給される。そして奴隷街の駐屯地へ戻ってくると武器や防具は全て返却しなければならない。

 街に武器を持ち込めるのは帝国兵と、《《とある人物》》のみ。

 歓楽街の奥へ進むと、娼館が立ち並ぶ広い通りに出る。


 装飾っ気の薄い土壁の街から、切り出した石材を用いた少し高級感のある建物が見え始め、街並みがガラリと変わる。


「見ろよ、リュート。あれ黒妖精種ダークエルフじゃねえか? かぁ~色っぺえなぁ~おい! 黒妖精種の女は極上だって話だ。あんな上玉、何ティアス払えば相手されんだか。……はぁー、俺も美人な姉ちゃん抱きてえぇ~っ!」


 稼ぎの多い者しか入れないと噂の高級娼館『ヴィーナス』。

 その娼館の前で胸元を大きく開き、際どい薄布を妖艶に着こなした黒妖精種ダークエルフの娼婦が客を取っていた。


 首のリングに紐を繫いだビキニタイプの短衣。口元を布で隠し、腰に薄布を巻き付けている。まるで踊り子のような衣装だ。艶めかしい褐色の肌に蠱惑的な長目、男を魅了する抜群のプロポーション。男の劣情を煽る二つの双丘を露骨に見せつけ、道行く男共を悩殺している。


 黒妖精種ダークエルフの娼婦は、無精ひげを生やした帝国兵の男の左肩に頭を乗せ、腕を絡めた状態で娼館の中へと消えていった。


「はぁ~、見せつけやがって。奴隷兵の安月給じゃそう何度も通えねえし……。結局、帝国兵サマのために用意されたようなもんじゃねーか……」


 ジャックは愚痴をこぼしつつも、まだ娼婦を目で追っている。

 金を払って女を抱く、それはとても贅沢な行為だと思っていたので、こんなスラム同然の場所に娼館がある事に少し違和感を覚える。でも実際は逆で、こういった場所でこそ色屋が栄えるのだと最近知った。


 道行く男達は娼婦に見とれて鼻の下を伸ばし、ゆっくりした足取りで娼館の前を通り過ぎて行く。大通りを見渡せば娼婦を隣に侍らして店に入っていく奴隷や帝国兵の姿が見える。

 この地下に閉じ込められた奴隷がなぜガツガツして地上を目指さないのか、その理由が分かった気がする。

 明日生きられるか分からない地下の生活。宵越しの銭は持たず、ぱあっと娼婦に金をつぎ込む方が最後まで楽に生きられる。


 童貞で死ぬなんてごめんだ。

 俺も誘惑に負けて快楽に溺れたい。

 綺麗な女性の胸に顔を埋めて微睡みの世界へと逃げたい。

 このクソったれな現実から一夜だけでも目を背けたい。


 でも、俺は……。


「娼館に用はない。さっさと行くぞ」


「お前、本当にそっちの気はないんだよな? 大丈夫なんだよな? 俺、ちょっと心配になってきたんだが……」


 いらぬ心配をしている馬鹿は放っておいて、俺は娼館の裏道へと向かう。


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