第5話 歓楽街
労働を終えた俺達は昇降機に乗り、地下十五階層『奴隷街』へと帰還する。
巨大な地下空間に築かれた土くれの街。
地下街、奴隷街、奴隷の墓場とか呼ばれている。
地下十五階層にある巨大な空洞の出入り口に関所を建てて塞ぎ、一つのエリアを丸々街にした場所だ。地下街には多くの奴隷が収容されている。
一体地下だけで何㎞あるのか、想像もつかない。だが前の世界で俺が住んでいた地方の商店街よりは何倍も広いと間違いなく言える。
遠くに見える岩壁から水が湧き出しており、川が奴隷街の区画を分断。その川が下の階層へ向かって流れている。かつてこの奴隷街は魔族の進行を食い止める前線基地だったらしい。水の補給に困らないということで、ここに拠点が築かれたそうだ。
土と石で固めた壁に扉を一つ取り付けただけの粗末な建物が軒を連ねており、建物の隅に目を向ければ、ボロ布を天井に張っただけの簡易テントで奴隷達が雑魚寝していた。土色一色、装飾っ気はまるでない。乱雑な街並みに粗野な身なりの奴隷達、まるで映画や漫画で出てくる海外の貧民街みたいだ。
そんな退廃的な雰囲気漂うボロの街並みを眺めていると、同じく労働を終えた他の奴隷達が思い思いに街へ繰り出していく姿が見えた。
「相変わらずだな、この街は」
「まあ、多種族がこんなに集まって一緒に暮らしてるのは、この奴隷街くらいだわな」
人間、ドワーフ、獣人、エルフ、地下街は様々な種族で溢れている。彼等はみな奴隷だ。
異世界人の俺からしたら、獣人種とか魔族に近い存在に見えるのだが。
そんな彼等は『亜人』と呼ばれている。
『魔族』と『亜人』の線引きは人類に友好的かどうか。
でも、帝国は人間至上主義の思想が強い国だ。地下に送られる奴隷は亜人の数が多い。人類に味方した亜人達を奴隷にしているのだから、帝国とは本当に血も涙もないらしい。
亜人に魔族、魔法に剣。
人の命を軽く扱うこの世界には嫌悪感しか無いが、こういう所だけは異世界ファンタジーしている。地方の田舎街で育った俺には、この奴隷街の景色が全て新鮮な景色に映り、未だ現実味を帯びない。
奴隷街に労働を終えて帰ってきた俺とジャックの二人だが、今は自由時間だ。この奴隷街の中であれば、奴隷達はある程度の自由行動が許されている。
俺達は駐屯地を出て、歓楽街の方へと歩き出した。
ざわざわと街の喧噪が聞こえ始める。
「おい、お前。……へぇ、なかなかの上玉だな。なぁ、俺等の相手してくれよ」
「やめろっ! はなせ!」
「おい、暴れるな!」
「待て、そいつ奴隷兵だ。傷つけるのはマズイ」
「チッ、なんだよ。こっちは地下の肥溜めで巡回警備なんてやらされてんだぜ? こういう役得があってもいいだろうに」
二人連れの帝国兵が亜人の女奴隷兵に声をかけていた。
奴隷は皆、皇帝の所有物だ。いくら帝国兵でも好き勝手はできない。しかし、見る限り規律は守られてはいないようだ。
この街の雰囲気はあまり好きではない。
見るからに傭兵崩れらしき傷持ちの奴隷が酒場を占拠して盛り上がり、見回りの衛兵が道のど真ん中を威張りちらして歩き、絶望し無気力になった奴隷が道端で膝を抱えて座り込んでいる。
歓楽街を訪れる度に溜息が出そうになる。
敗北者たちが集まる街でありながら、強者が威張る街。こんな地下の肥溜めに落ちてなお、その中で強者が弱者をいたぶり優越感に浸る。同じ地の底を這うネズミ同士でも仲良くは出来ないらしい。
とことん腐り果てた街だ。
そして、さらに最悪な奴らと遭遇する。
道行く人を眺めながら歓楽街の通りを歩くことしばらく、複数の男が道を遮り、俺達の行く手を阻んだ。
「よう、クソネズミ共。こっから先は歓楽街だ。ガキ共にはまだ早えー。さっさと帰っておねんねしねーと、殺戮鬼が襲って来るぞってな!」
ギャハハと下卑た笑い声が決して広くはない通路に響き渡る。
ガラの悪そうな男が三人。そのうちの一人が聞こえよがしに大声で叫び、こちらに近づいてくる。
ニタニタと下衆な笑みを浮かべる男の名はギャダル。——別名『片目の巨漢』。
切傷が斜めに刻まれた左目を眼帯で隠している。太くずんぐりとした体格で、首には奴隷の証である首輪が嵌められていた。
俺達と同じ時期に地下に堕ちた奴隷だ。数々の罪を犯してこの地下にぶち込まれたと、悪びれもせずに自らの悪行を吹聴して回る典型的な目立ちたがり屋。ただのクソ野郎だ。
ギャダルは右腕に赤いバンダナを巻き付けている。
そのバンダナは「トライブ」の証。
「トライブ」とは、同じ奴隷が徒党を組んで戦う集団の事だ。意味合いとしては、パーティーや部隊に近い。
どうやらギャダルは、どっかのデカいトライブに加入し、気を大きくしているようだ。自分の力を誇示したくて通りを歩いていた俺達にちょっかいをかけてきた、そんなところだろう。
相変わらず暇な連中だ。
だが、ギャダルは俺達と同じ、あの地獄の戦場を四回生き残った実績がある。実力だけ見ればギャダルは強者の部類だ。新人上がりで早々「トライブ」に参加しているのだから、腕っぷしだけはあるらしい。
ギャダルの後ろに立つ取り巻き二人の名前は忘れた。特に覚える必要もないだろう。
「なにか用か?」
「『なにか用か』、だと? ギャハハッ! 調子乗ってんじゃねえぞ、クソガキ!」
ギャダルは挨拶早々俺の胸元に掴みかかり、顔を近づけて凄みを効かせる。
「てめぇみたいな死姦野郎がなに堂々と街を歩いてんだよ。気に入らねぇ」
「……この街はお前の物じゃなくて帝国の物だ。そして俺もお前も、同じ帝国の所有物のはずだが?」
「俺とお前が対等だと? ギャハハハハハッー‼ 笑わせんなよクソガキっ‼」
「運だけ生き残った“新人上がり”がつけあがってんじゃねえぞ、ゴラァア!」
「へへっ、びびっちまって声も出ねえかぁ?」
取り巻き二人も嘲笑うように囃し立ててくる。
お前もその新人上がりだろうがとツッコミたくなるが、何を言っても意味はなさそうなので静かに押し黙る。
騒動に気づいた周りの連中も同様、下衆な笑みを浮かべてこの趣味の悪い「新人せーさい」を楽しもうとしている。
歓楽街を訪れる時間帯がマズかった。今は労働を終えて帰還した奴隷兵たちが多い。こういったトラブルに巻き込まれるのは想像できたはず。
失態だ、俺は心の中で舌打ちをした。
「同じ奴隷でも身分の違いがあるってことを教えてやるよ!」
ギャダルは右腕を振り上げ、俺の顔面に岩のような拳を叩きつけようとする。
拳が顔面を捉える寸前、俺は左手を掲げ、左手に持つ物をギャダルの眼前に押し付ける。
俺の手には『青白い石』が握られていた。その石の表面にはアルファベットに似た不可思議な文字が刻まれている。
「なっ……」
「——『爆破魔法』が付与されたルーン石だ。手を離すのと、顔が吹き飛ぶの、どっちが良い?」
俺はバクバクと跳ね上がる心臓の鼓動を悟られぬよう、堂々とした態度を心掛けてギャダルに問いかける。
ギャダルは目を見開いて俺の手に握られた石を凝視し、そして固まっていた。
「……ハッ! やってみろよ! それを発動すればお前の腕もハジケ飛ぶ。『屍喰らい』にそんな度胸はねえだろうがっ! ああん‼」
「知らないのか? ルーン石は文字が刻まれた面の方向に向かって魔法が発射される。まぁ確かに、至近距離で魔法を放てばこちらにも被害は出るが、せいぜい火傷を負う程度だろう」
「……」
「『そんなことをすれば衛兵が黙っていない』、か?」
俺はなるべく不敵に見えるような表情をつくり、ギャダルを心理的に追い詰める。
「名が売れているのはお前の方だ、ギャダル。酔っ払いが非合法に持ち込んだルーン石を自爆させた、皆そう思うだろう。俺はただ巻き込まれただけだ」
「……チッ」
ギャダルは俺を掴んでいた左手を離し、呪い殺すが如くこちらを睨み付けてくる。その視線には殺気が込められており、少しも隠そうとしていない。
「てめぇは、いつか殺す」
「……いつか、があることに期待する。それまで生き延びなきゃな。互いに」
道行く人の視線も集まり始めた。
ギャダルと取り巻き二人は「チッ」ともう一度舌打ちを吐き捨て、衛兵が来る前にそそくさと退散する。
去っていく男達の背中を尻目に、物陰に隠れているもう一人の男に声をかける。
「おい、自称友人。ガラの悪い奴に絡まれてる友人を助けてはくれないのか?」
「おお、リュートよ。お前はただの冴えない不幸顔野郎だと思っていたが、やるときはやる奴だと思ってたぜ!」
それで褒めているつもりなのだろうか。
ギャダルに絡まれる前にそそくさと退散したジャックが、物陰から姿を現す。逃げ足の速さに関しては『引率者』の右に出る者はいないらしい。