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第4話 地下迷宮五階層 採掘労働

 ——地下迷宮五階層。

 メインルートから外れた末端の坑道の奥。


「ったく、どれだけ広いんだよ、この地下はよぉーっ⁉」


 近くで採掘作業を行っていたジャックが額の汗を拭いながら、そう愚痴る。

 ジャックの腰には長剣よりも少し刀身長が短い帝国製片手剣(ショートソード)が携帯されている。狭い坑道内でも取り回しが効く迷宮探索用装備だ。俺の腰には大型の短剣ナイフがぶら下がっている。


 しかし、この迷宮内でナイフを鞘から引き抜く事はまず無い。もしナイフを手に戦うような状況に陥ったならば、俺達は直ぐに全滅してしまうだろう。

 なんせ俺とジャックは戦闘能力ゼロ。

 戦い方すらろくに知らないド素人なのだから。


 俺達二人は、地上と奴隷街の間の五階層で鉱山労働に従事している真っ最中だった。

 両手にツルハシを持ち、ランタンの僅かな光源を頼りに、延々と目の前の岩壁を砕く。

 この世界に岩を削る機材なんて物は無い。ひたすら鉄キレ一本で穴を掘り進めるのみ。複雑に入り組んだ広大な地下迷宮にさらに一つ通路を増やし、迷宮を拡張していく。


 どれくらい穴を掘り進めただろうか。

 体がやけに重い。ツルハシを振り下ろす度に全身の筋が悲鳴を上げる。顔は土まみれになり、口の中に入った砂粒がじゃりっと不快な音を立てた。

 太陽の光を浴びない生活を続けて、もうそろそろ百日が経過する。

 長い地下生活で土と砂の香りを嗅ぎ慣れてしまっていた。


「人間界と魔界を繋ぐ地下迷宮か……。どれだけ降りれば魔界に辿り着くんだ?」


「さあ知らね。まあ、魔界に逃げたところで人間は殺されるだけだ。目指すなら地上だろ」


「関所を超える抜け道は本当に無いのか?」


「ねえーよ、そんなもん。何回目だ、その質問。地下から地上へ上がる道は一つしかねえーの。地上への出入り口をくぐればそこは帝国兵が詰めてる駐屯地だ。常に人の出入りはチェックされてる。さらに都市は馬鹿でかい城壁で囲まれてんだ。奴隷の身分じゃ越えられねえーよ」


「だが帝都の地上にも奴隷が大勢住んでんだろ? そんなに奴隷がいるなら一人二人脱走に成功した奴もいるはずだ」


「あぁ~、奴隷の娼婦が警備兵に取り入って壁の外に逃げた、って話が一番良い線いったらしいぜ」


「その結果は?」


「巡回兵にすぐ捕まって磔の刑。たぶらかされた兵士も首を切られたってよ」


 俺の質問にジャックは疲れ切った様子で答える。

 首を切られたとは文字通り、胴体から切り離されたのだろう。この世界では公衆の面前で処刑など当たり前の行為。地下街でも毎日のように奴隷の首が広場に転がる。


「にしても、こんな石ころ一つが、俺等の給料三ヶ月分で取引されてるとはな……やってらんねえーよ、ったく」


 ジャックは採掘した青白い石を拾い上げ、台車に放り投げる。


 これは『ミスリル鉱石』。

 世界樹の地下迷宮でしか採掘できない魔力伝道率に優れる希少金属(レアメタル)

 この鉱石は主に魔法道具として加工され、様々な用途で利用される。

 鉱石を加工し、魔法効果を付与する『ルーン文字』を刻むことで魔法道具となる。魔力を込めるだけで魔法が発動する便利な道具だ。魔法の知識がない一般人にも使用できる。

 ルーン石に『熱魔法』を付与して湯沸かし器に、『冷気魔法』を付与して食料保存用の冷凍庫に、もちろん武具や兵器にも利用される。


 奴隷制度を推し進めて労働力を確保し、ミスリル鉱石を利用して装備の近代化を進めたからこそ、帝国は他国を圧倒する武力を手に入れ、世界を支配した。

 ミスリル製の装備で固めた帝国の精鋭部隊「不死隊」とやらは、その部隊一つで小国を蹂躙できるほどの戦力らしい。そんな噂話を地下街で聞く。


 ミスリル鉱石の供給は帝国にとっても生命線。

 地下迷宮に眠る鉱石資源の採掘と拠点防衛、これらのために大量の奴隷が労働力として地下へと送り込まれている。

 俺は忌々し気に首輪に手を添え、会話を続ける。


「この奴隷の首輪もミスリル製だよな?」


「ああ。ほんと贅沢な話しだよな~。なんでも、下層の方じゃさらに純度の高い鉱石が採れるらしいぜ?」


「下層ねぇ、俺らじゃ行けないな」


 今いる場所、迷宮地下五階層は比較的安全だ。

 坑道はある程度整備されており、モンスターや魔獣が出現するポイントである『世界樹の根っこ』もあらかた撤去されている。根っこがある危険区域を避けて行動すれば、まずモンスターとエンカウントすることはない。


 地下迷宮に生息するモンスターは『世界樹の根っこ』から生まれる。

 世界樹は大気中の魔素を吸収し、魔力を蓄える性質があるらしい。魔力を蓄えては成長し、迷宮の奥底に根を伸ばしていると聞く。

 根に蓄えられた魔力の影響で周囲の物質が変質し、ミスリル鉱石のような希少金属が地中から採掘できるのだ。地下迷宮でしか採取できない不思議な性質を持つ植物などもあると聞いた。

 その世界樹に蓄えられた魔力が根を通して外に漏れだし、地下迷宮にモンスターや魔獣を発生させる。


 俺達が今潜っている五階層はモンスターの発生が少ない。たとえモンスターが現れても、他の奴隷が近くで作業を行っているので助けを呼べる。

 地下五階層の仕事は、落盤しないように坑道の土砂や岩盤を坑木で補強しつつ、根にぶつからないよう祈って慎重に壁を掘り進めるだけ。実に簡単な重労働だ。

 根っこが剝き出しの状態でモンスターがうじゃうじゃ徘徊している下層に比べれば、こっちの方が遥かに安全。

 その分、貰える給料も少ないが……。

 そこは『命大事に』だ。死んでしまっては給料も受け取れない。


 逆に、多くのモンスターが徘徊している下層の未開拓領域に潜れば、他の奴隷よりも多く稼ぐ事ができる。

 より金を稼ごうと血気盛んな奴隷兵は、地下十六階層~地下二十四階層へと潜り、日々迷宮攻略を行っている。


 奴隷兵が迷宮のモンスターを討伐し、道を整備し、希少金属を採掘する。

 帝国兵が奴隷を監視して利益を掻っ攫う、という構図だ。

 まったく、呆れる。

 どこまでも奴隷から搾り取るつもりらしい。


「そんで、次の戦場はどうすんだ? 魔族がいつ襲ってくるか、分かったもんじゃねえぞ?」


 ジャックは少し休憩と言わんばかりにドカッと座り込む。


「逃げられないなら、安全に立ち回るしかない」


「どうやってよ?」


「一応策を考えた……が、二人じゃ無理だ。失敗した時のリスクがデカすぎる。最低もう一人か二人、なるべく腕の立つ奴が欲しい」


「おいおい、俺らはこの地下でビックリするほどの嫌われ者だぜ? ツルむ奴がいねえから、辛気臭せぇ面のお前としょうがなく組んでんじゃねえーか、忘れたか?」


 死体に隠れ、逃げ惑う腰抜けを、他の奴隷兵が良い顔で受け入れてくれるはずもない。

 俺とジャックは嘲笑の対象として他の奴隷兵に散々馬鹿にされてきた。

 まぁ、俺達を馬鹿にして笑っていた連中の大半がすでにこの世を去っているのだけど。

 この地獄で他人を気にしているような暇人は、真っ先に死んでいく。見栄を張り、虚勢を張った者から順番に死んでいくのだ。


「しょうがなく組んでいるのはお互いさまだ。だがまぁー、集団に溶け込めない問題児なんてどこにでもいるだろう。まずは仲間集めだ」


 俺は作業を中断して体内時計を確認する。腹の減り具合的にそろそろ作業終了の時間だ。


「そろそろ昇降機へ向かおう。いくら下層でも人が減ればその分、危険も増す」


「へいへい。はあぁ~、この台車押すのが一番キチィんだよなぁ……」


 ——約一時間後。


 俺とジャックは鉱石を積んだ台車を二人掛かりで押し進め、長い坑道を抜けてようやく目的地に到着した。


「やっと着いたか……」


「ぜーっ! ぜぇぇーっ! も、もう無理だ。動けねぇ」


 ここは各階層を繋ぐ巨大昇降機がある場所。

 数百人まとめて乗れそうな巨大な箱がガタガタと揺れ、地下深くの闇へと消えていく。

 昇降機が設置されたこの地下迷宮の大部屋には帝国兵の姿が数人見える。

 この昇降機を利用すれば帝都地上にも行ける。昇降機付近は常に衛兵が守りを固めているので、とうぜん脱獄には利用できない。


「次の奴隷、今日の報酬だ! さっさとしろっ!」


 金の装飾が施されたヘルメットを深く被った帝国兵が、奴隷の名前すらろくに確認せずに台車をチェックし始め、俺達に少ない小銭を渡す。


 帝国地下街駐在兵、——彼等は奴隷街の治安を守る帝国の衛兵だ。

 出生ルートから外れて地下の巡回業務を行っている衛兵の士気は低い。だが地下には別の『お楽しみ』があるので数だけは多い。そして類に漏れず、そっちが好きな奴らは大抵性根が腐っている。

 金を稼ぐ力のある奴隷は衛兵に賄賂を渡し、地上から送られてくる物資を融通してもらっていると聞く。どこに行ってもこういう腐った奴らはいる。


 映画や漫画で見たような一分遅れたらムチ打ちされる時間厳守の監獄とは異なり、ここは思った以上に管理が甘い。帝国兵が皆、腐りきっているからだ。


 だが、奴隷の管理が甘くても地下は機能するし、脱獄を企てる者も少ない。

 そういう構図が既に出来上がっている。


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