第39話 魔王降臨
「——ああ、じいさん。俺は魔王になる」
この世を去ってしまった恩人に向けて、俺はポツリとつぶやく。
老人から託されたこの思いを無下にすることはできない。
俺は必ず成し遂げてみせる。
「反乱だあぁ——っ‼ 奴隷の反乱だあぁ——っ‼」
駐屯地内が途端に騒がしさを帯びる。
口をあんぐりと開いて立ち尽くすルクスティアの元に帝国兵の一人が慌てて駆け寄り、報告を始めた。
「は、報告します! 奴隷がなぜか全員武装した状態で蜂起。こちらに向かってきています!」
「どうなってる⁉ はやく首輪を起爆させろ‼」
「それが、既に試したのですが、……首輪の遠隔起動が出来ませんでした」
「なにいいいいぃっ! 馬鹿な事をいうな! 奴隷が首輪の解除方法を知るはずないだろうが!」
ガシャ————ン。
すると駐屯地の奥、昇降機に続く通路から大きな音が鳴り響いた。
「……へっ? い、今の音は……なにごと?」
「報告します! 昇降機の方で爆発。誰かが昇降機を破壊したもようです!」
「はあぁぁッ! 昇降機前の通路はダークエルフ部隊が待機しているはずだ。いったい何をやって——」
「報告ッ‼ ダークエルフ部隊が帝国兵を襲っています。は、反乱です!」
「………………裏切った、のか?」
呆けた顔のままグラディアの方を見つめるルクスティア。グラディアは俺の横まで歩いてきてルクスティアに向き直り、こう言い放った。
「ルクスティア。悪いがお前は私の好みではなくてな。——私はもっと思慮深い男が好きなんだ」
グラディアは腰に差した長剣を引き抜き、ルクスティアに敵対の構えを取る。
「あ、あなたは……、帝国に歯向かうことが何を意味するのか、り、理解しているのかああぁぁぁぁッ!」
「報告します!」
「なんだ、しつこいぞ!」
「魔族警報発令! 魔族が進軍を開始! 魔族は既に泉周辺の森を抜け、砦へ攻撃を開始しています!」
「…………………………は?」
遂に思考停止してしまったルクスティアは額を手で押さえ、足元をふらつかせながら、しゃがれた声を絞り出す。
「ま、まり、魔力感知結界は、……どうした? なぜもっと早くに感知できなかった……?」
「ふ、不明です。偵察部隊が敵進軍を見逃したもよう」
「偵察部隊を指揮しているのは……、ダークエルフか! き、貴様ら。まさか魔族と手を組んだのか! しょ、正気なのか⁉」
ルクスティアの裏返った悲痛な叫びが広場を突き抜ける。
「ああ、正気だとも」
昇降機前の通路の方から聞こえ始めた戦闘音に耳を傾けながら、俺は数歩前に出る。
俺はエルレウスから授かったギフト『変革者』を発動。
<ギフト『変革者』を使用し、『魔王因子』を変換しますか?>
<Yes>
この日のため、俺達は準備してきた。
ます、グラディアの部下に手を回してもらい<魔力吸収>機能の無い首輪にすり替える。次に地下迷宮に潜り、ギフト『配給者』を使用して世界樹に溜め込まれた膨大な魔力を吸収。
世界樹は魔力を吸収して蓄える性質がある。
帝国は世界樹が蓄える膨大な魔力を利用し、地下街の街灯や魔法道具を動かしていた。おそらく地上も同じだろう。
資源消費なしで再充電される魔力貯蔵タンク。
莫大な魔力エネルギーを帝国が独占し使い放題できるわけだ。他国が帝国に対抗できない理由の一つがこれだ。
だが、その世界樹の魔力、俺が利用させてもらった。
<成功。『魔王因子』は『魔王覚醒因子』に変換されました>
<魔王覚醒に必要な魔力量を確認。規定条件をクリア>
<ギフト『魔王覚醒因子』を発動しますか?>
<Yes>
<魔王覚醒因子、発動。魔王に進化することを承認しますか?>
<Yes>
<種族がヒューマンから魔王へ。人体構成が再構築され、別の種族へと進化します。よろしいですか?>
<Yes>
<魔王となった者は輪廻転生の輪から外れ、魂は創造主の管理下に置かれます。魂の回収、及び魂の漂白化は以降行われません。よろしいですか?>
<……Yes. さっさと始めろ、ウスノロ>
<了。全百九十確認項目、全てに同意したとみなし、魔王降臨フェーズへと移ります>
——すると、自分の意識が深く深く別の場所へと落ちていく。
薄暗い地下の広場にいたはずが、気が付くと何一つ色のない白い闇の世界に突っ立っていた。
何も見えない、何も聞こえない。
ただ静寂が広がるのみ。
<魔王降臨フェーズ開始されました。進捗率17%>
真っ白で何もない不思議な空間。身体の感覚がまるで感じられない。無限に広がる白の世界でぷかぷかと浮かんでいる。
<魔王降臨フェーズ開始されました。進捗率54%>
一度だけ、この世界に来たことがある、俺が死んだ時だ。
となると、もしかしたら、ここは死後の世界か?
<魔王降臨フェーズ開始されました。進捗率81%>
死んだ者の魂は天へと帰り、輪廻転生の過程で魂は漂白されて創造主の元に帰る。そして、その魂は再び解き放たれ、新しい生命へと生まれかわる。なんてのは俺の想像だ。
だがもし、俺の妄想が真実なら、ここは生まれてから死ぬまでの記憶を神に返す場所、だろうか。
生命ある者が最後に訪れる審判の場所。
なら尋ねたい。
創造主とやら、どうして俺をこの世界に呼んだ?
<進捗率100%。体が再構築されます。——魔王への進化が完了しました>
——世界が暗転し、見慣れた薄暗い地下へと意識が戻ってくる。
気分は、特に悪くはない。あっけなく進化が完了してしまった。
自分の体を確かめてみても人間の頃と変わりない。日本人らしい中性的な黄色系の肌色、手にはしっかり五本の指が付いている。鋭い爪とか生えている様子もない。とりあえず異形の化け物とかにならなくて良かった。
すると次の瞬間、体に魔力の奔流が流れ込むのを感じた。
魔力、——それは生命の源であり力の根源。全てを支配できてしまいそうな絶対的な力の片鱗に触れて、かつて経験したことのない全能感に包まれる。
不意に強い殺戮衝動が芽生える。
なるほど、この力は確かに危険すぎる。
「はっ、これが力か」
こんなに気分がいいのは、一体いつぶりだろうか。
始めて心の底から笑えたような気がした。