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第20話 魔族大規模侵攻4

 ——ルナリアが城壁を超えて数分が経過。


「魔力が残ってる奴にルーン石を回せ! 順番に魔法を打って敵の足を止めろ! 城壁に近づけさせるな‼」


 俺は他の奴隷兵に指示を飛ばす。

 協調性に欠ける奴隷兵も今だけは互いに身を寄せ合って共闘している。

 火、水、雷、風、あらゆる属性の魔法が戦場を飛び交い地面に着弾。魔法の波状攻撃で敵はその場で釘付けになる。

 しかし、正面の魔族部隊は盾を構えながら、じりじりとこちらに距離を詰めていた。

 数が違い過ぎる。ざっと二倍くらい敵の方が多い。

 魔法が放たれる度に敵部隊の足が止まるが、それは一時的なものだ。

 長くはもたない。


「はぁ~、しんどっ! 体力ゲッソリ持ってかれちまった。吐きそうっ……うぅ」


「チッ! おい、リュート! 砦門前の奴らも動き出したぞ! このままだと挟まれる!」


 ジャックは魔力が尽きたようで、地面にうずくまっている。

 エルキスは砦門の方を向きながら警告を鳴らす。


「おい、魔族がすぐそこまで迫って来てっぞ!」

「こっちはもう魔力がないわっ‼」

「ダメだ、もうもたない‼」

「嫌だ、まだ死にたくねぇ!」

「おい、助けが来るんじゃなかったのか⁉」

「見捨てられたんだよ、ちくしょう!」


 奴隷兵の阿鼻叫喚な叫び声が聞こえてくる。

 隣にいる奴隷兵からルーン石を投げ渡された。早くもルーン石が俺の方に回ってきた。他の奴らは全員打ち尽くしたようだ。

 たぶん体感的にルーン石を使用できるのは後一回。

 でも、魔法を使用すればロープを掴んでよじ登る体力は残っていないだろう。城壁の下に取り残されて死ぬことになる。


 自分を捨てて仲間のために一秒でも多く時間を稼ぐか、仲間を見捨てて一秒でも自分の生きる時間を稼ぐか。

 クソっ。何を迷っているんだ俺は⁉

 俺は本来真っ先に他人を見捨てて自分を選ぶタイプの人間だったはずだ。今までそうやって沢山の奴隷兵を見殺しにしてきた。死骸の下に身を潜め、俺に助けを求める声を無視し、腸を貪り食われる同胞から目を背けてきた。

 それなのに、何故こうも心が苦しい? 

 心の奥にモヤモヤが張り付いて剝がれない。あの日以来、俺はずっと変だ。

 まだか、まだなのか⁉ 


 こんな最悪な選択肢を選ばせんじゃねぇ!


「お待たせしました、皆さん」

「ルナリア!」


 城壁の淵からルナリアがひょこっと顔を覗かせている。


「嬢ちゃん! さっすが、俺は絶対戻ってくるって信じてたぜ!」


 ジャックが調子のいい事を言っているが、今だけはスルーしてやる。

 ルナリアは城壁の上部に設けられた壁部分、弓兵が身を隠しながら応戦するための凸凹状の鋸壁にロープを結び付け、二本目、三本目と順にロープを垂らしていく。

 ロープは計四本。

 この短時間でよくこんなに集めたものだ。

 最悪、蜘蛛の糸を掴むため奴隷兵同士で殺し合う事まで計算していた。そうならずにすんだのは、間違いなくルナリアのおかげだ。


「防具は全て捨てろ! 少しでも早く上がれ! 持つのは武器一本だけでいい!」


 ロープを垂らし終えたルナリアは城壁の上から飛び降り、地面に着地した。


「殿は私が務めます。私は自分で登れますので」

「すまん、頼む!」


 ジャック、エルキスに続いて俺もロープを掴み、壁に足をかけて慎重に登っていく。

 アドレナリン放出でトリップしていた体が、いま思い出したように疲労を訴えかけてくる。黙れと自分の体に喝を入れ、ロープを離さないよう必死に手に力を込めて、ただひたすらに登る。


「おい、二人とも急げっ‼」


 誰よりも早く城壁に辿り着いたジャックが、敵の方を指さして何かわめいている。

 背中越しに振り返ると、敵は手を前にかざし何やら詠唱している。手の平に光が集まり紋様が浮かび上がる。

 間違いない。あれは魔法発動時の光。

 牢獄でルナリアに魔法を掛けてもらった時と似たような光を放っている。

 敵の手の平に浮かび上がった幾何学模様の魔法陣から幾つもの火炎球が発射され、こちらに飛来する。轟々と唸りを上げて襲いかかる火球は、袋のネズミ状態の奴隷兵を的確に追い詰める。


「危ないっ!」

「ぎゃあああああぁぁぁぁっ!」


 奴隷兵一人の背中に火球が命中。その奴隷兵はロープから手を離し、そのまま背中から地面に落下した。下で盾を構えている連中も、敵の魔法攻撃に晒されている。

 ルナリアは敵陣に突っ込んで隊列をかき回しているが、一人では焼け石に水。敵の進軍を止めることはできない。


「このままじゃマズイ! 早く登れ、エルキス!」

「ひゃあんっ! し、尻を掴むな! マジで殺すぞっ!」


 エルキスは羞恥で顔を赤く染める。だが俺は尻の柔肌の感触に浮かれる余裕など微塵もなかった。なんせ死の瀬戸際に立たされているのだから。

 エルキスを下から持ち上げ、続いて俺も城壁の上の歩廊へ到達。

 鋸壁から顔を突き出して、砦内の様子を確かめる。


 皇帝が演説を行っていた砦門前広場には大勢の魔族が押しかけていた。もはや見慣れてしまった惨たらしい乱戦状態の戦場。砦内の各地で火の手が上がっている。

 昇降機前にも帝国兵の姿が見える。


 あの肌の色は黒妖精種ダークエルフ。ビリティスト卿の後ろに控えていたダークエルフの女騎士が指揮する部隊だ。昇降機前には、まだ魔族は到達していない。


 昇降機を抑えられたら俺達は地下に閉じ込められて全滅。

 昇降機前広場が最終防衛ラインだ。

 とりあえず砦内の事は後回し。今は奴隷兵の救出に専念する。


「おぉーい! こんなの転がってたぞ!」


 ジャックが手に持つのは長さ二メートルを超える長弓。

 よく見れば通路には物資が散乱しており、予備の弓が数本立て掛けられている。帝国兵が置いていたらしい。


「よし! 弓は使える奴に回せ! 下にいる奴等を援護しろ!」


 敵との距離三百メートル、いや二百メートルを切った。

 魔法、弓の有効射程範囲内。弓なんて使ったことはないが、加勢しなければどんどん下の奴等が死んでいく。

 牽制くらいにはなるだろうと弓を掴み援護に回ろうとした時。

 後ろから鋭い声が差し込まれる。


「あぶねえ!」

「っ!」


 エルキスに背中を蹴っ飛ばされ、通路に倒れ込む。

 受け身も取れず顔面を打ち付けた。鼻筋を摘まんで痛みに耐えながら振り向くと、次の瞬間、俺がさっきまで立っていた場所の壁際で爆発が起こり、熱波がじりじりと肌を焦がす。

 どうやら敵の火炎魔法が城壁に衝突したようだ。


「すまん、助かった! でも、もう少し優しくしてくれ」


「それより下を見ろ。だいぶマズイ状況だ」


「なに?」


 俺は城壁から突き出た鋸壁を背に、慎重に下をのぞき込む。

 見ればロープが焼かれて下半分で千切れていた。これじゃ登れない。

 ロープは残り三本。

 ——全員は、助からない。


「た、助けてくれぇぇぇぇーっ!」 

「ひぎゃああああぁぁぁっ‼」


 二本目のロープが焼かれる。

 敵に接近を許したこの状況で、無防備に背中を晒してロープを登るのは自殺行為。下にはまだ多くの奴隷兵が残っている。


 俺の作戦は間違いだったのか? 死を覚悟して砦門に突撃を仕掛けるべきだったか? それとも降伏? 他にどのような選択肢があった?

 一人、また一人と死んでいく。俺は死に行く兵士たちの姿を眺めながら、呆然と立ち尽くしていた。

 彼等の死の責任は誰にある? 俺か? 

 いや、この世の中に取れる責任なんてものはない。あるのは選択と結果、そして孤独だけだ。選択の結果起こった現実をまざまざと見せつけられ、俺の心に耐え難い孤独が広がる。


 焦燥感に駆られ思考が停止しかけた時、戦場に重々しい笛の音が響き渡った。広大な地下空洞の隅々までに響き渡る音。これは魔族の警笛だ。


 ブオオォォォ————ン‼


 魔族達はピタリと追撃を止めて、互いに顔を突き付けている。

 笛が鳴る方へと首を巡らせたかと思えば、目の前にいる俺達を放置して砦門の方へと移動を開始した。


「な、なんだ、あいつら急に⁉ ……助かったのか?」


 隣に立つジャックがポツリとつぶやく。


「……魔族も、喋るんだな」


 俺の目には魔族達の表情が焼き付いていた。

 予想外の出来事に眉を潜める牛頭族の様子、心配そうにあたりをキョロキョロと辺りを見渡す子鬼族の様子、どれも人間と大差ない表情だ。


『どうした、何があった?』

『分からない』

『仲間達がきっと上手くやったんだ!』

『笛の合図だ。移動するぞ!』


 言葉は聞こえなくても、魔族達が何を話しているのか大体表情で分かった。

 彼らもまた、帝国に追いやられた存在だと、俺は気づいてしまった。


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