第13話 迷宮二十五階層 砦内2
他の奴隷兵も地下二十五階層に降りてきて、ここ砦内の駐屯地で合流する。
帝国兵が既に待機しており、奴隷兵を砦門前の広場へ誘導していた。
この前線の砦に配属される帝国兵はやる気のない奴隷街の衛兵とは異なり、祖国防衛のために心臓を捧げる本物の職業軍人たちだ。
だが、今回は見慣れない亜人の兵士、——褐色肌と細長くとんがった耳が特徴的な種族『黒妖精種』の兵士が目立つ。彼等は皆、帝国の鎧を身に付けていた。
(ダークエルフ兵? やはり何時もと戦場の雰囲気が違う)
帝国に徹底抗戦を唱えた他の亜人国家と異なり、黒妖精種は帝国といち早く同盟を結んだことで自国の統治が認められ、植民地化を免れている。だからダークエルフは他の亜人種からは裏切り者扱いされていた。
帝国に尻を叩かれて遥々こんな地下まで加勢にやって来たのだろうか。それはご苦労な事だ。彼等もまた帝国には逆らえないわけだ。
俺の貧相な装備よりも数段質の高い装備を身に付けたベテラン奴隷兵達の姿もちらほらと見え始める。おそらく一年生存組だろう。青ざめている新人と対照的に、彼等には少しだけ余裕がある。
皆、支給された装備の確認に余念がない。
いつも奴隷街で喧しく騒ぎ立てている他の奴隷兵も、今だけは誰も口を開かず、黙々と確認作業を行っている。
目の前の戦いに集中しているのか、それとも、今日生き残るために自分が信じる神に祈りを捧げているのか、広場は静寂に包まれていた。
奴隷兵だけでどれくらいの数になるだろうか。正確に数えたわけではないが、ざっと千人くらい。砦に常駐する帝国兵を合わせれば約三千人。地方の学校の体育館では収まらない人数だ。
広場の前方には帝国兵が規則正しく整列していた。対する奴隷兵は広場の後ろ側、砦正門前でトライブごとに集まり、散らばりに集団を作って思い思いに時間を潰している。
俺はジャックと合流し、砦の広場から少し離れた位置で待機する。
そんな俺達に近づく影が一人。
「……よう、てめぇら」
武装したエルキスが俺達の前に立ち、声を掛けてくる。
肩に担ぐ彼女の得物は、長身な彼女の背丈を超える長い戦槍。その先端部分には三日月形の斧が取り付けられている。突く、切る、叩く、引っ掛けると状況に応じて様々な戦い方ができる用途の広い『槍斧』という長柄武器だ。
防具の方は、胸部と下半身、そして左肩、最低限の急所を鉄鎧で保護する、属に「ビキニアーマー」と呼ばれる肌面積の広い装備を身に付けている。美しい脚線美を誇るその足には、膝まで届く鉄製の足鎧「グリーブ」を装備していた。
機動力重視で俺のように軽装で戦う兵士は少なくない。なんなら、上半身裸で雄叫びを上げながら敵に突っ込んでいく脳みそ筋肉なウォージャンキーもいるので、この世界では特に不自然は無いのだが……。
本当にそんな恰好で戦場に行くの? と少し心配になる。
三角の鉄プレートが胸を押し上げ、今にも溢れ出しそうだ。目のやり場に困る。ジロジロと見つめれば、次に飛んでくるのはフォークではなく手に持つ槍斧だろう。
俺はなるべく胸部を視界に入れないようにして挨拶を返す。
「エルキス。来てくれたか、ありがとう」
「勘違いするな。お前らは貴重な戦場の情報とやらを全て俺に寄越す。こちらは力を貸す。ただの取引だ。それに、忘れてねぇだろうな?」
「ああ、俺達が使えない無能だと思ったら、そちらの判断ですぐに切り捨てていい」
「いいっ⁉ そんな取引してたのかよ、リュート」
ジャックは驚いた表情で俺とエルキスの顔を交互に見つめている。いや、お前は取引の場所にいただろう。何を聞いてたんだ。
「後、もう一つ確認させろ。お前、女奴隷のパンツを盗んでは街の街灯に戦利品として飾り付ける変態野郎だって聞いたんだが、……それは本当か? も、もしそれが本当なら、世のため人のため、さっさと死んだ方が良いと思うぞ?」
「んなわけあるかっ! ていうか、その噂の元を作ったのはお前だろうがっ‼」
いつも勝気な表情を崩さないエルキスが、眉を潜めて少し怯えた様子だ。路傍に転がるクソを眺める目で俺を見下している。鳥肌を抑えるように両腕を抱いてさすり、数歩後ろに距離を取った。
エルキスすら震えあがる所業。
当然、そんな事をした覚えは無い。地下に広がる噂は、娯楽に飢えた奴隷が面白おかしく風潮するものだから、事実と異なる場合が多々ある。
俺はただ手にパンツを巻き付けただけだ。
「——あら、皆さんお揃いですね」
横からお淑やかな声が差し込まれる。
その声音は陰気な広場の中、ひどく場違いに感じた。
声を掛けてきた人物の正体に気付いたジャックとエルキスは戦慄して顔を歪める。ジャックに至っては飛び上がる勢いで上半身を後ろに反らし、顔を青ざめさせていた。
「今日は何だか人が多いですね?」
周囲にいる奴隷兵も彼女に気付き、ぎょっとした表情を浮かべている。
ルナリアは皆の注目を集めている事に自覚がないらしい。他者の反応を無視して広場をキョロキョロと眺めていた。
「ルナリアか。今日は力を貸してもらうぞ」
「う~ん、それは構わないのですが、私の近くで戦うのはすごく危険ですよ? 魔族達も私を集中して狙ってきますし、止めておいた方が……」
「ああ、知ってる。だからお前に声を掛けた」
「……やはりあなたは変わった人ですね。変人だと思います」
ルナリアは少し困ったように微笑む。そういった表情は普通にできるのか。ますます彼女が分からなくある。あと俺は変人ではない。
俺はちらりとルナリアの装備に目を通した。
黒と白を基調として戦闘服。白灰の奴隷服の上から最低限の武装を纏い、腰と太股に黒のベルトを締め、ナイフが数本装備されている。
まるで神に仕える聖職者のような雰囲気。しかし、彼女は敵の命を刈り取る殺戮姫だ。「白い死神」という表現の方がしっくりくる。
「いやいやいや、ちょっと待て! 勝手に話を進めないでっ!」
ジャックが素っ頓狂な声を上げる。彼の表情には「信じられない」と書いてあった。ジャックは俺の肩に手を回し、ルナリアに背を向けて小声で意図を問いただす。
『おめぇ、どういうこった?』
『なんだ? 何か問題があるか?』
『大ありだって! 殺戮姫を仲間に加えるって正気か⁉ 単独で敵さんの中に突っ込んでは周りの奴らを殺して回るイカれたサイコ野郎だろうが‼』
『でも奴隷兵の中で一番強いだろ?』
『俺達も最前線で戦うつもりかよぉ‼ 真っ先に死ぬのは俺らじゃねえか!』
『そこはちゃんと策がある。お前の少ない出番だ。これまでの分、きっちり働いてもらうぞ、ジャック』
『へ……?』
ジャックは依然状況が読み込めず、困惑していると、
「へぇ……、てめぇがあの有名な『殺戮姫』か。俺より強いらしいじゃねぇか」
「よろしくお願いしますね、アマゾネスの戦士さん。あと、そちらの方も」
「へ? え、えぇ~、こちらこそ。嬢ちゃんのヤバい噂はかねがね……、へへっ」
エルキスはルナリアの噂を耳にしていたようだ。勝気なエルキスの挨拶に、ルナリアは下手くそな微笑みを浮かべて軽くお辞儀する。
ルナリアに目配りされたジャックは冷や汗を垂れ流しながら、ごますりしてよく分からない挨拶をしていた。
「噂、ですか? 噂になるような大それたことをした覚えはないのですが……」
「「……え?」」
う~ん、と悩む仕草をしてルナリアは本気で考え込んでいる。
親睦を深めるための彼女なりのジョークだろう。ジョークであってくれ。……ジョークだよな?
「うぅ~ん? やはり皆さんと少し距離を感じますね? なぜでしょう? ここは一度、腹を裂いて話し合うべきです」
「腹を裂くな。本音の前に中身が飛び出るわ」
俺はルナリアが何かしでかさないか牽制しつつ、互いに自己紹介を済ませる。




