1 結婚休暇13日目:妻への隠し事
本編の翌日の話です。
熱愛初夜の翌日。
「ミッチー。そういえば、昨日は何をしに街に出かけていたんですの?」
昨晩色々とハジけすぎて動けなくなってしまったステファニーに、私は「はい、アーン」と甲斐甲斐しく世話を焼いていたところ、そんなことを聞かれた。
そうだ、そういえば皆気になっていると思うが、昨晩の初夜、私はなんとか生き延びることができた。
色々と大切なものを失った気がするが、代わりに沢山のものを得たような気もするのだ……。
「仲直りのための贈り物を買いに行っていたんだ」
「えっ」
「え?」
「じゃあ、侯爵家の存亡に関わる問題っていうのは」
「ああああ」
そういえばそんなことを言っていた!!
首から上を真っ赤にして悶える私に、ステファニーは瞳を爛々と輝かせながら「わたくしとの不仲がそんなに大変な問題ですの?」「重要……プロ……ジェクト?」と死体に鞭打つような発言をくり返してくる。
なんて悪い妻なんだ!
「それで、何を買いに行っていましたの?」
「……」
「ミッチー」
「…………」
「教えてくれないなら、また跡をつけちゃ「待ちなさい」
また性懲りも無くお忍びをする予定の妻に、私は思わず真顔になる。
「そんな危ないことをしてはいけない。君は自分の魅力に無自覚すぎる。貴族として魔法は使えても、君は非力で美しい若い女性だ。この間だって「ミッチー!!」
どうした急に。
「今の、もう一回!」
「危ないことをしてはいけない」
「もうちょっと後ですわ!」
「……? 貴族として魔法が使える?」
「その後!」
………………。
「君は非力で、……ごにょごにょな………女性……」
「ミッチー!」
「……」
「旦那様、おかわり♡」
「ゴハッ!?」
妻のあざといおねだりに負けた私は、その後3回ほどおかわりを提供させられた。
「それで、ミッチー。愛する美しい妻が知りたがってるのに、ナイショにしちゃいますの?」
私の手を両手で握りしめ、潤んだ琥珀色の瞳で見つめてくる、私だけの妻。
これに耐えられる夫がいるだろうか、いやいる訳がない。
という訳で、早々に私は白状した。
「夫婦お揃いの枕!?」
「……そうだ。私の枕はよく無くなるし、君の枕がこの世の至宝であることに私も最近気がついたからな」
「ミッチー!!!」
珍しくステファニーが羞恥で震えている。
自分だって私の枕を盗むくせに、何故か私の可愛い金色は、私が彼女の枕を慈しむことをこの上なく恥ずかしがるのだ。
本当に可愛い。
「とにかく、数を増やす意味でも良いかと思ったんだ。今度買ってくるよ」
「わたくしも行きます!」
「え?」
「わたくしも一緒に買いに行きますわ。枕は人それぞれ合う高さがありますし」
「――だめだ」
「えっ」
断られると思わなかったのか、ステファニーは目を丸くしている。
反射的に『しまった』と思ったが、今更止めることはできない。これはもう、ゴリ押すしかないだろう。
「絶対にだめだ」
「ミッチー」
「私一人で行く。お詫びの品だし、私が一人で選んでこそのものだ」
「ミッチー」
「もうデザインも決めているんだ。だから君が行く必要は全くない。君の貴重な時間を使う必要はない」
「……」
可愛い妻が、半目で私を見ている。
くそぅ、必死すぎたか!?
いや、でもあの店に連れていく訳には……!
「ミッチー、隠し事ですのね」
「え!? そんなことはないぞ、ほら、枕を買いに行くとちゃんと白状したじゃないか」
「じゃあ一緒に行きましょう」
「それはダメだ!」
「……ミッチー」
私の言葉に、妻が涙目でシュンとしょげてしまった。
(うわぁああ、違うんだステファニー!!)
「ミッチーとお買い物……」と呟くその姿を見た者は誰しも、私が悪いと罵倒することだろう。
あまりにも庇護欲をそそるその姿に、私は必死に妥協案を考える。
「そうだ! 枕は社交で王都に出た時にでも買おう。王都の方が種類も多いだろうしな」
「ミッチー」
「うん、そうしよう。しばらく後になるが、君とのデートは楽しみだな」
「ミッチー」
「ステフ……」
言い訳を諦め、嘆願モードに入ると、今度はステファニーが狼狽えていた。何故だ?
「ととととにかく、一緒にいきます! わたくしも! 一緒に!」
「ステファニー……」
「そんな顔をしてもだめですわミッチー! わたくし、あなたとあの女店員が仲良くしていたのを見ていましたのよ!」
(ちょっ、そこから見ていたのか! わ、わたしが、あの店員に……こ、声は聞こえていないだろうな!?)
慌てふためく私に、ステファニーは反比例する様に蒼白になっていく。
「そんなミッチー、まさか……」
「なんのまさかだ!? ステファニー、君が心配するようなことはない。ただ少し、私が困るだけで」
「困る……?」
「ああああ、違うんだ……」
どんどんドツボにハマっていく私に、ステファニーは決意を固めていく。
「……明日、わたくし、ミッチーと一緒に、あの寝具店に枕を買いにいきます! これは決定事項ですわ!!」
愛しの新妻の言葉に、私は頷くことしかできなかった。
こうして、結婚休暇最終日の予定は、枕ショッピングに決まったのだった。




