もう婚約しています(終) ※父上目線
パタパタと、廊下を駆ける音がする。
私、ことマルコム=マクマホン侯爵は、その軽快な音を聞きながら、新聞を読んでいた。
「おじさまーーー!」
足音の主は、ステファニー=スマイル侯爵令嬢。
スマイル侯爵家の令嬢達は、夏の間だけ、うちのマクマホン侯爵領に遊びに来てくれているのだ。
「なんだい、ステファニー嬢」
「おじさま、あのね! ミッチーを探しているの!」
10歳になったばかりの彼女は、爛々と目を輝かせながら、うちの不肖の息子を探しているようだ。
「マイケル? うーん、見なかったな」
「ええ〜、絶対こっちの方に来たと思いましたのに」
「そうなのか。なぁミシェル、お前は見たかい?」
「いいえ。こちらには来ていないんじゃないかしら」
私はそれとなく妻のミシェルに話を振るが、ミシェルはくすくす笑いながら首を振る。
「分かりました、ありがとうございます!」
「元気がいいのね。鬼ごっこの最中?」
「違いますわ! 焼きたてクッキーがあるから、アーンしてあげたくて探していますの!」
「あらあら、じゃあ冷めないうちに見つけないとね」
「はい! では、失礼します」
綺麗なカーテシーをキメると、ステファニー嬢はまた、年頃に相応の雰囲気に戻ってパタパタと駆けていった。
コーヒーを飲みながら、私はそっと、新聞を机に置く。
「それで。これで良かったのか?」
そう、ソファの後ろに向かって言うと、ムッスーと拗ねたような顔をした我が家の長男マイケルが現れた。
「こ、これでいいのです」
「そうなのか? 素直に焼きたてクッキーをアーンして貰えばいいじゃないか」
「いやですよ! そんな子どもみたいな」
「そんなことはないぞ、マイケル。男にとって女性と仲良くすることは、大人になっても非常に大切なことだ」
「ち、父上?」
「なあ、ミシェル」
「そうですわね、あなた。私も後でアーンしてあげますわ」
「ミシェル!」
慌てる私に、妻は笑うのみだ。完全に掌の上でコロコロされている。
そんな私たちを見て、マイケルは微妙な顔をしていた。
「あっ! ミッチー、見つけましたわ! ミッチーぃいいいい」
「うわっ、ステファニー!」
廊下を戻ってきたステファニー嬢は、マイケルを見つけてしまったようだ。
マイケルの後ろから突撃して、背中に抱きついている。
マイケルは口では嫌そうにしているが、表情は驚いているだけだし、頬は赤く染まっていて、照れているだけだというのが丸分かりだ。
「は、離れろステフ」
「いやですわ! あのね、ミッチー。わたくし、マクマホン侯爵家のシェフにお願いして、ミッチーのために沢山クッキーを焼きましたの! 一緒に食べましょう!」
「そ、それで今日はしばらく静かだったのか……」
「?」
「べ、別にだな! 気にしてなんかいないぞ。静かで快適だった、なんだ、クッキー作りに夢中だったのか」
「ミッチー」
「久しぶりに本を集中して読めたし、何の問題もないぞ。ふーん、私に飽きた訳じゃなかったのか」
「ミッチー」
ステファニー嬢がぎゅーっとマイケルの腕を抱き締めると、ようやくマイケルは彼女の方を見た。
「寂しかったんですのね、ミッチー! 大丈夫、今から沢山甘やかしてあげますわ!!」
「え!? いや、そんな訳ないだろう、わた、私は……ッ」
「ツンデレミッチー、可愛いですわぁああああ」
そしてそのまま不肖のツンデレ息子は、可愛い婚約者に連れていかれてしまった。遠くから、「わ、私は大人だから仲良くしてやる!」「クッキーが食べたいだけだ! ステファニーが作ったからじゃないぞ」「チョ、チョコチップクッキーなのか!? あ、ありがとう……」という声が聞こえる。
「あいつらもう付き合っちゃえよ!!」
「あなた、落ち着いて。もう婚約してますわ」
「……そうだったな」
……。
……私も妻にアーンしてもらうか。
そう思い、私はステファニー嬢からおこぼれのクッキーを貰うべく、ソファから立ち上がったのだった。




