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6 妻が大好きすぎる夫


ミッチーの回想です。







「あなたがマクマホン侯爵の息子のマイケルさん?」


「お目目がクリクリで可愛いのね。ミッチーって呼んでいい?」


「わたくし達、婚約者になったみたいですわ。よろしくお願いいたします!」


「ミッチー、わたくしと一緒に遊びに行きましょう! 嬉しいでしょう?」


「ミッチーのものはわたくしのものですわぁあああ」




 8歳のときから婚約者だった彼女は、本当に自由奔放な人だった。


 毎年夏にスマイル侯爵に連れられて現れては、私のことを構い倒して帰っていく。


 冬に私が彼方に伺うときもそうだった。


 彼女は私を追いかけ、眼鏡を奪い、飲み物を横取りし、衣類を盗みながら、二人きりになると淑女にあるまじき距離感でベタベタくっついてくる。


 私には、どうして彼女がそんなに私のことが好きなのか分からなかったし、私は彼女のことが気に障って仕方がなかった。


「父さん。ステファニーが、また私の脱いだ服を盗んだんです」

「そうかそうか」

「父さん。ステファニーが、また私の跡をつけていました」

「そうかそうか」

「父さん。ステファニーが、また寝ている私の匂いを嗅いでいました」

「そうかそうか」

「父さん!」


 叫ぶ12歳の私に、書斎で新聞を読んでいた父はようやく顔を上げる。


「いいじゃないか、仲が良くてなによりだ」

「仲良くありません!」

「お前もステファニー嬢を気に入ったようで何よりだ」

「気に入ってません!!」

「うーむ自覚がないのかぁ」

「自覚もなにも、事実です」


 憤る私に、父は困ったような顔をする。


「だってなぁ、お前。本当に昔も今も、ステファニー嬢のことばかりじゃないか」


「え?」


 一体なんのことだろうか。


「ステファニー嬢がうちに来るときは、ステファニー嬢一人で来ている訳じゃないんだぞ。ステファニー嬢のお姉さんや妹さん達も一緒に来てくれているんだ」

「……」

「なのにお前ときたら、他の女性は目にもくれず、ステファニー嬢のことばかり」


 そ、そんな……ことは……。


「べ、べ、べつにステファニー以外のことだって」

「私はお前の口から、ステファニー嬢以外の女性の話を聞いたことはとんと無いぞ」

「……マリアリーゼと、ミリアリーゼと……」

「妹を挙げて悲しくないのか」


 ……。


 結局、父にはそのままあしらわれて、私の嘆願が届くことはなかった。



 そして、まだこのときは、私は()()()()()を理解していなかった。


 ステファニーはいつも目立つことばかりするから、そのせいで自分の目が彼女をすぐに見つけてしまうのだと、そう思っていたのだ。


 セイントルキア学園時代に、ステファニーを見つけては友人に頼んで身を隠していたが、「ステファニーさん? どこに……ああ、あそこか」「お前、本当にステファニーさんを見つけるの得意だよな」「スマイル侯爵令嬢発見器」とからかわれても、まだ分かっていなかった。


 自分で気がついたのは、ステファニーと結婚後、喧嘩をし、仲直りした後のことだ。




「それにしても若旦那様は本当に、若奥様を愛しているのですね」


 きっかけは、幼馴染でもある近衛騎士の、この一言だった。


 突然のフリに、私は読んでいた新聞をグシャッと握りつぶしてしまう。


「い、一体なんの話だ」

「若旦那様は先日、あっさり若奥様の変装を見破っていらっしゃったではありませんか」

「ああ、なんだそんなことか。ステファニーは美人で目立つから、誰だってすぐに分かるだろう?」

「え」


 私の言葉に、近衛騎士は困ったように固まっている。


「若旦那様。若奥様はお美しいとは思いますが、完璧に変装なさっておいででした。あの日、若奥様のことを、若奥様ご本人だと見破ることができたのは、若旦那様だけです」

「え?」

「え? じゃありません。他の近衛も皆、綺麗な街娘だとは思いましたが、若奥様だとは気がついていなかったと思いますよ」

「……。えっ?」

「それに、綺麗な街娘といえば、若奥様が路地に入る前に、大人数の娘達が通りがかったではありませんか。彼女達も綺麗でしたよね」

「……?」

「……??」


 目を見合わせる私と近衛騎士。


「もしかして、若旦那様は、この世で若奥様だけが美しい女性だと思っている……とか…………」


 一気に顔に熱が集まる。

 そんな私を見て、近衛騎士は驚いていた。


 私はもっと驚いていた。


「……ステファニーは特別美人で可愛いから、変装なんかしていても、どこにいても目立ってすぐ気がつくじゃないか」

「……!? ……そ、その、とても言いづらいのですが。変装されたら、普通は気がつきません。何のための変装ですか。むしろ何故気がつくのですか」

「えっ。いや、何故と言われても。なんていうか、どんな格好をしていても、そんなに変わらないというか……妻は今までもよく変装していたが、綺麗な人だと思ったら大抵ステフだったし」

「……?」


 近衛騎士は、私のことを宇宙人を見るような目で見ている。


「……若旦那様は、他の女性を綺麗だと思ったことはないのですか?」

「あるとも。うちの母や妹達、あと、ステファニーの友人達は、綺麗な顔の造りをしていると思うぞ」

「顔の造り!? い、いえ、そうではなく、ああ綺麗だなぁとか、お近づきになりたいなぁとか、何をしていても気になる魅力的な美しさのことです」


 魅力的な美しさ?


 そう思って脳裏に思い浮かぶのは、なんとステファニーの顔ばかりだった。


 小さい頃から大人になった後まで、ありとあらゆる美人を思い浮かべたが、毎年夏にやってくるステファニー、変装して私の跡をつけているステファニー、私のシャツを奪って全力疾走しているステファニー、私の眼鏡を奪って(以下略


 蒼白な顔をしている私を、近衛騎士は今度は生温かい目で見ている。


「マイケル、お前、彼女と結婚できて良かったな……」

「おまっ、職務中だぞ!」

「はいはい」


 気の置けない幼馴染の彼は、からからと笑いながら、「仕事の報告は終わったから戻る」と言って部屋を出て行った。


 残されたのは、真っ白になった私だけだ。


(わ、私は……、私はもしかして本当に、ステファニー以外の女性を綺麗だと思ったことがない……?)


 一人になった部屋で何度も思い返すが、結婚する前も結婚した後も、際立って覚えている美しい女性は、ステファニーだけで。


 な、なんということだろうか。


 私は自分がステファニーに恋をしていたらしいことには気がついていたが、まさかそれが、出会った当初からだったとは!!!


(こ、この秘密は、ステファニーにだけはバレないようにしなければ……!)


 これはあまりにも、あんまりにもベタ惚れすぎる。


 昔からあんなに素っ気ない態度をとっていたというのに、なんならステファニーよりも私の方が彼女に首ったけだったなんて。

 しかも無意識下でそんなことになっていようとは、他に類を見ないメロメロ夫ではないか……!


 愛妻家を通り越して、ステファニーにしか興味を持たないほど彼女に堕とされているとは夢にも思っていなかった私は、動揺しながらもなんとか自室まで戻る。

 そうして、隠しておいた彼女の枕(拝借品)を見て恥ずかしさから悲鳴を上げ、その後寝台の上で「うわぁあああ」と叫びながら、毛布にくるまり大人気なく転がり回ったのだった。




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