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4 仮面舞踏会に入場する妻 ※ステフ目線




 そんなこんなで会場に着いたわたくしは、一人で入場しました。

 ソルティシアとクラウス卿は、遠目でわたくしの様子を見ていて、何かあったら助けてくれる手筈なのです。



 入口の受付に招待状を渡し、変声飴を受け取って口に含むと、参加者の資格であるリボンを左手首に巻いてもらい、わたくしは会場に入場します。

 そして、わたくしは入場するなり、広いホール全体を見渡しました。


 わたくし、セイントルキア学園を卒業して以降、デビュタントで王家主催のパーティーには出た後、すぐに結婚しましたので、こういったパーティーに一人で参加するのは初めてなのです。


 そこは広いホールに、様々なドレスの女性やタキシードの男性がひしめき合い、仮面も色とりどりで、なんとも煌びやかな空間でした。

 仮面による匿名性が気持ちを緩ませるのか、普通の社交パーティーと違って、皆派閥や挨拶よりも、気楽に近くの人との会話を自由に楽しんでいるようです。

 確かにこの空間、妙に心躍りますわね!


(ミッチーは、先に来ているはずだけれど……)


 わたくしは、気にしない素振りをしながらも、それとなくミッチーを探します。彼は大して変装していないようだし、すぐに見つかるでしょう。


 そう思って会場をふらふらしていたところ、案の定、ミッチーはすぐに見つかりました。

 ……見つかりましたが。




 なんと、沢山の女性に囲まれているではありませんか!




(何をしていますの、ミッチィイイー!)


 ハンカチを噛みそうになる自分を抑えながら、私は様子を窺います。

 パートナーなしに入場した上に、体が大きくスタイルの良い彼は目立ってしまったらしく、女性達に囲まれて積極的にアプローチされているようなのです。


(ミッチーはわたくしのなのに! 大体、あれだけ囲まれているんじゃ、わたくしを探す暇なんて……!)


 わたくしはムッキー! と歯噛みしそうな思いでいると、今度はわたくしが声をかけられはじめました。


「美しい方。今日はお一人なのですか?」

「え、ええ……?」


「初々しいご様子ですが、仮面舞踏会は初めてなのかな」

「ええ、そうなんです」


「こちらの飲み物をよかったらどうぞ」

「素敵な仮面ですね」

「良ければ私とダンスを踊っていただけませんか」

「おっと、先を越されましたか」


「いえ、その、ワタシ……」

「おや、目当ての方でもいらっしゃるのかな」


 気がつくと、わたくしも男性に囲まれてしまっています。今話をしている方を断っても、話しかけてきている周りの方々にきっと次々にダンスを申し込まれるのでしょう。


(……ミッチーも女性に囲まれているし、わたくしもきっと何人かとダンスを踊った方がいいわよね……)


 ミッチーはどうせ、わたくしを探す暇はなさそうですし。

 こんなことなら、わたくしを探してもらうなんてことはせずに、夫婦で入場して仮面舞踏会を楽しめば良かった……。

 今夜は、キョロキョロわたくしを探してくれているミッチーを見ながら、見つけてくれるのを心躍らせながら待つ予定でしたのに、結果は散々です。


「あの、ワタシ――」


「失礼、皆さん」


 わたくしは気落ちしながら、誘いをかけてくれた男性に返事をしようとしたところ、ぬっと大きな影が現れました。


(クラウス卿が助けにきたのかしら。でも、この声はなんだか……)


 不思議に思いつつ、わたくしは後ろを振り仰ぎます。

 そうしたら、なんと。




 わたくしのミッチーがそこにいるではありませんか!!!




(えーーーーーーっ!?)


 わたくしは愛しの彼の姿に、淡い水色の瞳を見開きながら、食い入るように注目してしまいます。


(も、もう? もうわたくしを発見したんですの? ミッチーの愛、凄いですわぁあー!?)


「彼女は私との先約がありましてね。申し訳ないが、この場はお譲りいただきたい」


「やはりお約束がありましたか」

「これだけ美しい方だ、当然といえば当然ですね」

「後で私とも踊ってくださいね」


 男性陣のそんな言葉を背景に、ミッチーはわたくしを颯爽と別の場所へエスコートしていってしまいます。


(ミミミミミッチー、本当に? 本当にわたくしだって分かっているの?)


 わたくしはほのかに興奮しながらも、「まだまだこれからよ!」とばかりにミッチーにジャブ打ちを入れます。


「あの……ワタシ、あなたと()()()、していたかしら? それに、見間違いでなければ、あなたは先ほど女性達に囲まれていた方ではありませんか。彼女達を置いてきてしまってよかったんですの」


 なんでもないことのように取り繕いながら、そう言ってわたくしがミッチーを振り仰ぐと、ミッチーは仮面の奥で目をパチパチと瞬いてわたくしを見てきました。

 そして少し思案するように間を開けたあと、ふっと頰を緩めています。


(なんですの、その余裕の表情は!?)


「……あなたも、仮面舞踏会は初めてなのでしょう?」

「ええ」

「急に沢山の方に誘われて、戸惑われているかと思いまして。私もそうだったので、親近感が沸いてしまったのですよ。余計なお世話でしたか?」

「……いえ。ただ、沢山の方に囲まれて戸惑われている御令嬢なら、他にもいらっしゃるようですわ」


 周りにチラリと視線を投げながら、『なぜわたくしに声をかけましたの』と暗に尋ねると、ミッチーはこれ以上ないほどの優しい笑顔でわたくしを見つめました。


「あなたは何故だと思います?」


(……)


「美しい方。よかったら、あなたの今宵の初めてのダンスを共にする栄誉をいただけませんか」


(…………)


「……よろしくてよ」

「ありがとうございます」


(…………ミッチー?)


 ちょうど、音楽が鳴り始めたので、わたくしとミッチーはダンスを始めました。

 ミッチーは、彼に比べると小柄なわたくしが彼の大きな体に振り回されないように、配慮しながらリードしてくれます。

 普段どおりの彼の優しさです。

 けれどもなんだか、今日はそれが、不安を誘ってくるのです。


「今日はお一人で参加されましたのね。お目当ての方がいるとか、何かご用事があったのではありませんの?」

「あなたとこうして踊ること以外に優先すべきことはありませんよ」

「……手に指輪の痕がございますわ」

「えっ!?」


 ちくりと刺したわたくしに、ミッチーは慌てた様子です。

 必死に隠していますが、ダンスをしながら至近距離にいるため、ミッチーの動揺している空気がありありと伝わってきます。


 うんうんと必死に考えていた彼は、ハッと何かに気がついたように意識を戻し、こちらにぎこちない笑顔を向けてきました。


「か、仮面舞踏会では、普段のしがらみを忘れるのがマナーのようですよ?」


(…………)


 なんということでしょう。

 もしかして、ミッチーは、ミッチーは……!


(わたくしを探す約束は、どうなりましたのぉおお!?)


 ミッチーは、わたくしというしがらみを忘れて、仮面舞踏会をこれ以上ないほど満喫しているようですわぁああーー!!!?




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