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1 夫は本当に妻を見分けられるのか?




「こんばんは、ご機嫌よう」

「ご機嫌よう、旦那様」

「素敵な方、今日はパートナーはいらっしゃいませんの?」



 私は今、王都の仮面舞踏会にパートナーも無く放り込まれ、女性達にわちゃわちゃと囲まれて途方に暮れている。


 何故既婚の私が、妻の同伴なしに、仮面舞踏会なる浮かれた場所にやってくることになったのか?


 もちろん、私の愛する妻・ステファニーに、無理矢理連れてこられたからである……。




****




「ミッチー。ほんっとうに、この娘達の誰が一番美人か分かりませんの?」


 2ヶ月前、私は愛くるしい新妻ステファニーに、女性の肖像画集を突きつけられていた。



『で、でも、わたくし変装しています! 実家の侍女達にだって、なかなかバレないくらいの名変装で』


『私にステファニーが分からない訳ないだろう?』


 

 私達が仲直りしたあの日、私達はそんな会話をした。

 何やら、その時の私の言葉が、ステファニーの胸に刺さってトキメキキュンキュンで仕方がないのだそうだ。


 一方で、本当にどんなステファニーでも見分けがつくのか、他の女性に本当に魅力を感じていないのか、ずっと疑っているらしい。


 なにやら、信じたい言葉が故に、石橋を叩くが如く本当に真実の言葉なのか確かめたくて仕方がないんだそうだ。理不尽すぎる。


 私はため息をつきながら、ある分厚い本を持ってきて長ソファにかけた。


「ステファニー、こっちにきなさい」

「はいっ、旦那様♡」

「ぐはっ!?」


 妻のあまりに可愛い返事に、しばらく悶えた私は5分後に再起動した。


「これがなんだか分かるか」

「……? お義父様の肖像画ですわ」


 ステファニーは、私にべったり寄り添うようにして隣に座りながら、私の開いた本の一ページ目を覗き込んでいる。私の隣でくつろいでいるステファニーは、なかなか懐かない猫が気を許してくれているようで、愛らしさ百倍なのだ。


「私の妻は今日も最高に可愛いな……」

「……!?」


 なんだかんだ照れるステファニーを5分ほどいじり倒しながら、私達はようやく再び本に向き合った。

 私達は新婚なので、お互いのことが気になりすぎて、なかなか本題に入ることができないのである。


「それで、一体何がしたくてこれを見せましたの?」

「うん。1ページ目は見分けがついたようだな。じゃあこちらはどうだ」

「うっ……!」


 ページを捲ると、立体映像が展開される。

 そこに映し出されたのは、集合図だった。


 ――50代から70代の男性が50人ほど集まった集合映像である。


「こ、これは……」

「侯爵領の街、町、村の長の集合写真だ。年に一回、こうして会議のために皆で顔をあわせているんだ」


 その錚々たる顔ぶれに、ステファニーは苦虫を噛み潰したような顔をしている。


「左端からいくぞ。この人はカルナリー村の村長で、3年前に代替わりしたんだ。その隣はウィッツシュルツ町の町長で……」

「ちょちょちょっと待ってくださいまし! ミッチーは全員覚えていますの?」

「もちろんだ。私は爺さんに連れられて、小さな頃は毎年領地一周していたからな。壮年の男性は得意なんだ」


 穏やかにそう伝えると、ステファニーは「わたくしも頑張らなきゃ……」と震えている。私の妻は頑張る子可愛い。


「それでだな、この中で一番のイケメンは、私はチャラチャラ街の街長だと思うんだ。この雰囲気、着ているもののセンスがだな……」

「えっ、あの、え!?」

「分からないだろう?」


 ふ、と頬を緩める私に、ステファニーは、ハッとした顔つきになる。


「それと同じだ。この写真の中で、君は私の父なら見分けがつくが、他は分からないだろう? その美醜たるや、言うまでもなく認識できていないはずだ。……まあ、チャラチャラ街長の魅力が分からないのは、人生の損失だと思うが……」


 私が真剣に心配していると、ステファニーは「人生の損失!?」「なんてこと……ライバルは、壮年の男性……!!」とハンカチを噛み締めている。

 おい、違うぞ変な誤解はやめなさい。


「という訳で、私がステファニー以外の女性を見分けるのが苦手だという感覚が伝わっただろうか」

「う……」

「ほら、ステファニー。気を取り直して、他のことを考えよう」

「――お待ちなさい。わたくし、騙されませんことよ」


 ぎくり。


 私は愛想笑いを浮かべて妻と向き合うが、妻はじとりと半目でこちらを見ている。


「わたくし、先日は変装していましたわ」

「そ、そうだったかな」

「変装していないわたくしを見つけるという話なら、今の理屈で十分でしょう。けれどもミッチーは、街娘ステファニーなわたくしも軽々と判別していましたわ」

「……」

「ミッチー!」


 ぐいぐい腕を引っ張られるが、私はなんとなく本当のことを言うのが気恥ずかしくて、そっと目を逸らす。


 ――それがどうやら、ステファニーの心に火をつけてしまったらしい。


「ミッチーがそういう態度なら、分かりましたわ」

「ちょ、ちょっとおちつけ、ステフ……」

「仮面舞踏会に行きましょう」

「え?」


 呆然とする私に、ステファニーはすくっと立ち上がって宣言する。



「今シーズン、社交で王都に出た際に、わたくし達夫婦は仮面舞踏会にも参加いたします! そこで愛するわたくしを見つけてくださいませ! もちろんできますわよね、ミッチー!?」



 愛する妻に爛々と期待に輝く瞳で見られた私は、「もうやめないか……」という一言を言えないまま、妻の言うとおりにするのであった。



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